電波戦隊スイハンジャー#1
第一章・こうして若者たちは戦隊になる
麦わらのレッド
農業青年、魚沼隆文の日記。
2013年5月某日。
これは誰にも信じてもらえないと思うので、この日記に記すだけにしておきたい。
僕の家は江戸時代から続く農家で、現在は、コシヒカリを主に生産している。
僕もいずれは父の跡を継いで、自然を相手に生きるのだろう。
とぼんやり考えていた…あの二人に出会うまでは!
(ここで2Bえんぴつが激しく折られた跡があり、日記は中断されている。続きは作者が説明しよう)
隆文は両親と弟夫婦と共に田植えを終えた所であった。
今年は特に日差しが強く、麦わら帽子を被っていないと頭がくらくらしそうである。
地球温暖化の影響が新潟まで来てるな…今年は雨が降るだろうか?
なんて心配して手で汗をぬぐっていると、突然強い風が吹き、植えたばかりの青い稲苗を揺らした。
麦わら帽子が飛んでいく!
隆文は稲を踏まないように慎重に田んぼを進みながら、麦わら帽子を追った。
畦の所に麦わら帽子は落ちていた。隆文がそれを拾おうとした瞬間…
どこからともなくハイトーンなおばちゃんの声が足元から聞こえる。
「おっ母さん、あの麦わら帽子はどこいっちまったんだべなあ…」
つづいて可愛らしいおっさんの声。
「ストローハット…」
いかにも「昔の○川映画なセリフ」が、帽子の中から聞こえてきた。
え?隆文は、怪訝な顔で麦わら帽子をむしり取った。
中にはシャーペンの高さ程の小人が二人いた。二人とも久留米絣にもんぺという格好である。
なぜか二人は、原寸大の赤いしゃもじを手にしていた。
二人は声を揃えて隆文に問うた。
「おめぇさんが落としたのは、麦わら帽子だべか?
それともこの真っ赤なしゃもじだべか?」
あからさまにやな予感がした。
見るからに怪しい、赤いしゃもじを持った小人コンビ。
二人ともファンシーなサ○リオキャラのような同じ顔つきをしているが右側のうっすらヒゲあとがある方が男子であろう。
ためらいながら、隆文は答えた。
「いいえ、僕が落としたのは、ロンギヌスの槍です!!」
女子の小人が舌打ちをした。ファンシーな顔に似合わないすれた態度である。
「おめえさん、この人間エ○ァ見てるべ」
「ヲタだべ、今時の若者だべ」と男子の小人がめんどくさそうに言った。
隆文は多少イラつきながら小人に聞いた。
「あ、あんたら何者なんだ?」
男子の小人は威張って胸を張った。
「おらたちは、大地と豊穣と、農業の精霊、木霊だべ!!どーだ、まいったか?」
「こだまつっても、決してアタックチャーンス!!の人じゃねえべよ」
女子の小人はどうでもいい補足をしてひとりウケする。
「乙ちゃーん、そりゃ児玉清じゃねえべかぁ」
「いやぁ~ん、おめぇさん」
隆文にとっては、小人の夫婦漫才などどうでも良かった。
いま目の前の不条理な現実を説明してもらいたかった。
「なんか妖精さんだと言うことは分かりましたけど、僕になんか用事ですか?田植えで忙しいんで手短に…」
男子の小人がやっと自己紹介をした。
「おっほん、おらの名前は松五郎。魚沼隆文。おめぇ田植え終わったばかりだべな?」
女子の小人が松五郎に続く。
「おらの名は、乙。ニックネームだべ。本名は、乙姫と書いて、『おとめ』と読むべ」
松五郎と乙ちゃんは声を揃えて宣言した。
「と、ゆーわけで農業青年魚沼隆文。おめさんは今からヒーロー戦隊スイハンジャーの…コシヒカリレッドだべ!!」
だ、だっせえ!!ネーミングがだせえ!!
全身で抵抗したい気持ちに隆文は襲われ、田んぼの中で仁王立ちになって子供の様にいやいやをした。
松五郎はもんぺの帯の隙間からスマホ大の機器を取り出し何か検索を始めた。
「この期に及んで抵抗する気か?他に人いねえし…」
その隙に麦わら帽子持って逃げようとする隆文の胴に何か紐状のものが巻きついてべちゃあっ!!と隆文は田んぼに大の字になって倒れる。
近づいた松五郎は不敵な笑みを浮かべた。
「おらの投げ縄から逃げられると思ってか?そら、運命だから受けとれ」
無理やり赤いしゃもじを隆文の手に握らせた。
赤い閃光!!
