AI-愛-で紡ぐ現代架空魔術目録 本編後日譚第３集その５『ラファエルの申し子』
デイ・コンパリソン通りとルート３５での防衛線の状況が風雲急を告げていた頃、アカデミーにもまた脅威が迫ろうとしていた。中央尖塔の５階に位置するアカデミー最高評議会の議事堂では、ウィザードら作戦参謀本部による軍議が夜を徹して行われていた。学徒出陣という大きな決断をした首脳陣は精神的に疲労困憊であったが、両戦線から入電されるところによれば、敵兵力である『人為の兵士』に魔法を通じさせる方法が戦術的に確立しつつあり、その点では一定の安堵感もあったにはあった。しかし、正規軍がなかなか南下しないことによる絶対的な兵力の不足は彼らの頭を大いに悩ませていたのだ。事実、作戦参謀本部を守護するのは、ウィザード直属の『アカデミー治安維持部隊』の一個分隊しかなかったのである。
ひとまず敵の襲撃を退けたという各戦線からの報告の後、不気味に次の報告が途絶えており、参謀本部の各員は、恐る恐るに次の定時連絡を待たねばならぬ緊張を迫られ、苛立ちと焦りがその場の空気を彩っていた。
ウィザード、ダリアン、セリアンらが、次に送るべき増援の捻出方法について鳩首で侃々諤々とやっているまさにその時だった。遠くの空から、何らかの飛行体が放つローターの激しい回転音の輻輳が聞こえてきたのだ。それと同時に、窓の外から室内がまばゆい魔術光で照らされる。そのローターの音の響きは文字通りの輻輳で、その迫りくる存在が１つや２つではないことを明確に物語っていた。
「何事だ！」
場が俄かに騒然となる。ウィザードの指示を受けて窓際に身をひそめながら、アカデミー治安維持部隊の隊員が外を覗き見ると、そこには、背中に大型のローターを備えた飛行移動タイプの『人為の兵士』の一団が、アカデミーの中央尖塔を包囲している様が確認されたのである。
「指令、敵襲です！」
窓を覗いた治安維持部隊の隊員が声を上げる。
「なんだと！？まさか、ここを直接狙ってくるとはな！」
ウィザードの言葉は苦々しい。
「ダリアン参謀顧問と、セリアン副官は直ちに至聖堂へ！お前たち、お二人をお連れして護衛しろ！」
ウィザードの命令を受けて、数名の隊員が二人を至聖堂の中へ連れて行く。その重いドアが閉まった。
「空中戦は不利だ。ここにいるとハチの巣にされる。すぐに下に降りるぞ。前庭で迎え撃つ！」
「了解しました！」
ウィザードと隊員たちは、すぐに中央尖塔を駆け下りて前庭に出た。そこから上空を見上げると、２０機前後の飛行型の『人為の兵士』が上空から前庭を見下ろしているではないか！
初夏の湿度を含んだ風が、深夜とは思えない嫌な汗を誘う。敵との高低差がありすぎるのだ。魔法を通用させる方法が確立されつつあるとはいえ、真上から見下ろされるような位置関係で、範囲魔法を効果的に展開することができるのか？ウィザードは懸命に考えを巡らせていた。ウィザードの傍に付き従っているシーファも、初手をどう打ったものがあるか、決めかねていた。
＊ ＊ ＊
「ここから範囲氷結の術式が届くか？」
シーファに問うウィザード。
「届かないことはありませんが、効果は薄いと思います。それより、敵が高所を取っているのが危険です。このままでは上から斉射されて終わります。」
気の強いシーファの声が心なしか震えている。
「その通りだな。攻撃の方法はあたしが何とか考える。お前たちはとにかく防御障壁を何重にも張りめぐらせろ。あたしらだけでなく、アカデミー全体を守る必要がある。いいな！」
「はい！」
そう言うと、シーファたちは防御障壁を何層にも繰り出して攻撃に備えた。その障壁は、範囲は広く、層も深く、アカデミーの前庭全体を覆うように展開していた。
