よく自立は矛盾すると言われてる

皆さんこんにちは、izayoiです。

皆さんは、自立と言うのを聞いたことありますか?

家族や生活でよく出てくる自立と言う言葉。
親が子に言う、最後の要求でもあります。

そして、世間では自立=大人と言う風潮がとても強いです。
今回の記事は、自立と言うものを個人的な見解をまとめて行こうと思います。

今まで、自立とは? と悩んでいて、ネットの記事を見ても腑に落ちなかった人の助けになればと思います。

1、自立って?

一言に自立と言っても、分からないことが多いですよね。
では自立とは、どうゆうものなのか? と辞書に書いてるのを引用させていただきます。

他の援助や支配を受けず、自分の力で判断したり身を立てたりすること。ひとりだち。「経済的に―する」  
引用:広辞苑無料検索

これが、自立の意味です。
よく他のサイトなどで言われてる三つの柱は、これを部分的にばらし、それでいて各項目に焦点を当てた記事が多いです。

基本3つありますが、最終的には以下の二つが大きいと思います。

1.経済的自立
2.精神的自立

この2点が重要であり、何よりも矛盾として捉えられる項目でもあります。

2.経済的自立と矛盾

経済的自立とは、簡単に言うと生活が出来るかどうかと言う点に当たります。
辞書の意味で言うと[援助を必要としない]と言う事に他なりません。

稼ぎがあり、親が亡くなっても一人で生活が出来る、これが経済的自立と言う事になります。

ここで、少し疑問に感じる人がいるのではないでしょうか?

経済的自立と言うのが、稼ぎがある人を指すだけなのか?

と。
これは一種の屁理屈と捉えられる理論でもありますが、経済的自立に関しては、固定観念による順番が生じます。
特にここで疑問に感じた人は、多分現状と評価に関しての疑問を持った人に違いありません。
実家暮らしの人や、何かが原因で働けない人は自立してない、しないのでは? と。

この考え自体、依存してると思われ、親との確執になりやすい思考の一つです。
改めていいますが、世間でいう経済的自立には決まった順番が存在し、それ以外の順番は[自立してない]と評価されてしまいます。

よく例で上がるのが、年齢に関する印象です。これは間違いなく順番が狂ってしまった評価と言えます。

その、自立の順番です。

1.定職につく
2.実家で暮らしつつ、一人暮らしの準備をする
3.部屋を借り、一人暮らしをする

これを行う事により、初めて大人として認められます。
そう、稼ぎが出来てから一人暮らしをする事により初めて自立してる、と言われることになるのです。
これは、ここ数年で聞く事になった子供部屋おじさんと言うことも同意義であり、若い人にとても多い実家暮らしの人への精神的攻撃にも違い形になりますし、同時に何か原因があり、働けない人にも精神的に追い詰める要因になることでもあります。

この順番に縛られた親がいる場合は、必ず聞く言葉が、死んだ後が心配だ、早く自立してくれ、と言う言葉が出てきます。
お金を稼ぐだけでは、自立として見られませんし、同時に働いてなければ依存として捉えられる事に他なりません。

そのため、

経済的に何かを頼ってしまっていては自立してない

と言う事になり、親や世間の解釈で簡単に矛盾してしまうと言う事が生じます。
細かいことは、後半で書きますので、次の精神的自立が興味なければ飛ばしてください。

3.精神的自立

精神的自立とは、一言で言うと意思決定です。
つまり、辞書や記事内で言う支配ですね。

この支配は複数存在し、意思決定を阻害されていればそれは自立してないと言う事になります。
どうゆう事か?

親からこの会社に入れと言われ、そのまま信じてその会社に就職する。
親からその相手はダメだと結婚を否定されたので、結婚をしない。
親から、こうしなければ許さないと言われたので、従う。

この様な、自分の意思が存在せず言われた通りの事をする状態だと精神的自立してないとなり、反対に反発など起こしたり、意見を言うこと自体が自立に該当していきます。
その為、精神的自立は親が大きく影響する事により、できる人できない人がいます。
裏を返せば、この部分が悪影響になり経済的自立にならないパターンもありますし、ほとんどの大人と言われる人が精神的自立が出来てないともいいます。

精神的自立ができてない場合は、経済的自立をしていたとしても、行動が幼稚になることがあります。
1番わかりやすいところで、幼稚な考え、無責任など挙げられますが、さらにわかりやすい、受ける側で感じられる事は抑圧、支配されかけてる、と感じる事、支配しようとしてくる、圧をかけられるなどになります。
DVに関しても、する側が精神的自立ができてない為、自分の意思と言うよりも親から言われた事が正しい、働いてれば何をしでも良いと言う精神的に幼い事があげられます。
同時に親の引いたレールを走ってきてる傾向があるので、話を聞かない、自分が正しいと言う感覚が存在してますし、あなたの為という事を簡単に言ってしまう事も。
同時に子離れが出来ない親の特徴でもあります。

その為、親が精神的自立をしてない場合、子供の方が制御され精神的に追い詰められた結果、経済的に自立が困難になる為、経済的自立が矛盾してしまう結果を呼びます。

では、精神的自立とはどうゆう事? と気になった方がいると思います。

それは、責任を取るとか以前に、自分の意思を伝える、自分で考え決定し、その後の事もきちんと受け止める事が精神的自立になります。
つまり、自分主体と言うよりはどんな状況になったとしても自分の考えを止めない事になります。
抑圧されたとしても、それに反発する、どうしたらいいのか考え、それを実行するかしないかを思考し、自立したいと考えて望んでいれば、それは精神的に自立してると言う事に他なりません。
頼らなければいけない、と考える事も選択肢として出てきますし、可能性を自分で模索することこそが自立と言う事になります。

