電波戦隊スイハンジャー#7
第一章・こうして若者たちは戦隊になる
金剛さまの言うことにゃ
正嗣以外の会議室の人間は、まるで金縛りにでも遭っているかのように硬直していた。
ただ、全員の目だけがかっと見開かれ、瞳孔が散大したかのように正嗣には見えた。
意識を飛ばされたか?
「皆の記憶をこっくりさんを行う以前に戻した。簡単な逆行催眠じゃ。まーくんよ、後は任せる」
空海がぱん!!と手を叩くと、止まっていた会議室の時間が動き出した。
皆、困惑したように顔を見合わせてざわついている。保護者の一人が言った。
「先生、これはどげん集まりでしょうか…?」正嗣は思い付いた言い訳を口に出した。
「あ、あのー、えーと、夏休みの講習についてですね!高校受験ですからね!」
ごいーーーーん…夕方6時、泰安寺の鐘が鳴る。
この仕事は父住職の泰然こと正義か、副住職、泰若《たいじゃく》、こと正嗣が欠かさず行ってきた。
母、喜美枝が2年前、胃ガンで亡くなるまでは、彼女も撞いていたが…建立400年の寺といえども、今はむっさい男所帯。
週に1、2度、近所の米農家に嫁いだ母の妹、冨美枝が心配して様子を見に来てくれる。
鐘撞きを終えた正嗣は、作務衣姿にたすきがけで六坪ほどの家庭菜園に入った。
戦前の折、食料不足を見越して曾祖父が作った畑である。
畑の雑草を取ろうとしたけど、正嗣は、畝《うね》の間にしゃがみ込んでしまった。
つ、疲れた…実に疲れる1日だった。
生徒たちがやらかしたこっくりさん事件に、緊急保護者会、果ては弘法大師、空海さまのご登場だ。
お大師様が都合の悪い記憶消してくれたのはいいけどさ。
つじつま合わせで、やる予定の無かった夏期講習やる事になっちまった!
「もっとうまい嘘考えなかったお前のせいだべよ、なあ、喜乃《きの》」
「んだんだ」
ん?
正嗣は顔を上げた。トマトの苗の間から二人の小さな人が、こちらを覗いている。
小人の身長は鉛筆の高さぐらいしかない。
しかも、金太郎飴のように同じ顔をしている。久留米絣にたすき掛け、下はもんぺという出で立ちである。
「まーくん、おらたちが見えるだべか?」女性の声をした小人が、早くも瞳をうるませている。
「おめえがちっちぇー頃は遊び相手にもなって、絵本も読んでやったべ。おめえ、友達少なかったからよお…」
男の声をした小人が、うまそうにキセルでタバコをくゆらせた。
「皆の衆~!!出てこーい!!」
女の声をした小人が呼び掛けると、畑のあちらこちらから、わっ!と同じ顔、服装をした小人たちが正嗣の前に駆け寄った。
皆、農作業を終えたばかりのように土で汚れている。
「まーくんが、久しぶりにおらたちの事、見えるようになったべ!!」
「本当だべか?」
「今日はお祝いだべ!!餅つきだべ!!」
「いんや、出初め式だべ!!」
ざわざわざわざわ。
「えーい、だまれーい!!」
キセルをくわえた小人がざわつく小人らを鎮めた。どうやらこの集団のリーダーらしい。
「まーくん。おめえは思春期入った頃おら達のことが見えなくなっちまった。
いんや、わざと心の目を閉ざしたべな。改めて自己紹介すんべ、おらは蔵之助、隣にいるのは、女房の喜乃《きの》だべ」
「寝る前絵本読んでやった、喜乃だべよ…」喜乃と呼ばれた小人は、手拭いで眼頭を抑えて泣き出した。
「そーれ、喜びの舞だべー!」
残りの小人たちが、E○ILEのチューチュートレインぐるぐるを踊り始めた。
「おらたち有限会社、七城農園。EXI○Eより3人多いべ!!」
「だからやめれーい!」蔵之助の一喝で小人たちは半らせん状にストップした。
