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第3回 『なにせにせものハムレット伝』

今回登場する人物

ポローニアス・・・・・・・ クマデン王国の宰相
レアティーズ・・・・・・・ ポローニアスの息子
オフィーリア・・・・・・・・ ポローニアスの娘
森の妖精・・・・・・・・・・ 語り手

森の妖精(語り手): さて、クマデン王国の主要な公共交通機関は、クマデン電鉄、略してクマ電です。その終着駅、エルシナノ宮殿正門前の下りホームに、レアティーズがやってきました。重そうな旅行鞄をかかえています。どうやら、異国の大学にもどるようです。そのかたわらを、妹のオフィーリアが小さな荷物をひきずりながら歩いています。こちらはお見送りのようですね。はてさて、続きは、どうぞ見ての楽しみ。(退場)

オフィーリア: お兄さま、いよいよ出発ですね。どうぞ、お元気で。でも、さびしくなりますわ。

レアティーズ: そうだな。さびしくなるな。だが、その前に、お前に言っておきたいことがある。

オフィーリア: はい、何でしょうか。

レアティーズ: いいか、オフィーリア、よく聞くのだ。とても大切なことだ。最近、ハムレットさまが、お前に料理をつくってくださると聞いている。それは大変ありがたいことだ。しかし、食べる前には、しっかりと臭いを確かめるのだ。ちょとでも、あやしいと感じたら、決して食べてはいけない。一口、二口、口にはこぶふりをして、「大変、美味しゅうございました」、などと言って、話をそらすのだ。特に、つけあわせのパセリなどは、前日の使いまわしかもしれないから、注意が必要だ。分かったか。

オフィーリア: 分かりました。しっかり心にとどめておきます。

レアティーズ: それから、まあ、何と言ったらいいのか・・・、もっと大切なことがあるのだ。いいか、よく聞けよ。

オフィーリア: はい、はい。聞いております。

レアティーズ: ハムレットさまは王子であられる。決して過ちを犯してはいけないぞ。しっかり、注意するんだぞ。

オフィーリア: お兄さま、その過ちとは、一体どのようなものなのでしょうか。

レアティーズ: あっちの方だ。

オフィーリア:  「あっち」では分かりません。どちらの方角なのでございましょうか。南でしょうか、北でしょうか? それとも東なのでしょうか。

レアティーズ: そうではなくて、アレの方だ。

オフィーリア: あれこれ言われても、私には何のことだか、さっぱり分かりません。レ、ア、ティーズお兄さま、はっきりおっしゃって下されば、私にも理解できますのに。

レアティーズ: おまえ、本当は分かっていて、ふざけているんじゃないのか。

オフィーリア:  だって、お兄さまがあまりに回りくどく話されるものですから。私だって、もう子どもではありませんわ。

レアティーズ:  だからこそ、心配なのだ。決して間違いを犯さないよう、注意するんだよ。いいか、分かったね。

オフィーリア:  ご心配には及びません。お兄さまこそ、あちらで、本当に勉学に励んでおられるのでしょうか。お父さまの目のとどかないところで、それこそ、「アレ」の方で、羽根をのばして楽しむおつもりなのでしょう。全くをもって不公平。許せません!その羽根をむしり取ってしまいたいですわ。

レアティーズ:  私の方なら心配ご無用だ。品行方正な、模範生なんだ。

オフィーリア:  うそばっかり!

レアティーズ:  あ、父上がやってきた。年を重ねると共に、どんどん話しが長くなってきている。つぎの快速電車に乗る予定だったが、無理なようだ。各駅停車でゆっくり行くとして、ありがたい話を聞くとしよう。

ポローニアス:  ああ、レアティーズ、やっと間に合った。へークション! ジュルジュル。いや、じつは昨晩お前に言いわすれたことがあって、何とかつたえねばならぬと思ってな。久しぶりに走ってきたら、鼻水がでてしまった。

レアティーズ: (傍白)やはり、長い話になりそうだ。

(※傍白:他の人物には聞こえず、観客にだけ聞こえる台詞)

ポローニアス: 急いでやってきたのは、他でもない、出発前に、ぜひ、名言のなかの名言、真の名言をおまえに授けたいと思ってな。いいか、心して聞くんだぞ。

レアティーズ: はい。もちろんでございます。

ポローニアス:  それはだな、「まさかの友こそ真の友」だ。平凡に聞こえるかもしれないが、とても重要なことだ。いいか、そのような友には、相手が断崖絶壁からまっ逆さまに落ちそうな時でも、しっかりと手をさしのべるのだぞ。わかったか。

レアティーズ: 肝に銘じて、そういたします。しかしながら、父上 、その友を助けようとして、自分も落ちてしまいそうになったら、一体どうすればよろしいのでしょうか?