そこめがけて、敵陣が錬金銃砲を発砲してくる。使用している法弾は幸い通常弾のようだが、銃器のタイプは連射特化型の様だ。高い角度から、まるで水を浴びせかけるようにして銃弾が降り注ぐ。治安維持部隊の隊員たちは、懸命に防御障壁を展開するが、その守りは少しずつ不安定になってきた。
「先生、これ以上は…。」
シーファが、片膝をつきそうになる。
「泣き言を言うな！今何とかする！」
『水と氷を司る者よ。法具を介して助力を請わん。我は汝の敬虔な庇護者なり。我が手をして大気の力を奪わしめよ。今、あたりを極寒の冷気で覆わん。凍りつかせ、固く、脆くせよ。熱気冷奪：Chill Out！』
ウィザードは範囲氷結の術式を放った！上空の気温が一気に下がり、敵の背負うローターに霜が絡む。また、冷却によって幾分か敵の行動が鈍り銃撃の猛烈さが緩み、その外装に施された絶縁用のシーリングを多分に劣化させていった。
「今だ！雷撃を放て！」
そのウィザードの声に合わせて、前衛にいた数名の隊員が、雷撃を放つ！
その雷撃は、深夜の漆黒を引き裂くようにしてまばゆい光を放ちながら、急冷却によって動きを鈍くした『人為の兵士』の体躯を的確に捉えていった。耳をつんざくような音とともに激しい火花を上げて、数体が墜落するが、しかし、後ろから補充される数の方が多い！このままではすぐに追い詰められる！ウィザードの顔が険しくゆがんだ。何か打開策を考えなければ！
＊ ＊ ＊
ふたたび頭上の錬金銃砲がうなりを上げる。降り注ぐ弾丸の雨。巨大なシールドは、その全てが一度に綻ぶということこそなかったが、次第に力を弱め、幾発かの弾丸がそれを貫通するようになった。部隊員の数名が実際に被弾する。腕や足に走る激痛に堪え、血しぶきをあげながらも彼女たちはなお耐えてシールドを再構成しようと懸命に力を尽くしていた。
『火と光を司る者よ。法具を介して助力を請う。我は汝の敬虔な庇護者なり。我が手に猛烈な炎の渦をなさしめて、我が敵を薙ぎ払わん。天候と空気を司る者とともになして、薙ぎ払え！炎の竜巻：Flaming Tornado！』
高等術式を放ったのはシーファだった！
猛烈な炎の波が渦をなして上空の兵団に襲い掛かる。それは錬金金属製の体躯を赤熱させ敵を悶えさせた。雨のように降り注ぐ銃弾の勢いは弱まり、シールドは力を取り戻したが、しかしその業火の渦によって敵が墜ちるということもなかった。
「シーファ、よくやった！だが、このあたりで潮時だな。あとはあたしが引き受ける。お前は負傷兵を連れてここから離脱しろ！」
覚悟を決めるウィーザードの声は重い。
「先生を残してそんなことはできません！」
シーファはその言葉を拒むが、茜色の瞳は決意を固めている。
「全滅したらそれこそ後がない。とにかく早く引け！これは命令だ！」
「わかりました。」
うなだれるシーファが、後ろを振り返って退却支持を部隊長に伝達しようとしたそのときだった！前庭の後方に巨大な魔法陣が展開し、そこから、人影が現れたのだ。
「挟撃！？」
一瞬、その場に鋭い緊張が駆け巡ったが、そこから姿を現したのはよく見知った人物だった。
「まぁまぁ、あのガサツなウィザードがアカデミーの教授様とは恐れ入るわね！」
「リリー！」
「リリー店長！」
その声と面識のある二人が声を上げる。
「お姉さま、でしょ？相変わらず物覚えの悪い子ね。」
そう言うや、彼は地面に大きな魔法陣を描き、そこから膨大な魔力の放出を伴ないながら、召喚術式の詠唱を始めた。
