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支えになった経験や言葉は、必ずしも縦積みなわけではない【インドア目線】

『ことばの再発明』という講座をオンライン受講しています。

鳥取県内在住者を対象に、
創作活動に限らず広い意味で「つくる」ことをしている受講生たちが、

自分の作品や活動を言語化していくことについて、ひたすら向き合う時間です。

※企画をされた佐々木先生蔵多さんの個人noteにもまとめてありますので併せてぜひ。

講座といっても、
ハウツー論を画面越しに教わり、
それをご指導いただく…というものではなく、

別々の視点を持つ講師同士でのクロストークが設けられていたり、

受講生一人ひとりの活動についてこちらから話したり
講師の方々が一緒に悩んでくださるような時間があり、

受講生個々の視点を、
講師の皆さん・運営の皆さんが大事にしようと動いているのを感じ、

現時点での
「自分の活動や悩みへのヒントになりそう」
という個人的満足度はかなり高いです。

講座内での僕ですが、

単に自分の活動を喋るだけでは、
その活動自体に特色はあっても、
なんだか自分に色がない、淡々とした宣伝っぽくなってしまう…と思っていたので、 

おもいきって、そこに至る自分のいきさつや、
いち人間としての原体験などを入れ込んだり書いたりしながら聞いてもらいました。

そして続けるように、

・活動の中での自分のポジショニング
(+周りから言われていることとのギャップ)のこと、

・自分の中で不足していると思っていること、

・主に地理的な面の活動の障害などのモヤモヤごとも、聞いてもらいました。

しかし、
講師の方からは、ポジティブなものが返ってきました。

僕自身に、
アマチュアとはいえ、
作品で表現している者という視点があるのだから、
その活動を続けられている状態がある、と。

僕は作家を目指すような同世代と比べて、
腕も、それを埋めるような熱意もない、

だから、同世代が制作に時間を使うなら、
じぶんはそのぶん、描くよりも人に会うことにフォーカスして
(その効率や、計画性などはともかくとして…)

地域の人々と、ジャンルレスに出会うことに振っていった。
 

制作よりも、運営、広報、裏回し、矢面…

その経験をしたから…ではなく、
僕自身の作っている側という視点も
その横っちょにあるからこそ、

トランプタワーで上の段に向かって積み上げるために、
その「横にある経験」が今の土台のひとつとして活きている。と。

悩みやモヤモヤという、
マイナスなものを抱えたまま講座に臨んだ自分ですが、

気付けば、講師の方との対話の時間が終わる頃には、
なんだか身も心もスッと軽くなったような感覚でした。

この講座はもう少し続き、
なんと9月には、成果発表展や講評もあります。

緊張もしますが、
なにより、
県内で活動している方と、近い距離感で会える機会でもあり、
そこが何よりの楽しみだったりします…(笑)

読んでいただきありがとうございます。いただいたサポートは、鳥取のアートシーンで活動されている方々を応援する際に使わせていただきます。