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甘い静かな時間 6

雨の中、抱きしめられた私は身動き出来なくなっていた。

だめだ
このままではどんどん彼を好きになってしまいそうだ

そう思いながらも、
彼から直接伝わってくる温もり
夏だというのに、汗のにおいなどしない、むしろ甘いいい香りがする
彼の息遣いが耳元に感じる

離れようとして力が入った体も、いつの間にか力が抜けて、彼に身を任せていた。

このまま雨降り続いてくれないかな

とまで思ってしまった。

雷鳴が遠くなり、少し雨がおさまってきた。
空を見上げながら
「だいぶん遠のいていったみたいですね」
と、彼が言っていたのだが、私は全く気付いていなかった。

そして
「あやさん?」
「もう大丈夫ですよ」
と、覗き込むように、声をかけてきた。
現実に引き戻された私は、彼から慌てて離れた。

「ほんとにごめんなさい。恥ずかしい」
と両手で顔を覆いながら下を向く私に
「僕はラッキーでしたよ」
と微笑んだ。

もうどうしていいか分からない
と思っていた時、私はふと気が付いた。

そうだ!彼はお昼休憩と言っていた。
かなり時間が経ってしまったのでは?

「早坂さん!時間大丈夫ですか?ほんとにすみません、貴重なお昼休みなのに」
というと、時計を見ながら
「あと30分はあります」
「それにあやさんと過ごせたから」

どうしてそういう気を持たすことばかり言うんだろう
どんどん惹かれてしまう

そんなことを考えながらも、
いや、そうじゃない、
「でもやっぱり30分も過ぎてしまって・・・お詫びに何かお礼を」と言った。

「そんなの気にしなくていいですよ」
「それではほんとに私の気が済まないので」
「なんでもいいんですか?」
「はい、なんでも」
と言った途端
私をまた抱き寄せて
「じゃあキスで」と、耳元で囁いた。

私は心臓が止まりそうだった。
確かに何でもと言ったけど、どうしたらいいかわからず返事に困った。

そして彼は私を抱きしめたまま
「あのパーティーのあと・・・なぜ来てくれなかったんですか」
「ずっと待ってたんですよ、寂しかったです」
と。

耳元でささやく声に心臓の鼓動がMAXに音を立てる。
動揺しながら
「だって・・あんなことがあって・・・顔見れなくて。どんな顔してお店に行ったらいいいのかと・・」
「それに嫌われてると思っていたから、あなたの気持ちがわからなくて・・・」
というと
「僕のこと、嫌いですか」と。

返事に困った。
黙って首を横に振るのが精一杯だった。
あなたに惹かれているなんて言えない
しかも今、どんどん好きになっているなんて

すると彼は
「僕はあなたが好きです
初めて見た時から・・」
「だからあの日、キスをしてしまいました」
「そして今も・・・」
といって、私が返事をしないまま彼はキスをした。

それはと否定する間もない。
あの時と同じだ。
エレベーターの時と。

そしてマシュマロのようにふわふわしたキス。
なんて優しいんだろう。
この間のエレベーターの中は一瞬だったが、今は長い時間が流れていた気がする。

地面に打ち付ける雨音が聞こえて心地いい。

この間は突然で息を止めてしまったけど。今は彼の呼吸に合わせて私も呼吸してる。
だんだん自分の体温が上がっていくのが分かる。

しばらくして彼は少しだけ唇を離して囁いた。

「きらって呼んでください」
「それからこれは雷が怖くならないおまじないです」
と言って、もう一度今度は軽くキスをした。

頭の中が真っ白だ。

気づいたら、彼は私に傘を持たせてお店の方に走り出していた。
「じゃあ、気を付けて帰ってくださいね」
「傘あげないですよ、ないと困るんで必ず持ってきてください」
と言って、手を振ってお店の裏口を入っていった。

彼が去ってからもまだ立ち尽くしていた。

読めなかった名前。
やっと彼の名前が分かった。

きらっていうんだ

と、つぶやいた。
そして自分の唇に指で触れてみた。
未だ彼の唇の感触が残っている。

やっぱりマシュマロみたいだ。
優しく穏やかな。

私はこの日、恋におちた

          to be continued・・・



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