『生命と霊の安定を司る者よ。秘宝を介して秘術を成そう。冥府の門を開き、呪わしき竜を呼び出せ。そのものは暗黒の王なり。その吐息は全てを腐らせ、全てを無に帰す。暗黒竜召喚：Summon of Dark Dragon！』
詠唱の終わりとともに、地面に刻まれた魔法陣が禍々しい色を放ったかと思うと、そこから恐ろしくも威厳をたたえた漆黒の竜が召喚された。
その竜は、魔法陣を抜け出すや、鳥のように身をひねると大きな翼をはためかせてさっと上空に繰り出して、その口から腐臭のする腐食性のブレス（吐息）を敵陣めがけて吐き出した。その威力は冥府の王の名にふさわしいもので、上空に蠢く『人為の兵士』の体躯を形作っている錬金金属を瞬く間に腐食させ、錆びさせて、ぼろぼろにした。頭上からは、形を保てなくなった錆屑と金属片がぽろぽろとはげ落ちて来る。
「シーファ！いまだ！ばらばらにしてやれ！」
その声を聞いてシーファがさっと敵と向き合う。腐食した体躯はぎこちない音を立てるばかりで、浮いているのが精いっぱいという有様であった。
『天候と空気を司る者よ。法具を介して助力を請う。我は汝の敬虔な庇護者なり。我が手をして空気を振動成さしめよ。それに触れたものを破砕せん！共振：Resonance！』
その共振性の空気振動の術式効果はてきめんだった！ぼろぼろになった『人為の兵士』の体躯は、その空気振動と接触するやガタガタと震えだし、いよいよぼろぼろとその構造体を砕きこぼしていった。やがて、１体、また１体と墜落を始め、ついには落ちる前にその全てが空中で四散した。金属片が降り注ぐけたたましい音が一時の騒乱を掻き立てたあと、深夜らしい静けさがあたりに取り戻された。今、アカデミーの前庭を乾いた風が駆け抜けていく。
しかし、運命は彼女たちに休む間を与えてはくれなかった。
＊ ＊ ＊
とても尋常とは思えない地響きがあたりにこだまする。
「なんだこれは！」
ウィザードとシーファは反射的に駆け出して、中央尖塔下のゲートを抜けてアカデミー前通りにでた。そこには信じられない光景が広がっていた。
地響きの発生源は、身の丈１５メートルに迫ろうかという巨躯をもつ『人為の兵士』で、それは全身に薄気味の悪い青白い魔術光を放ちながら、南大通りからアカデミー前通りにかけて近づいて来ていた。
「さっきの連中、こんなものまで運んで来ていたのか！？とてもじゃねぇが、こんなの相手にできねぇぜ。」
ウィザードに焦りの表情が濃く浮かぶ。
「先生、どうしますか？」
シーファの声はすっかり恐怖に彩られていた。
「とにかくこれ以上こいつを前進させればアカデミーは壊滅だ。なんとしてもここで食い止める必要がある。とにかく、おまえはリリーと一緒に負傷兵とアカデミーに残る全員を誘導して、裏門からインディゴ・モースに移動しろ。もちろん、ダリアン参謀顧問とセリアン副官も連れて行くんだ。いいな。これは命令だ。速やかに実行しろ！居場所がなくなるぞ！」
「わ、わかりました。でも先生はどうするのですか？せめて私だけでもお供します。」
「いや、これはあたしの仕事だ。というより人間の手には負えない。」
シーファはその言葉にはっとした。
「わかりました。先生、ご武運を。」
「ああ、ただでは死なないさ。お前に会えてよかった。行け！」
そう言って、払いのけるようにシーファを前庭に戻した。シーファは部隊長に命令を伝達し、分隊が動き、命令を着実に実行しているのがわかる。ウィザードは覚悟を決めた。
「まったく、誰の差し金かは知らねぇが、頭のおかしい無茶をする連中がいたものだ。こんな狂ったものまで創り出しやがって！おい、木偶の坊。あたしが相手をしてやる。覚悟しやがれ。」
『契約に従い、我に力を。我は汝の力を継承する者なり。天使化：Angelize！』
