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EP007. あなたの努力は私がよく知っています

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「今回は絶対に入賞できるわ!」

父がそうだったからだろう。私は子供の頃から絵を描くことが大好きだった。

物心ついたころから絵を描いていたようで、幼児期は赤いサインペンが大のお気に入り。幼稚園に通う頃には父のパステルセットを勝手に持ちだしては台無しにしていたと、実家に帰ると今でも父から聞かされる。

小中学校では、学年代表に選ばれて幾度となくコンクールに出品させてもらった。金賞をもらったこともある。私の学生時代で唯一自慢できるところだ。
でも、大人になってからはなかなか思うように評価してもらえていない。

「おはようございます。」

今日は制作中の絵を観てもらおうと、師匠のスタジオにやってきた。

師匠は絵を描く傍ら、画廊を営んでいる。師匠とは学生時代に出会った。バイト先のオーナーだった。と言ってもバイト先は画廊ではない。半地下に広がったアートが溢れるオシャレなカフェ。
ある時カフェボードにチョークで描いたユリの絵が師匠の目に留まって、声をかけていただいた。バイトを辞めてからも絵のアドバイスをいただいたり、相談事に乗っていただいたりと、親しくしていただいている。

私が描く絵は、極彩色の抽象画。いかにも現代アートだと言われそうなスタイル。
抽象的でありながら細部まで細かく表現するところが魅力のポイントだと自負している。

今日観てもらいたい絵は、次のコンクールに出品するための作品。私の中ではかなりイケてる自信作。

しかし大人になってから私は評価されていない。次は絶対入賞できると思っていながらも、評価されないトラウマが不安を煽ってくる。そんな不安定さがあって、作品はほとんど仕上がっているけど、仕上げ前に師匠の意見が欲しかった。

「1階の画廊に今日一日この絵を置いてみてはどうですか?あなたが求めるものは、お客様の反応の中にあるかもしれませんよ。」

師匠は私の絵を観ながら、画廊に置いてみることを勧めてくれた。

「良いんですか?!」

勧められるままに画廊に置かせていただいた。

画廊のお客様は超個性的な方から、いかにもセレブ風の方まで、様々だ。
色んな方が私の絵の前を通り過ぎていく。
そんな中、一人の年配女性が私の絵の前で立ち止まった。

「ちょっとオーナー。」

女性は師匠を呼んで話しだした。顧客の一人だろうか。師匠とはとても親しそう。

「なぜこんな絵を置いてるの?お世辞にも良い趣味とは言えない。これはあなたの趣味じゃないわよね。特にこの色使いなんて最低じゃない?」

ガーン!
私の絵が、私の目の前で酷評されている。自信の作品が、自信のポイントが、コテンパンにけなされている。そして何より師匠に迷惑を掛けている。

どうしよう!パニックだ!

「ごめんなさい!」

悲しくて、辛くて、腹が立って、情けなくて…
気付いたら絵を持って走り出していた。

いつのまにか、家の近くの公園まで戻ってきていた。
目からは涙が溢れている。拭っても拭ってもとめどなく溢れてくる。
絵をまともに観ることができなくなっていた。

数日経ってもう一度師匠のスタジオにやってきた。あの日のお詫びをするためだ。

「師匠、本当にすみません。先日はご迷惑をお掛けしました。私にセンスがないばかりに…」

「あなたが気にするようなことではありませんよ。頭を上げなさい。」

師匠は優しく仰った。

「でも、あのお客様は私の絵を…」

私の言葉を遮って師匠は仰られた。

「あなたの努力は私がよく知っています。心配するのではなく、もっと自分を信じてあげなさい。」

そうだった。いつも師匠に言われていたことを思い出した。

自分を信じなさいと。人に言われて変えるぐらいなら最初から描くなと。自分を貫いてこそアートだと。人の目を気にするようになったらもうそれはアートではないし、アーティストではないと。

私は師匠にお礼を告げ、スタジオを後にした。

私は評価されることにこだわり過ぎていたようだ。
私の絵には私の命が吹きこまれている。私そのものだ。根拠なんて必要ない。

ただただ私が愛する絵を描きさえすれば良いんだ。それが私の作品の魅力だ。
そう思えたとき、私の絵が、一瞬、光輝いた気がした。

「これね。私が欲しかった答は。」

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