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地域の人と会えば会うほどに、僕は「祭りが好きじゃない」と考えてしまう理由【インドア目線】

・祭りは必要だし、大事だとは思う
・祭りの時期だけ、「祭り」は人と話せる話題になる
・「祭り」よりも「普段のコミュニケーション」が今の自分は好き

祭りは
「見る派」ですか?
「参加する派」ですか?

かつてお手伝いさせていただいた、
まちなかの対話イベントで

その場に居合わせた人と人との
対話のキッカケのひとつとして、

こんなテーマを上げたことがあるのですが、


「店番や写真撮影などの役割もないなら祭りはひっそり家で過ごしていたい派」の井澤です。

地域の人、特に実家の地域とルーツのない人と

接したり考えたりする機会が
多くなれば多くなるほど

僕は逆に

祭りはあまり好きじゃないな…

感じるようになっています。

小さい頃、

祭りのフィナーレで夜空を綺麗に彩る花火が

当時の僕には、
その耳の奥まで響くような爆音が「怖い」もので

花火の時間にはよく泣きわめいていたそうですが、

それとはまた、違う理由ですよ!?

●祭りは必要だし、大事だとは思う

地域のお祭りは
そのルーツを紐解いていくと、

この1年の収穫に感謝するものだったり
自分の先祖に思いを馳せる時間だったり。

これは、
ごく小さいことで例えるなら

食事のときの
「いただきます」「ごちそうさま」など…。

これらと同じくらい、

祭りというのは
地域やその人々にとって、

必要で大事なものだと思うんです。

また、地域のお祭りとは
ちょっと主旨は違うかもしれませんが

学校単位で行う「学園祭」なんかも

今思い返してみれば、
この「祭り」絡みでしか、できない経験はあったし

大人しい自分が、
クラス看板の制作や劇の小道具制作に携わってると


「自分でも誰かの力になれる時があるんだな…」
と感じることがあったり、

仕事柄、
クラスの男子と女子の中間ポジションになっちゃうのですが

「…あれ?以外とこのポジションは、
誰にもできるものでは、ないのかも…!?」


とか、些細な発見をすることもできました。

祭りは

地域やコミュニティの色
「ここのもんは◯◯な感じ」を把握するためだったり、

地域やコミュニティに入って間もないときに

輪に入る手段として「祭り」を利用するのは、

全然いいと思います。

●祭りの時期だけ、「祭り」は
人と話せる話題になる

人の話を「聞くこと」に敏感になっている僕は、

自分から話しかける話題、
相手にしてみれば「聞かせる」話題は

リアルの場で話したことのある人はご承知のとおり

僕は
源泉垂れ流しで
思いの丈を述べるよりも

これでもかというくらい
話題を選んで選択肢を絞ってから話します。

昨日、
工作ワークショップの現場に向かう際も

「台風で、●●のイベントは中止になったみたいですね~」みたいな話を、

親世代の人と話していましたし、

工作中の子供には

「今描いてるの、△△?」と聞いたりするのも


今は
「祭りじゃないときでも使える」定石です。

(アートについては、SNSで書いているほど、
リアルの場でアートの話はしていませんし、
そもそも、 アートの話題しか話せない人間ではダメじゃん!
と感じて動き回ってみた気付きなどを

noteに書いていますし。)

初対面の人の
緊張をほぐしたり
「少なくとも自分は敵じゃない」と相手に示すためや

なにかの集まりに途中から参加したときに
その人を馴染ませるため

バイト先で初めて組んだ人との
互いのリズムを把握するためにも

僕は理性を使って、話題を選んでいるんです。


※逆にいえば、 普段は理性に頼って話しているため、
お酒が入った時には、
話す量が普段の半分以下になります…。

しかし、このお祭りの時期は、
誰と話すときも

「天気」がいいか、「食べ物」がいいか、
今日は「アート」がいいのか…

いやいや、
そんなこと考える必要なく、

祭りの時期は、
「祭り」を話題にしておけばいいんです。

頭の中で
10個くらい話題を思い付いたりストックしてから
絞って

口に出す必要は、ここでは無いんです。

僕は普段、考えちゃうから

人と人とが解りあう難しさも
地域で見てきたから

だから、

七夕の短冊に
「インドアもアウトドアも共存できますように」
とか書いてしまう僕にとっては(※実話)

僕はお祭りの時期って

階段を3段飛ばしで抜かれたような


「ズルいな」って、感じてしまうし

お祭りが終わると、
「祭り」を共通の話題にできなくなって

また、
「話題に困る!」
「あの人と話せない!」
みたいな空気が流れるから

僕はお祭りの時期って

花火とは違った意味で


「儚いな」って思ってしまいます。

●「祭り」よりも
「普段のコミュニケーション」が今の自分は好き

祭りの楽しみどころは
わかってはいるけれど、

他ならぬ僕も、祭りを話題に人と話すこともあるけれど

正直、ズルさと儚さに目がいってしまって

楽しめない

というのが、
今の僕の率直な思いです。

祭りを取っ掛かりに、
人と関わるのもアリだとは思うけど、


それよりも、「祭り」以外の
普段からのコミュニケーションのほうが
大事だよなぁと、

そんな方面に思いを馳せてしまうのが
特にこの時期なので

僕は、たとえ祭りの場にいても

話す気が、
失せてしまうときさえあります。

これはもしかしたら、
人と繋がる難しさについて
手順を踏んで理解しようとしている僕の

嫉妬なのかもしれません。

祭りは、先に書いた通り、
必要だとは思います。


ただ、こんなことを考えてしまう僕が
人を支える立場になって


地域の祭りの「旗揚げ役」とか、
「世話人」とかをするのは、


正直、
その周りの人の士気を
下げてしまうのではないかな~と思いながら


そんな自分を受け入れながら

今年も、祭りのスケジュールをチェックしています。

ありがとうございました。

読んでいただきありがとうございます。いただいたサポートは、鳥取のアートシーンで活動されている方々を応援する際に使わせていただきます。