その場に大きな魔法陣が広がり、ウィザードの身体を包む。その身は人型の光となってまぶしいほどに輝いた後、ゆっくりとその瞬きを翳（かげ）らせながら、彼女の真の姿を明らかにした。
「さぁ、来やがれ！どうせテメェの弱点は分かってるんだ！」
『火と光を司る者よ。その胸襟を開き、我が手に奇跡を成させしめよ！我は汝の継承者なり。太陽の業火で我が敵を溶かしつくせ！太陽風：Sun Flare！』
ウィザードの右手に小さな太陽と思しき恒星が召喚され、そこからおよそこの地上のものとは思えない業火が噴き出して、目前の異様な巨躯を覆い焼き尽くしくしていく。瞬く間にその錬金金属製の身体は赤熱し、熱に弱いのであろう部分は蒸発を始めていた。その表面はだらしなく溶け出し、その尋常ならざる熱気の中で、もだえ苦しんでいる。だが、ウィザードの攻撃はそれでは終わらない。
『水と氷を司る者よ。その胸襟を開き、我が手に奇跡を成させしめよ！我は汝の盟友なり。星を凍り付かせよ！惑星凍結：Ice Globe！』
今度はその手に氷の惑星が形成され、そこから猛烈な冷気が解き放たれる。それは今熱したばかりの巨躯をたちまちのうちに凍り付かせ、それを構成する錬金金属をずたずたに引き裂いた。立て続けに奇跡的な術式を浴びたことで、目前の脅威は今にも崩れ落ちそうであったが、しかしウィザードはその手を緩めることはなかった。
「これで終わりだ！くたばりな！」
そう言うと、ウィザードは、いや火と光の天使は、手にした炎の大剣をその巨躯の上体のど真ん中にまっすぐに突き立てた！
ぐおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ！！！！！
初夏の深夜の天空全体に響き渡るような不気味な断末魔を上げて、その巨躯は粉々になりながら、その場に完全に頽（くずお）れてしまった。アカデミー前通りは、奇跡的な力の放出によって、ねじ曲がり、そのまま凍り付いていた。その場に、１柱の火と光の天使だけが、美しい翼をなびかせて静かにたたずんでいた。刹那、彼女は上空へと身をひるがえし、闇夜を飾る星々の間に消えていく。
身を震わせるような静けさだけが、その場を支配していた。
異形の巨人の断末魔を聞いて、危急が去ったことを悟ったシーファたちは、避難作業を一時中断して、ダリアンに指示を仰いだ。彼は、アカデミー前で金属屑と化しているかつての脅威を見て、インディゴ・モースへの退避の必要は直ちにはないと判断して、再び最高評議会議事堂を作戦参謀本部として使用する決定を成した。そこにウィザードの姿がないことにシーファは気をもんでいたが、今はまず、避難誘導を中止して、特に幼少の学徒達を宿舎に戻すなどに注力せねばならなかった。子どもたちの瞳は恐怖におびえていたが、シーファたちの懸命の促しと介助によって徐々に落ち着きを取り戻していった。アカデミー前では、焼け落ちた金属の嫌な匂いが立ち込めていたが、上空から吹き降ろす初夏の風がそれらを洗い去っていった。一時騒然となったアカデミーの学舎に再び深夜の落ち着きが取り戻されていく。
シーファは、ウィザードの姿を探してせわしなくあたりを見回している。その心の焦燥を知ってから知らずか、リリーが彼女の頭に優しく手を置いていた。深い闇の中で、前庭の植木だけが枝をゆすっている。夜明けはまだ遠い。
＊ ＊ ＊
一方、ここは同時刻のルート３５。難敵を退けたばかりのリアンとカレンの耳には聞き覚えのある声が、不気味な風に乗って聞こえてくる。
「あらあら、またおいたが好きな小娘どもが暴れているわねぇ。でも、それももうここまでよ。あたしの身体を返してもらわないとねぇ。」
