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短編小説「コインランドリーと匂いと習慣」



僕のコインランドリー

僕はコインランドリーの匂いが好きだ。生暖かく心まで洗浄されるあの匂いが好きだ。オレンジのような青いようなあの匂いが大好きだ。
毎週金曜日夜八時、ルーティーンのように通うコインランドリー。

「あ、そこ洗濯出来ないわよ!
その代わりあなたが忘れかけた愛を感じてた瞬間が見えるから、1回だけよその代わり」

少しネジの外れたおばさんが僕に言った。そんな言葉を気にするほど他の洗濯機が空いていない。あ、でもおばさんの化粧がやけに濃かったのが気にした。僕は洗濯できないらしいドラムの前に向かうしかなかった。洗濯機ぐらいみんな持っとけよと嘆くがそれは僕にも突き刺さるからやめた。

ドラム式洗濯機の扉を開け、部屋で溜まっていた衣服を投げ入れようとした瞬間、
銀色のドラム式の中から反射が反射を呼び光が溢れて出て、僕を包んだ。

何が起こったか分からないまま光に遮られた瞼をゆるりと開けた。
見慣れた部屋に聞き慣れた声これは僕の視点とは思えないぐらい俯瞰で見えてる。


「おじいさんのとこに行きたい、死にたい」
ばあちゃんがいつもぼっそりつぶやいてた5年前。
「だめだよ!ばあちゃん僕の結婚式出るまでそんで曾孫見るまで死なないでね」
ばあちゃんに返したのは僕。5年前の僕。
それを俯瞰に見る現状の僕。
ばあちゃんにはいつも助けてもらった。どんなに僕が悪いことをしたってずっと明るく味方にいてくれた。怒られた後は母や父ではなくいっつもばあちゃんのとこへ行っていた。
そんな、ばあちゃんが急に元気がなくなったのは最愛のじいちゃんが亡くなってからだ。
俯瞰の映像で僕は閉ざしていた記憶が蘇った。
ばあちゃんに約束した事、死にたいと言いながらずっと僕を優しく愛してくれた事。
じいちゃんが亡くなった3年後にばあちゃんが亡くなってしまった事。
思い出すと辛いから思い出すのを辞めてたんだ。この時の僕は愛に溢れてた。


もう一度光が溢れ出して、僕は今コインランドリーにいる。
何が起こったのか未だに分からないが、
心は愛いっぱいで暖かく、目には水分いっぱいでこれも暖かい。




私のコインランドリー


私はコインランドリーの匂いが好きだ。生暖かく心まで洗浄されるあの匂いが好きだ。
毎週金曜日夜八時、ルーティーンのように通うコインランドリー。

「あ、そこ洗濯出来ないよ。
その代わりあなたが忘れかけた愛を感じてた瞬間が見えますよ」

優しそうな男性が話しかけてきたが、言ってる事がめちゃくちゃすぎて新手のナンパかとも思わなかった。
他の洗濯機も空いてない為、ここを使うしかなかった。

洗濯機ぐらいみんな持っとけよと嘆くがそれは僕にも突き刺さるからやめた。



ドラム式洗濯機の扉を開け、部屋で溜まっていた衣服を投げ入れようとした。
銀色のドラム式が反射が反射を呼び光が溢れて出て、私を包んだ。

見慣れた玄関に聞き慣れた声、これは私の視点とは思えないぐらい俯瞰で見えてる。

「弁当なんていらない」
弁当箱を投げ捨ててドアを強く閉め、玄関を出る女性。

あれはきっと私、荒れていた私、ヤンキーなJK。
俯瞰に映るもう一人の女性は間違いなく母だ。

投げ捨てた弁当を拾い机に置き、何気なしに洗濯へ掃除へと器用にこなす。
昼食にはぐちゃぐちゃになった弁当を食べ、寝転がりテレビを見る。
時間が空いて、庭の手入れをする。汗を拭くそのハンカチは私が小学生の時にプレゼントしたのを使っていた。よく見るTVの近くにはお小遣いを貯めて買ったカーネーション、壁には母の似顔絵、そういえばあのエプロンも。ずっと大切にしてくれてる。

「ご飯はどうする?」
母が送ったメール。
私の返信はいらないの一言。
少し悲しそうな母の顔が見えた。でもすぐソファに寝ながらポテチを食い散らかす母。
「いつ帰ってくるの?」
私の返事は知らないの一言。
苛立ちを見せる母だったが私が帰るまでは寝ていなかった。

私が玄関を開ける音を鳴らすと母は犬のように玄関まで来て抱きつく。
それを嫌がる私。すぐ解き2階へ上がる。
時計は日を跨ぎ。やっと就寝に着くが起きるのは5時、弁当を作る。

母はどこまでも強く、愛豊かであった。

そんな母はこの頃の記憶はない。認知症である。私のことを私だと思うことはないでしょう。
この時を私だけでも忘れたくない、忘れてはいけない、愛に溢れていた事を。

光が溢れ出して、私はまたコインランドリーにいる。
何が起こったのか分からないが、
早く母に会いたくなった。抱きしめたくなった。ありがとうって言いたくなった。

普段より温度が高い水分が頬を伝った。




2人のコインランドリー



自分の習慣と他人の習慣、それは時に混ざり合い寄り添う。
僕は毎週金曜日夜八時、ルーティーンのように通う。

いつも通ってるはずなのに気付かなかった、謎の洗濯機の機能。
毎週見る女性がいた。いつもは話すこともなく、淡々に作業をこなし家路に急ぐ。
なぜか今日だけは話したく、いやこの現象を共有したく話しかけた。
彼女は驚きと恐怖の顔で僕を見ていたが、数分後には、涙が頬を伝っていた再び現れた。