泥でずぶ濡れた自分の衣装が変わっている!両手に赤い手袋?
「そら、おめえの晴れ姿見るべ」
乙ちゃんは神社の鏡みたいなものをもんぺから取りだし、隆文に彼の今の姿を見せた。
ええっ!おら、戦隊ヒーロー!?な、なんか、かっこいい!うわ、背中に、豪華な刺繍までしてあるし!!
ああっ、両親と弟一家がおらを呆れて見ている!4歳になる甥っ子が羨望のまなざしでおらを見ている!
チョー恥ずかしいべ!
偶然ママチャリで通りかかった商工会長が叫んだ。
「くぉらあー隆文ぃー!!ご当地ヒーローもんの企画ならまず商工会通すのが筋だべー!」
げべっ商工会長!なんでおらの正体わがったよ?
「よ、妖精さんたち…この格好かっこいいけど、農繁期には相応しくねえ。つまり、恥ずかしっから戻してけれ!」
「スイハンジャーになるつったらな」
居丈高な態度で松五郎は隆文を見下ろした。
隆文の母がやっと息子のただならぬ様子に気づく。
「あんれまあ!!小人さんたちが見えるべ!」
「ざ、座敷わらすだべかあ!これおめえ達拝め!」
隆文の父の号令で家族全員、小人夫婦にひざまずいた。ははーっ。
父ちゃん!これ座敷わらすに見えるか?
それに座敷わらすは新潟出身じゃねえべ!
コシヒカリレッド魚沼隆文は不条理な運命に直面しながら、田んぼに佇んでいた。赤いしゃもじを握りしめ…
広いコシヒカリの田んぼには、風が通り抜けるだけ…
どーすんべ!?
謎の妖精コンビに捕まったおらは真っ赤っ赤なしゃもじ握らされで、
「コリヒカリレッド」なんてカッコええゲテモノに変身させられちまったべ!!
よりによって父ちゃん母ちゃんは妖精コンビの松五郎&乙ちゃんを「座敷わらし様」と間違えってよお!家族親戚、居合わせた商工会長や、村長まで呼んでよお、(学生時代の恩師も来たべ!!)
明るい内から酒飲んで奇妙なラインダンス始めちまったよっ!
ああっ、父ちゃんと商工会長が地酒でへべれけになっちまってる…村長、ネクタイ頭に巻いちまってるべ。
「繁栄の座敷わらし様、ばんざーい!!わははははははっ!!」
しかも、しかもなあ…まぁだおらの変身解けてねえよ。いまだにコリヒカリレッドのまんま座布団に正座してるよ!
目の前に地酒やご馳走あっけど、マスク着けたまんまで喰えねえし。
元に戻してくれるってえ約束でヒーロー戦隊になっこと承諾したけんど…
乙ちゃんも松五郎も、地酒でへべれけになってその約束忘れてんべよ!!
10枚積まれた座布団の上で「座敷わらし様」の精霊コンビが、この地方の地酒「青田風」飲んで上機嫌でふんぞり返っている。
まるで「笑点」の「ハワイ旅行おめでとう!」状態だべ…山田くん、座布団全部取ってけれ!