それは、かのエヴリン・シンクレア看護師長の声だった。彼女の首を確かに討ったはずのリアンとカレンにはその状況の意味が俄かには分からなかった。
「物わかりの悪い子たちだねぇ。あんたら、あの時私の首を置きっぱなしにしただろう？私たちの卓越した技術力があれば、脳髄さえ無事なら身体なんて何度でも、何とでもなるのさ。そう、お前たちの間抜けのおかげで、私はこうして再びお前たちと会うことができたんだ。感謝しているよ。さてね、お前さんたちのその若くて美しい身体をもらうことにしようかねぇ。そろそろこの機械の身体にも飽きてきたことだしね。」
そう言う声は、暗闇の中からゆっくりとそのおぞましい姿を現した。
その姿は変わり果てていて、全身はもとより頭部までが完全に機械化されていて、瞳は不気味に橙色に輝く魔術光を放っている。また、その両手には特殊な錬金銃砲を思しきものを備えており、その威容は、それを見た者たちを沈黙させるに十分だった。
「よくもまぁ、これだけ残酷なことをしてくれたものだよ。彼らにだってちゃんと命があったんだよ。お嬢ちゃんたちが全部壊しちゃったけどね。」
薄気味の悪い声で、そう囁くエヴリン師長。緊張が高まる。
「おい、こいつはいったい何を言っているんだ？」
シメン＆シアノウェル病院でのいきさつを完全に知っているわけではないレイ少尉は驚きを隠せないでいる。
「とにかく、こいつは悪の枢軸のうちの１つですよ。」
「これまで倒してきた『人為の兵士』たちは、実は彼らの計画の被害者の成れの果てなんです。」
リアンとカレンがかいつまんで事情を説明するが、レイ少尉はいよいよ分からないという顔をしていた。
「とにかく、こいつを排除しろということだな！？」
「そうです。」
レイ少尉の問いに、二人はそう答えた。アイラも頷いている。
「この私を排除だって？馬鹿なことを。身の程知らずとはお前たちのことを言うんだよ。」
そう言うが早いか、エヴリン師長は、その左手に持つシリンジ型の錬金銃砲をレイ少尉に向けて素早く撃ち出した。咄嗟のことで、防御術式の展開が間に合わず、その銃撃はレイ少尉の脇腹に命中した。顔をゆがめてその場にうずくまるレイ少尉。撃ち出されたのは銃弾ではなく、何らかの毒のようなもので、少尉は身を二つ折りにして傷口を抑えながら、しかし次第にその目が虚ろになっていく。
「どうだい？よく効くだろう。私も医療従事者の端くれなんでね。一番厄介そうなあんたにはそこでしばらくじっとしていてもらうよ。心配しなくてもその美しい身体はあとで私が使わせてもらうよ。残念ながら、頭はすげかけるけどね。」
そう言って、師長は高らかに笑った。
「笑止！」
そう言って、さっと身をひるがえし体術を繰り出したのアイラだ。しかし、エヴリン師長の応答速度はその歪な機械化によって相当に強化されているようで、アイラの流れるような身のこなしよりも早くに今度は右手の錬金銃砲を撃ち出してきた！弾丸が、アイラの腿と脛に当たる。
彼女の身体は、その勢いで後ろ手に薙ぎ払われ、うつぶせになって痛みに耐える格好となった。被弾した個所からは流血が痛々しい。アイラも戦う術を奪われてしまった！残るはリアンとカレンの二人、ちょうどあの夜の鏡の世界の中と同様だ。カレンは少尉とアイラのことが気がかりでならないが、脅威を目の前にして彼女たちの下に駆け寄るということもできない。額から嫌な汗があふれ、頬を伝って首筋に流れ落ちる。
「おやおや、どうしたね。この前の勢いはどこへいったのかな？お仕置きのやり直しとしようじゃあないか。」
そう言って錬金銃砲を構える師長。その前に立ちはだかるようにして、リアンが氷結術式を放とうとするが、師長の反応は彼女の詠唱よりもはるかに速い！