「なんか、すごかったですね。あなたも何か見えたんですか」
「僕は亡くなったおばあちゃんに会いました」
「なんかすごい神秘的ですね夢なのか現実なのか分かんないですけど、てか金曜よくいますよね」
「休み前に洗濯したくて、あえて金曜前に溜めてます」
「分かります、あたしもその思考です」
彼女はすごく笑顔で共感してくれた。

「じゃあ、もしかして免許更新とかも行こう行こう思って結局最後まで伸ばすタイプ?」
僕は問いに対して激しく共感をした。

共感されたことが嬉しかったのか彼女は躊躇いもなく質問を繰り返してきた。
「幼少期に片想いを固い思いだと思ってた人?」
「あ、それは違うね」
「流石に違うか」
「でも片想いも固い思いも思う気持ちは変わんないのかもしれないね」
「でしょ、ずっと思う事に変わりはないと思うの。だからこの思考も一緒ですね」
彼女は僕に見せるように笑みを浮かべた。

「同じ習慣ならまた会うかもしれないですね」
僕が言おうとしたことを彼女は全て言った。言われた僕が少し恥ずかしい気持ちになったから僕から発しなくてよかった。

僕の習慣はこれだけで終わらず、帰りはコインランドリーの隣の銭湯へと向かう。銭湯の匂いもすごく好きだ。コインランドリーと少し似ていて暖かく包んでくれそうで優しさの塊の匂い。
これもオレンジで青っぽくて好きな匂いだ。

習慣は重なり、またさっきの彼女と会う。
「もしかしてストーカーですか?」
「な訳ないでしょ、習慣です僕の!逆にストーカーですか?」
「いやな訳でしょう!習慣ですあたしの」
それではと僕らは男女の暖簾で別れていく。

銭湯から上がり、近くのコンビニでアイスを頬張りながら帰る、ここまでが僕のルーティン。そうですいるんですあいつがアイスを頬張ってやがる。
お互い目あって早々放った。

「習慣だから」
そして続け様に彼女は
「銭湯の水分に包まった時の体温の温もりとアイスのひんやりさの絶妙な関係はサウナと水風呂の距離感と似ていて、冬の中で1番好きな結びつきかもしれないですあたし」
同じことを考えていて同じ事を言おうとしたがいつも彼女のが1歩早かった。


自分の習慣と他人の習慣。それは時に混ざり合い寄り添う。
あの後、僕らは朝まで居酒屋をハシゴした。共感の話題が尽きなかった。




3人のコインランドリー



彼女の匂いが好きだ。優しく包んでくれるような暖かい匂いが好きだ。
オレンジで青っぽく離れそうで離れないこの匂いが好きだ。

お色直し後の彼女もすごく綺麗だった。青色のドレスは冷淡でありながら爽やかな彼女にぴったりな色だった。

扉が開く、左半分は僕の知ってる人たちが右半分は僕の知らない人がちらほら拍手の音はバラバラ。
僕たちが着替えてる間に彼女のドレス当てクイズをしてたらしいが当てた喜びを外れた悲しみも僕には見えなかった。

「花嫁から感謝の手紙です」
司会者はここが感動する場所だぞなんて少しトーンを抑えて声を発した。

彼女は席を立ち上がる、少し緊張してるのか手紙を持つ手が小刻みに震えていた。
車椅子に乗った母親をおばさんが前に押してくる。

ーあたしの母は認知症であたしのことを娘だと認識してるかは分かりません。でもこういう場ではないと感謝の気持ちを言えないので、手紙を書きました。感謝の気持ちと言いながらあの時の自分への懺悔なのかもしれません。高校生の頃、あたしは荒れていました。ヤンキーって言葉似合ってるのかもしれません。そんなあたしに対して母はずっとずっと優しくしてくれてたのだと今になって分かりました。あの時ありがとう言えてたらあなたは喜んでくれますか?あの時もっとあなたのと一緒にいる時間を増やせたら喜んでくれますか?あたしの記憶が無くてもあなたにとっての娘です、ずっとずっと。あの時の分もありがとうたくさん言うね。本当に育ててくれてありがとね。ー

彼女は泣いていた。僕も会場のみんなも、そして彼女の母も。

彼女がハンカチで目を押さえながら席に戻る。
「いいスピーチでした」
司会者は涙声でコメントを出す。

「そして新郎の圭佑様には手紙が届いてます」
そんな事は聞かされてなかった。

-圭佑へ おばあちゃんです。
約束を守れなくてごめんねー

短文であった。
「お婆さまが亡くなる前に書かれたもので母親の恵子様に託したものだそうです」

僕は恥ずかしさを忘れ号泣していた。言葉にならない気持ちを声にならない涙で晴らすしかなかった。

そこからの記憶はあまりない、ほとんど泣いて時に笑ってた。
隣の彼女も同じだった。
笑いよりも涙で溢れる結婚式。
あのコインランドリーがなければ



あれから3年。

曜日は金曜、時間は八時。ルーティンのように通う。
通うために洗濯機は買わなかった。

「ねー父ちゃん母ちゃん乾燥終わってるよ」
あの時と違って一人ではなく二人でもなく三人で。


「あーお姉さんそこの洗濯機使えないよ!その代わりあなたが忘れかけた愛を感じてた瞬間が見えるから!いやそんな顔してるけど本当だよ!1回だけだよその代わり」


僕の声に大学生らしい女性ははっとしていた。

スキがやる気になり 寄付が猫のエサになります