ポローニアス: うむ、さすが、わが息子。よいところに気がついた。たしかに、ここからが重要なのだ。いいか、よく聞け、そういう場合には、相手を握る手を、まずは、ちょっとだけ、ゆるめてみるのだ。いいか、ほんのちょっとだけだぞ。それでも、まだ危ないと思ったら、さらに、もうちょっとゆるめてみるのだ。まあ、大抵の場合は、それで解決することだろう。どんなに素晴らしい友であっても、別れが必要となる場合もあるのだ。

レアティーズ: はい。たしかにおっしゃるとおりです。

ポローニアス: うむ。しかしながら、ここからが最も、本当に、真に重要なところだ。決して忘れてはいけないことは、大切な友の人生が、はかなきものとならぬよう、立派なお墓をたててあげることなのだ。金を惜しまず、できるかぎり豪華なものにするのだぞ。(ごまかすように、せき立てて)うん、まあ、そんなところだ、分かったか、うむ、分かればよい。おい、レアティーズよ。何をぐずぐずしておる。さあ、出発だ。勇ましく行ってこい。

レアティーズ: 父上、それでは行ってまいります。どうぞお元気で。オフィーリア、先ほどの話を忘れるなよ。

オフィーリア:  お兄さま。行ってらっしゃいませ、どうぞ、お気をつけて。

(レアティーズ退場。電車の発車音が聞こえ、ゴト、ゴトという走行音が遠ざかる。)

ポローニアス: あれも、もう大人だ。心配はいらんだろう。ところで、オフィーリア、先ほどレアティーズが言っていた話とは、一体何なのだ。

オフィーリア: ハムレットさまのことです。

ポローニアス: そうだ。そういえば、お前に確かめておかなければいけないことがある。聞くところによると、なんでもハムレットさまは、近ごろ頻繁ひんぱんにおまえの部屋を訪れているそうではないか。そこでおまえたちは一体何をしておるのだ? 

オフィーリア: そうですね、毎日のように2人で向かい合って、フー、フーと、汗をかきながら、顔を真っ赤にして・・・。

ポローニアス: (さえぎるように)な、な、なんだと!何ということだ。もう終わりだ!

オフィーリア: ハムレットさまがおつくりになられオムライスを、いただいているのです。ハムレットさまは、毎日、出来立てのオムライスを、私の部屋まで持ってきてくださるのです。

ポローニアス: ふー、心臓が止まるかと思った。どうりで、最近、廊下が油臭いと思っていたんだ。

オフィーリア: ふんわりした熱々の卵の表面をスプーンでかき分け、切れ目を入れると、バターと解けあった真っ赤な、まるで血のようなケチャップライスがあらわれ、黄色い半熟卵と渾然こんぜん一体に混ざり合ってゆくのです。思い出すだけで、また食べたくなってしまうほどです。

ポローニアス: お前たちは毎日、毎日、あきもせず、オムライスを食べているだけなのか。

オフィーリア: はい。私にはよく分からないのですが、同じ材料を使っていても、日によって出来が違うそうなのです。今日は卵が中まで固くなってしまったとか、バターを入れすぎてしまった、などとおっしゃられます。私にとってはどれも、この上ないお味なのでございますが。しかも半熟の卵の中から真っ赤なケチャップライスが、湯気とともにでてくる様子を見ていると、なんと申しあげたらよいのか分かりませんが、とても情熱的な気持ちになるのです。

ポローニアス: (傍白)気持ちがたかぶるのは良いが、子持ちになったらどうするのだ。(オフィーリアに向かって)もう一度聞くが、本当におまえたちは、毎日、一緒にオムライスを食べていただけなのか? 

オフィーリア: あ、忘れていました。もう一つあります。

ポローニアス: な、な、なんだと!聞き捨てならん!また、心臓が痛みだした。一体、他に何をやっているというのだ!

オフィーリア: ええ、ハムレットさまは、時々、オムレツもつくってくださいます。フランスではオムレットと呼ぶそうです。留学中に泊まった宿で、たまたまオムレットにであい、たいそう感動され、宿屋の主人に、どうしてもとお願いして、つくり方を教えてもらったそうです。しかも、ハムレット様は、それは、それは、学問がおありで、むずかしいことをたくさんのことを教えてくださいます。オムレツは庶民の料理だから、ナイフとフォークではなく、スプーンで食べたほうがおいしいとか、中にチーズを入れる場合は、プロセスチーズではなく、レアチーズを入れなければ本格的な味がでないとか。そう、とろけたレアチーズを食べる時にはいつも、なぜが、お兄様のお顔が頭に浮かびます。それにしても、今思い出しても、なんてすばらしい風味・・・。