「さてと…」蔵之助は、キセルをたもとにしまって宣言した。
「おらたちは、日の本中に散らばる大地と豊穣の精霊、木霊《こだま》。おらたちが、誉めて伸ばして作物がすくすく育つ!」
歌舞伎役者のように蔵之助が見栄を切った。
「あい、お前さん」喜乃が芝居がかった声で続いた。
あまりの光景に、正嗣は言葉が出なかった。もう突っ込む所しかない。
やがて夕焼けの中、とぼとぼと空海が帰ってきた。なんかすごく顔が疲れている…
「教え子全員と家族の逆行催眠してきたぞよ…十何軒も回ってきた。とんだ『家庭訪問』ぞよ…肉体なくとも精神力使うから疲れるんだよなー」
空海は傘を脱ぐと、縁側にどっと腰を下ろし袈裟を取った。
「お大師さま、お帰りなさーい!」
木霊たちは、空海に駆け寄ると今度は組体操のピラミッドを組んだ。
「お主ら、相も変わらず無駄に元気じゃのう。有限会社七城農園よ」
「お大師さま…!何ですか?この木霊という者たちは」
「おや、やっと再び木霊が見えるようになったのか?」
空海が疲れているようだったので正嗣は台所に立ち、冷たい緑茶とぬか漬きゅうりと、水羊羹で彼の労を労った。
空海は「甘露、甘露」と緑茶を一気に五杯飲み干した。
ひと息ついた空海は薄く目を閉じ、言葉を慎重に選んで話し始めた。
「七城正嗣よ、お主の家系の者は代々異能の力を受け継いでおる。
先程教室で見せた法力。いま踊っておる木霊たちのように、常人には見えぬ物が見える心の目。
あと…他人の思考が読める、『てれぱしぃ』と呼ばれる力がの。
400年この七城家を見てきたが、お主の能力はずば抜けておる。この日の本の大事に、お主の力を必要としておるのじゃ…」
空海の白いまぶたが、時々細かく震える。男性にしては長すぎる睫毛だ。
彼の清冽な美しさに正嗣はみとれた。
すでに日は暮れて、夜のとばりが降りようとしている。
「お大師さま。私に、何をしろと…?」
ぬるい風が縁側の二人に吹き付けた。
木霊たちもぴたりと静止し、空海の言葉を待っている。
「ヒーロー戦隊スイハンジャーの、七城米グリーンになってはくれぬか?」
小雨が、ぽつぽつと降りだした。
「…冗談でしょ?」
小雨がさあーっと、二人の顔に降りかかる。むわっと、庭の草木の匂いがした。
「本気の、本気である」
空海はふところから、緑色のしゃもじを取りだし、正嗣に差し出した。
「さあ、何も思わずこのしゃもじを握るがよい!!」
「冗談じゃなかですよーー!」
正嗣の頭の中で理性の糸が切れた。もう本当に今日の所は勘弁してほしい!
は?戦隊ヒーローもの?
助けてくれたのは恩に着るが、いきなり現れて何をいっとるんじゃ?この坊主。
正嗣は冷茶を一気飲みして、切子のグラスをかちり!と置いた。
「納得いくように説明しろ!!」正嗣は空海の胸ぐらをつかむ勢いでにじり寄った。
「拙僧も上司の薬師如来さまからの命令での…とにかく即戦力になる者を探せと…」
「は?薬師如来?ビッグネーム出てきましたねええ…絶対命令って?」
「まーくん、高僧に暴力はいけねえ!」
「こいつ大人しいけど、たまにキレると怖えんだ…」
木霊たちが二人に取り付き、引き剥がそうとする。
「た、泰若《たいじゃく》よ…その透けて見える御坊は誰だ?」
父住職、正義が揉み合っている二人を見て、固まっている。
父さん、名前で呼んでくれよ!それに…
「父さん、お大師さまが見えるの?」父は婿養子なため霊視は出来ないはずだ。
「やったあ、生まれて初めて幽霊見えたぁ…」正嗣の父正義は、小さくガッツポーズをした。
父さん、リアクションそれかよ!!