「はい、隆文くん…まだ脱がせてもらえないの?」
隣で可愛らしいな女性の声がし、隆文の恋人、小松美代子が隆文の前に太巻の乗った神皿と地酒「青田風」の入ったコップを差し出してくれた。
小柄で一重まぶたの、可愛らしい顔つきが心配そうに曇っている。
隆文はかぶりをふった。
「食いたくても、メットつけたまんまじゃ食えねえ…早ぐあの二人から答え聞き出さねえと…」
酒で真っ赤になった村長が松五郎に酒の入った杯を差し出した。
「のめのめ、神様あ!自慢の地酒だんべえ!!この村のコシヒカリから作ったべえ!!」
「おうっ!!」松五郎はちっちゃいお手手で杯を取り、一気に酒を飲み干した。
おおーっ…公民館内に、どよめきが起こる。松五郎、ちっちゃいくせに酒豪だべよ。
「かあーっ、うめえ!!けんどそのもう一つの酒も飲みてえべ。村長」
「え?これかよお…こりゃ市販の酒だべさ」
「『どぶROCK』って名前が気に入ったべえ。どぶろくのモジリじゃねえべか。それ、酒税法違反フラグだべ」
松五郎は、「どぶROCK」で満たされた杯も、飲み干した。
「うめえ!!この酒、地酒よりうめえべ、白濁りでほんのり甘口…何処の誰が作ったべか!」
「か、勝沼酒造だべ…」村長が何かに敗北したようにうなだれた。
「勝沼酒造って、あの東証一部上場の!?日本の企業もやるなあ」
美代子が隆文の膝を押した。
「隆文くんいま聞き出す時でねぇか?」
「う、うん!」
「おうコシヒカリレッド。そのスーツ似合うべ!!」
「おらが作っただけあんべ…」乙ちゃんが桜色の顔で呟いた。
「そんな問題じゃねえ!(そんなちっちゃいのにどーやって作ったが気になるけんど…)早くおらを元に戻してけれ!」
精霊コンビは「あ、忘れてた」と今気づいたように言った。やっぱり。
乙ちゃんが言った。
「キーワード言えば変身解けんべ。今から耳打ちすっから…」
乙ちゃんがちっちゃな口を隆文の耳元に付ける。
「まあ、祭り終わったら旅立つからよお」
松五郎の一言で公民館の空気が静まり返った。
村のおっさん達の酔いも醒めたようだ。
隆文の父が開口一番「そんなぁ、我が家に住み着いて繁栄をもたらすんでねえべか?」
商工会長がゆっくり振り向く。「座敷わらし様だろ?」
松五郎は眉をひそめて言った。
「おらたちは、木霊!!一言も、座敷わらしなんて言ってねえべよお」
硬直していた村長が弾けるように叫んだ。
「か、確保ぉーー!」
欲にまみれた村のおっさん達が一斉に精霊コンビに飛び掛かる!
乙ちゃんはうろたえて隆文に懇願する。
「い、いげねぇ捕獲されちまうべ!!タカっぺ助けてけれ!」
「んだからどうやって!」隆文がめんどくさそうに聞いた。
「今から呪文教えんべ」乙ちゃんが耳元で囁いた。
「ええから早ぐ!!」
隆文は胸いっぱいに息を吸い込み、呪文を放った。
「うーやーたーーっ!!」
公民館大ホールに強烈なつむじ風が舞い起こる。
その場にいた全員の顔が風で歪み、テーブル上のご馳走、酒瓶、コップなどが空中で一瞬舞って落ちて、村人が一斉にうろたえた。
「か、神様怒らせちまったべえっ!隆文神様なだめてけんろ!!」
「おら何やらかしたべ?」
松五郎が向き直った。
「タカっぺ、それがスイハンジャーの技、神技だべ。呪文はいちいち覚えておくべ!!」
乙ちゃんが言った。
「ほれ、さっき教えた変身解除の呪文言うべ」
「わ、わかった!すごく恥ずかしいけんど、ごちそう様でしたあー!!」
白い閃光。と、同時に隆文は変身前の姿に戻った。両足がの長靴が田んぼの泥で汚れたままである。
「本当に『変身前』だなあ!」
「はい、隆文くん」
美代子が隆文にタオルを差し出した。
「公民館は土足厳禁。とりあえず洗おうか?」
屋外の水道ホースで手足を洗いながら、隆文は不吉な言葉を思い出した。
さっき松五郎『旅立つ』ったべ?
おら、旅立つの?
「隆文、どうやらお前は、神様鎮めるために、村を出ていかなければなんねえべ…」
村の長老格ハルばあさん(99歳)が告げた。
寄合の会場は静まりかえる…嗚咽するものがいた。商工会長である。
「江戸時時代から続く庄屋の跡取りを村から出さねばなんねえべか?」
隆文の父が続いた。
「うちには次男の善文もいっけどよお、つれえべ!引き裂かれるようにつれえ…」
農作業で節くれだった両手に、涙が落ちる。村長はすでに泣きじゃくっていて、てんで話にならない。
何?おらって追放フラグなの!?
10枚に積まれた座布団の上で、松五郎は村の男たちに告げた。
「いんや、これは、日本古来の食と農を守る、やまとの国の戦いだんべ!!
数十年間の農業を見れ、メリケンの圧力で減反政策押し付けられって、外国の穀物一方的に買わされ続ける破目になっちまった。そのせいで国産の食い物減っちまったべ。
しかもなんだべ?今度はTPPって化け物がよお、この国を包囲してんべ。
今こそ立ち上がれ第一次産業!!