深夜に銃声が２発こだましたかと思うと、それはリアンの肩口と脇腹をとらえ、彼女を組み伏せた。彼女は身体を横たえて全身に走る痛みに悶えている。
「リアン！！」
カレンが反射的に呼びかけるが、激痛との戦いの為にリアンは返事をすることができない！
しかし、こうも反応が早いとは！！師長はこちらが仕掛けるより前に、こちらの動きを封殺する素早さを持っている。彼らの言う、「人間を越えた人為の人間の製造」というのは確かに技術の点では間違いがないように思えた。この脅威と果たしてどう向き合うべきか、その場に残されたカレンは決断を迫られていた。
どうする？後方に展開する部隊がここに追いついてくるのを待つという選択はあり得る。しかし、そんなことをしていてはリアンとアイラが危険だ。また、少尉に打ち込まれた毒が、致命的でない保証はどこにもない。特に、脳髄の破壊については、躊躇いがないはずなのだ。そうだとすれば、一刻も早く事態を打開する必要がある。しかし、術式を詠唱しようにも、それよりも師長の動きの方が間違いなく早い。しかも、ここで自分がやられてしまえば、全員の命が助からない。カレンの小さな体が、緊張で強張っていく。
＊ ＊ ＊
「お願いね。これで、あなた自身とあなたの大切なお友達を守ってちょうだい。きっと約束よ。」
その時、カレンの脳裏にユイアが残した言葉が浮かんだ。その小指にもまた約束の感触が戻る。「あなた自身とあなたの大切なお友達を守って」そのために、ユイアは彼女に切り札を用意してくれていた。
「どうしたね？残りはあんた一人だよ。もうそろそろここらで終わりにしようじゃないか？人間を越えた素晴らしい力を存分に味わっただろう？もうすぐお前にもこの力をくれてやるからありがたく思いなさい。」
そう言って迫りくる師長に、カレンは言い放った。
「人間を超える、ですか…。いいでしょう。その切り札があなた方だけのものだと思わないことです。」
「どういう意味だ、それは！？」
初めてエヴリン師長の言葉に動揺の色が乗った。
「こういう意味です！」
そう言うと、カレンはローブのポケットから例の卵を取り出し、それを目の前に掲げると意を決して詠唱を始めた！
『閃光と雷を司る者よ。我は汝といま契約せん。我は神秘の継承者なり。汝が意志を継ぎ、その力をなさしめよ。星天の見守りの中で永遠の誓いをなさん。星々の盟約：Astral Dogma！』
「なんだ！！」
エヴリン師長の隠せない驚きの前で、あたりの宵闇を昼間のように照らし出す魔法陣が夥しい量の魔法光を放ち、カレンの身体を飲み込んでいった。その人型の光は、静かに、しかしか眩く、彼女の身体に転化をもたらしていく。やがて、その光の中から、美しい翼と天使の輪を備えたカレンがその姿を現した。
それは、ネクロマンサーから授かったロードクロサイトの短刀に、『憑依武具：Possessed Weapons』の術式によって美しい閃光をまとわせて、光の長剣を携えている。
「なんだ、それは！？お前は何者だ！！」
エヴリン師長の声が驚きに震えている。
「それはこれからわかるでしょう。いきますよ！」
神々しい響きを持つ声で師長を圧倒するカレン。今、異なる方法によって人を捨てた両者の力が遂に交わる。
その有様を、リアンとアイラの、そしてレイ少尉の虚ろな瞳が見守っていた。
to be continued.
AI-愛-で紡ぐ現代架空魔術目録 本編後日譚第２集その14『ラファエルの申し子』完
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