「厳密に言うと拙僧は幽霊ではなく『仏』の一員だがのう…」
正義はこの寺に婿養子に来て30年。舅、妻、息子が霊的能力を持っているので、多少の変な事態には慣れきっている。
いま半透明の坊主を前にしても、だ。
住職七城正義は、息子に似た細い目をさらに細めて笑った。
「お客様をいつまでも縁側に置いては失礼じゃなかか。夕飯の支度してありますけん。さあ」
「え、ごま豆腐はお嫌いですか?」
「弘法大師と言えばごま豆腐じゃ」
夕食の席で、空海は微妙な目でごま豆腐の皿を見ている。
「確かに、ごま豆腐を広めたのは私だが…入滅して千数百年余りも供えられると、正直、飽きる。できればピーナッツ豆腐とか、杏仁豆腐とか…」
この人、高僧のくせに好き嫌い言ってやがるぜ…
正嗣はグリーンピースご飯をよそい、空海に茶碗を渡した。3杯目のおかわりである。
かいつまんで説明を聞いていた父、正義は、生ビール「麦の本気(勝沼酒造)」でほんのり赤い顔で、息子に言った。
「泰若よ、おれには何の法力も霊能力もなか。形だけの坊主ばってん、こんお大師さまの話はよー分かった。これは『お役目』たい!!話ば受けれい!」
「頼む!平に、平に!」
空海が正嗣に土下座した。
「お主の本業の邪魔はせぬから!週一パートでよいから引き受けてくれいっ!」
「お大師さま、頭を上げてください~!」
ど、どうしよう!?
「息子よ、いくのだ!心のままに!」
父は、完全に酔っぱらって正嗣を煽った。たぶんどっかのアニメのセリフを真似している。
「まーくんよ、このしゃもじを握るだけでいいからぁー」
如来の命令なんで、空海も必死である。
わ、わかりましたよ握りゃいいんでしょ!正嗣はヤケクソでしゃもじを握った。
緑色の閃光!!
「ほおおおおっ!」酔った父親が吼えた。
「まーくんよ、眩しいぞっ!!さあ、お主の勇姿じゃ」
空海は居間から姿見を引っ張り出して、正嗣に今の姿を見せた。
鏡に映るのは艶やかな緑色に輝く戦隊ヒーロー!生地に、草の刺繍がしてある。
「な、なんじゃこりゃああっ!!」
正嗣が姿見を掴んで叫ぶと同時に、空海の懐から着信音が響いた。「レ○ウン娘のテーマ」である。
「もしもし、薬師如来さま?グリーン内定致しました!」
「お疲れちゃ~ん、さっすがマオちゃん仕事早いね!君のコネで他のメンバー探してよお、じゃね」
スマホの向こうの声は、子供のようであった。マオちゃん?
「せ、拙僧は、幼名を真魚《まお》と言う…如来さまも母上もいまだにこう呼ぶんだよな…あ、オッチー先輩にメールしなきゃ…」
本当に恥ずかしがってメールを打つと、空海はスマホをしまった。
「今から、変身と解除の仕方教えるゆえ…」かくかくしかじか。
「信じられない…」正嗣の教え子近藤光彦は、泰安寺の庭から、正嗣が変身する様を見てしまった…
興奮して、全身の血管が開いてしまったような感覚…!!
自転車で出来るだけ寺から遠くへ走り出て、誰もいない田んぼの真ん中で光彦は叫んだ。
雲は晴れ、夜空には満月である。
「オレの先生、正義の味方だったんだぜ~い!」
勘違いした少年、近藤光彦、14歳8カ月のアツい青春が、いま始まった。