そのために、ちょっくらタカっぺをお借りするって事だべ…お役目終わったら返すからよお。これから『お役目』の時だんべ!!」
松五郎の演説に村の男たちは涙した。隆文の目にも涙が…
「松五郎さま!!」隆文は、自然と精霊コンビにひざまずいていた。自分の中の衝動がそうせたのだ。
「おら戦う!古来から自然と共に生きてきた人間の営みを、誰にも邪魔させたくねえ!」
「よく言った!タカっぺ…」
「天上無窮」
精霊コンビが変身グッズ赤いしゃもじに呪文を唱えた。赤い閃光が走り。それは隆文の右手首で真っ赤な麻のミサンガになった。
「肌身離さず付けていろ。変身、つったら赤いしゃもじになんべ。
んで、しゃもじ握ったら『いただきます!』言うべ。そったらコシヒカリレッドに変身だべ」
その日の夜。隆文と恋人の美代子が水田の畦道にたたずんでいた。
美代子は泣くのをこらえながら言った。
「しょうがないな…隆文くんには、隆文くんのやるべき事があっから…」
水田からわき出る湿気でむせそうな夜の気配である。
「美代子…正直言って、おらお前さ置いていぎたくねえ…そろそろおめえに…」
「その先は言っちゃだめだべ!!」美代子が遮った。
「笑って男を見送んねば、女じゃねえ!死んだばっちゃんがそう言っでだ…じっちゃんは、特攻隊で帰んねかっだけれども…行ってらっしゃい、隆文くん」
美代子は涙で濡れた顔で無理に笑顔を作った。その顔があまりにも健気で可愛らしい。
「美代子っ!!」
隆文は力一杯、美代子の小柄な体を抱き寄せた。
月の光が田植えを終えたばかりの水田を照らしている。
松五郎は泣いた。
「惹かれ合う者同士の辛え別れだべな…」
「おめえさん!!のぞきは不粋だべ!!」
乙ちゃんが松五郎の袖を引っ張って草むらに引き込んだ。
その夜隆文は夢を見た。
朝靄の中を自分は歩いている。頭上には蔓状の古びた植物。たわわに実る果実は葡萄である。
数メートル先では、つぎはぎの着物を着た農夫達が樽に入ったおびただしい葡萄を足で踏みつけて搾っている。
昔の時代だべか?農夫たちは隆文に気づいてはいない。のどかな労働歌が、あたりに響き渡る。
その時である。黄金の暖かい光と共に、金色の小さな仏像が現れ、隆文に慈悲溢れる微笑を投げ掛けた。
なんだべ!?と叫ぶ間もなく、隆文は目を覚ました。ひどく、寝汗をかいている。
枕元の腕時計を見た。午前3時。隣で寝息を立てる美代子を気遣いながら、辺りを見回す。
美代子の枕元辺りにあるはずの無いワインの瓶があった。
ラベルに書かれた文字は「えびかずら汁」…
これ市販のワインでねえべか?隆文はワイン瓶を手に取った。
製造元、勝沼酒造。
その時、頭の中に声が直接響いた。聞こえる、という感じではない。
まるで脳内に浸入してくる感じである。
(たかふみくーん、助けてぇー、ほんっとにあなたの力が必要なのぉーっ!!)
「おめえは誰だべ!!」
(あ、あたしはぁ、精霊コンビの上司でぇ、あなたたち戦隊ヒーローのプロデューサーの女神Uでぇす。事情があってイニシャルで名乗りまぁす)
焦ってる割にはなんかゆるい喋り方である。
「おめえさんが元凶か?いきなり夜中に起こしてなんの用だべ?」
(乙ちゃんとぉ、松五郎がぁ、大変なことにぃ~もう即、出発してくださあい!!)
「どこさ行けばいいべ!?」
(メッセージ示してあるから通信切りまぁす)
いきなり声が途切れた。今手に持っているワイン瓶がたぶんメッセージ…
さっき見た、葡萄畑の夢…
隆文は閃いた。
「そっか!勝沼酒造だべ!確か、本社は山梨県…甲州だべ」
隆文はワイン瓶の底に一枚の紙片が貼り付いてあることに気づいた。
走り書きな墨文字で、何か書かれてある。
隆文は小声で読み上げた。
どぶROCK ロックで呑んで 監獄ロック
「ふ、ふざけてんのかあぁ!!」
隆文は肌着にトランクス姿で叫んだ。
「隆文くんうるさい!」
美代子が寝言で叱った。
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