ポローニアス: 分かった、分かった、もう良い。

オフィーリア: (夢見ごこちの様子で)あ、それから、卵は1日に2つ以上食べてはいけないとか、コレスレロールには、善玉と悪玉があって、バターを使った料理を食べすぎると、体の中で悪玉のコレステロールが増えることもあるそうです。そんなわけで最初のうちは、お互いが1皿ずつ食べていたのですが、いつのまにか、1皿を2人で分けあうようになったのです。私の健康を心配してくださったんですわ。本当におやさしい方。その頃から、お持ちになるスプーンも1本となり、私の分までよそって、食べさせてくださるようになりました。

ポローニアス: そういうのを世間では、間接キッスというのだ。まあ、良い。それでだ、いいか、オムレツと食べ物全般に関することを除いて、それ以外に、おまえたちは一体何をしているのだ。

オフィーリア: えっと、おしゃべりはしていますけれど、その他は・・・、あ、そういえば、贈り物もくださいます。毎回、お持ちになられたスプーンを、私のマイスプーンにするようにと言って、きれいに拭いて、プレゼントしてくださいます。全部で30本ほどになっております。それから、お手紙を何通かいただきました。

ポローニアス: 30本もあったら、すでにマイスプーンとは言わないような気がするが。まあ、そんなことはどうでもいい。もう一度確認するが、本当に、おまえたちは、オムライスとオムレツを一緒に食べることと、おしゃべりとお手紙以外には、何もしていないというのだな。

オフィーリア: はい、誓って、そう申し上げます。

ポローニアス: ちょっとは安心できたような気がする。しかしながら、ハムレットさまはこの国の王子なのだ。もしも、もしもだよ、仮におまえのことを好いているとしても、自分の意志だけでは結婚などできないご身分なのだ。いずれにせよ、若い男の気持ちなど、熱しやすく冷めやすいもの、真に受けてはいけない。ハムレット様と会うのはもうおやめなさい。そんなに、オムライスが食べたいのであれば、毎日、私がつくってあげよう。丹精込めてつくる。約束しよう。

オフィーリア: それだけは、どうかご勘弁ください。数年前に、お父さまが私の誕生日につくってくださろうとしたホットドッグなる食べ物は、とても罪深いもののように思われました。レシピを聞いたお兄さまがとめてくださったからよかったものの、あやうくかわいい子犬の命が失われてしまうところでした。

ポローニアス: あれは単なる勘違いだったと、何度も言っただろう!どんなに頭脳明晰な、この私でも、たまには間違えることもあるのだ。今度こそ、腕によりをかけてつくる。大丈夫だ!愛する娘のすこやかな成長のためなら、そのくらいはおやすいご用だ。毎日つくる。任せておきさい。

オフィーリア: お父さま、お願いでございます。 どうぞ、お料理だけは、おやめください。分かりました。父上がそこまでおっしゃるのであれば、もう二度とハムレット様にはお会いしません。誓ってそう申し上げます。

ポローニアス: うむ、分かってくれれば良いのだ。この話はもう終わりにしよう。さて、一件落着したところで、ちょっとお腹がすいてきた。おや、もう2時ではないか。久しぶりに一緒に食事をしないか。親と子のコミュニケーションをかねて、私が料理をつくってあげよう。 

オフィーリア: ( 小声で)え、まだ・・・。

ポローニアス: そうだ、何年ぶりだろう。腕がなるぞ。今日はシェパードパイにでも挑戦してみようか。翻訳すると「羊飼いのパイ」となるんだ。これも庶民の食べ物だ、とても美味しいと聞いておる。

オフィーリア: ( 傍白)何やら、また、胸さわぎが・・・。(ポローニアスに向かって)それは大変ありがたいのですが、残念ながら、今はそれほどお腹がすいてはおりません。私はクッキーと紅茶だけで軽くすませたいと思います。

ポローニアス: それは残念だ。だがまあ、仕方あるまい。食欲がないというのであれば、無理をすることもあるまい。じゃあ、今日の紅茶は私が入れてあげよう。

オフィーリア: いえ、その程度のことでしたら、私におまかせください。紅茶の作法は淑女のたしなみとも申します。すぐに準備にかかります。

ポローニアス: そうだな、そうしよう。最近ゆっくり話をしていなかったからな。久しぶりにお茶でも飲みながら、親子のコミュニケーションを図ろうではないか。

オフィーリア: そうですね、お父さま。

(ポローニアス、オフィーリア退場)

森の妖精(語り手):  ポローニアスおとうさん、ハラハラ、ドキドキですね。このまま、うまくいくと良いのですが。 最後まで読んでくれて、どうもありがとう。次もぜひ読んでくださいね。まったねー。

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