1番早いので、反抗期と言うのが精神的自立になる訓練の一つです。
それを経験する事により、自我が芽生え、大人になり、自分の意思で決定したとなる事こそが精神的な自立と言う事に他なりません。

精神的自立をまとめると

1.自分の事を考える
2.起こった出来事を受け止める事ができる
3.選択肢の模索ができる
4.支配から抜け出したいと考える

この4点が出来てこそ、精神的自立に該当し、これは生活環境にも影響するので、生活的自立にもこれにあたると思います。

4.自立の矛盾

さて、本記事の本題です。
自立してほしい、自立の概念の矛盾についてです。

経済的自立に関して矛盾を起こすと書きましたが、これは精神的自立が影響して、結果的に矛盾を引き起こす事になります。

僕自身、経済的自立は精神的自立が行われて初めてできる事だと思いますし、精神的自立ができていたとしても、抑圧や束縛が存在していればそれは経済的自立は不可能だと言う事になります。
経済的自立が先ほども言った通り、一人で生活する事を意味するのであれば、子供に金銭的に助けてもらう事自体が自立していない、子供の就職を期待する事も同時に自立が行えてない事になります。
特に、生活費を入れて欲しいや、お小遣いが欲しいなどこの行動自体が自立してないと同じになってしまいます。

その為、僕が感じた違和感は共同で使ってるのだからや、家族だから助け合いと言う状態は果たして自立していると言えるのか? と言う事になります。
生活費を入れてくれるのが美談に語られますが、実際経済的自立は一人で生活する事という一点で判断されてるのに、親が子供に頼っていたとしても親は自立してると認識される事がおかしいと感じた次第です。

そのため、考えられる一つの事が精神的自立をしたのちに、経済的自立を行うのも一種の自立に該当するのでは? です。
順番ではこうですね。

1.家を出る
2.自分で考えて行動を起こす
3.就職をする

つまり、家賃など一部援助頼む形になりますが、結果的に一人で生活出来ればそれは自立してる事になると考えます。
理由としては、シェアハウスや同棲など他の人に援助をしてもらったとしても生活が可能ならば自立してる、と捉えるのが筋が通ってるとかんじるからです。

その援助先が親と言うだけであり、ローンや借金と変わらないと言う事だからです。
その為、もともと返す気で考えていればそれは自立してると言えるかと。

そのため、抑圧されている場合に離れなければ自立できない状態になり、自立するには離れなければならないが、離れるためには金銭的な問題が解決しないと自立できないのどんどん巡りです。
健康な人ならば、この自立するには働かなければならない、その為に蓄えをと考えを巡らせて最終的に望む形を目指す事に繋がります。
ですが、抑圧されてきた人は、縛られている状態になり、打開策はあっても否定されてしまう為、心が傷を受けてしまい結果的に自立ができないという矛盾に直面します。

この状態を、自立と別にして考えれば矛盾は起こらないのですが、そう考えられる人が少なく、結果的に健康体で家を出て家賃を親に払ってもらうのは矛盾している、と言う論理が出来上がります。

つまり、都合よく解釈をしているに過ぎないのです。
だから、矛盾をするのです。

5.まとめ

いままで、自立に対する持論を展開してきましたが、結果的に何が言いたいのか? と言う事ですが、次の一点に尽きます。

自立とは結果であり、過程ではない

です。
矛盾を起こす自立論は、過程の状態を子供に当てはめ、結果の状態を評価しないがために矛盾を起こします。

大人の方で言えば
1.働いて稼いでる
2.子供を育ててる
3.老後子供に生活費を出してもらう

これが、大人で言う自立した人生であり過程では親に頼らなく、結果的に子供に頼ると言う事が起きている為、援助先が大人から自分の子供に変わったに過ぎないです。
ですが、子供への自立と言うものは以下のかんじになります。

1.親元を離れ、働いて稼ぐ
2.一人暮らしをして家庭を持つ
3.子供に苦労をかけずに親のみで完結させる
4.親の面倒と、生活費の支援

と言うのが自立として要求されます。
つまり、結果としては全て自分でやり親に迷惑をかけず、子供にも苦労をさせず、尚且つ親の生活と家族の生活を保証する、これが世間が自立してると言われる状態なので、この一つでも出来てないと自立してないと言われてしまうのが現状です。

なので、ここでは順番が違っても結果的に自立できる事こそが大切であり、その過程を歩む道は本人で決めていれば自立してると言う事になると考えてます。
そこに抑圧、制御、干渉があれば、それから離れる事により自立が促されるとまで言われてるので、その観点からみても経済的自立の仕方は色々あると言う事になります。

本人が親からの抑圧から逃げないと自立できないならば、先に相談などして心を休めるために出る、その後働ける状態になり働け、家賃を親に頼らなくなれば、それは立派な自立です。
そして、そうすると決めて、踏み込み頑張れればそれは自分の意思であり誰からの干渉もされてないのならば、同時に精神的自立にもなります。

どうか、この記事を読んだ方が、もし働いてからが自立と言う評価と、親から反対され続け辛い思いして働く事が怖くなった方がいるのでしたら、働く前にでも出て行く事により、自立できる可能性、家賃を一時肩代わりしてもらってたとしても矛盾はしない、最終的に抜け出せればそれは自立に向かってると思ってもらえたらと、勇気を出して親などに意見を言えるようになればと思います。

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