AI-愛-で紡ぐ現代架空魔術目録 本編後日譚第3集その3『学徒出陣』
深夜におけるユイアの禁忌術式を用いた特攻によってフィールド・インに駐留する敵部隊は、その指揮官を含めて全てが瓦礫に変わった。都市も含めて完全に殲滅され、もはや東部に脅威は残っていなかった。それを受けて作戦参謀本部はただちにクリーパー橋に配置していた防衛隊約1100を南部タマン地区に移動させた。そこには精鋭部隊の『漆黒の渡鴉』も含まれており、戦力の充実という意味では相当な効果が期待された。
ところがである。これまでタマン地区市街地での主戦場は南西部と接続するデイ・コンパリソン通りと、南東部と接続するルート35の合流地点であり、そこで総力戦が展開されていたが、敵部隊は各主要幹線沿いに若干の後退を始め、それぞれの中央部付近に陣取る格好となった。これでは、防衛側もまた、幹線道路沿いに、若干、兵を前進させて、二方面で敵勢力と対峙すべきことを余儀なくされる。なぜなら、現在の防衛拠点に留まった場合、後々合流する敵の増援部隊とともに一気に再北上された場合に、南西側と南東側からの挟撃を許す格好となってしまうからであった。
これは、作戦参謀本部の首脳には実に頭の痛い話で、ただでさえ数の少ない防衛部隊を、両幹線道路の合流部と、南西のデイ・コンパリソン通り、更に南東のルート35に分けて再配置しなければならないことを意味していた。現有勢力は約2200、均等に分けた場合1部隊あたりおよそ700強、対して敵は、引き続き増援が予測される状況にありながらも、南西、南東方向それぞれに現時点で大隊規模が展開しており、その数は約1000ずつに及ぶ。数的有利は完全に失われてしまっていた。
あくまでも二幹線道路の合流地点にとどまり、そこに兵力を結集して数的優位を保つという手もないではないが、地形的に左右方向からの挟撃を受ける布陣となることは可能な限り避けたかった。二方面の防御陣地を敷いて敵勢力に立ち向かう場合、南西、南東方向に配備される兵力については、少なくとも各500は増補し、合計で各々1200から1400程度の数を確保する必要が生じていた。しかし、政府正規軍がいまなお北西防衛線に張り付いている今、アカデミー私設軍隊に残された正規兵力は少ない。それはすなわち、学徒であると同時に、魔法社会において様々な社会的実務を担う存在でもある「学徒」を、兵力として出陣させるべき差し迫った要請があることを物語っていた。
作戦参謀本部の首脳たちは今、重苦しい空気に覆われている。年若い学徒を実戦の場に繰り出すという重大な決断を目前に迫られていたからだ。
* * *
ひとまず、参謀本部は、『終学:Master』の位階にあるものを若干名、現場指揮官として南方戦線に派遣することにした。そして、今後多数の敵増援の到着が見込まれる南西部デイ・コンパリソン通りの守備の要として、ネクロマンサーとソーサラーを指名し、彼女たちの直属の部下として最精鋭である『漆黒の渡鴉』と『白銀の銃砲団』の一団をつけることにした。そして、比較的増援が限定的と見られるルート35の防衛については、『熟練:Adept』と『権威:Expert』の2年生以上の有能な人物を選抜し、その日の夕方までに派遣するということで、いよいよ軍議の方向は定まった。当該学年において優秀な成績を修めているとともに、十分な実践経験を有する、リアン、カレン、アイラがその中に含まれることはほぼ確実視されていた。また、シーファらアカデミー治安維持部隊は、ウィザード直属の親衛隊としてアカデミーの防備に当たるようだ。学内全体の緊張が嫌がおうにも高まっていく。
「大変なことになりましたね。あなたがいてくれるのはとても心強いのですが、万一のことを考えると私達は別々の方がよいのかもしれません。」
ネクロマンサーが心配そうに言う。
「そうね、いざというときはまさにあなたの言うとおりだけど、学徒たちを二方面に進出させるとなると動員の絶対数が大きくなるから、彼女たちの負担と犠牲を少しでも減らすという意味では、二方面のうち一方は私達大人が担うのがいいのかもね。」
「確かに、そのお考えには一理ありますね。しかし、敵兵力の数が限定的であるとはいえ、南東戦線を学徒たちを主軸とする部隊に任せるというのはやはり不安です。」
「そうね。彼女たちも実務家として十分な教練は受けているし、基本的にはギルドでの実戦経験のある学徒たちが優先して配備されるらしいから、いますぐの心配はそれほどないとは思うけれど、でも気が重いのは私も同じよ。」
「とにかく、今は任された、『第12独立魔導士部隊』としての職責を果たしましょう。幸い、『漆黒の渡鴉』、『白銀の銃砲団』という心強い味方がいます。とにかく、南西戦線の状況を一刻も早く改善して、南東部の学徒たちの支援に回りましょう。」
「そうね。それが最善だわ。」
ネクロマンサーとソーサラーは、そんな言葉を交わしながら忙しく出陣の準備を行っていた。
一方、アカデミーでは全学集会が開かれ、第2学年以上の『熟練:Adept』と『権威:Expert』の学徒たちが一同に集められていた。そこでウィザードが訓示を行っている。どうやらこの中から志願兵を募り、それを南東戦線への増援として組織し派遣するようだ。しかし、志願者の全員が戦場に漏れなく繰り出されるわけではない。その後に、これまでのギルド活動における実績や学業成績などの適性が十分に調べられた後で、選抜されることになる。また、普段から学業成績優秀で、常設魔法国防部隊の予備兵として登録している者もまた、特別の選抜を受けるはずである。アカデミーは、学徒出陣に際して、無辜の学徒の犠牲を少しでも減らすように、最大限の配慮を行っていた。しかし、事態が深刻であることに変わりはなかった。なんといっても、北西方向に正規軍が釘付けになっているのが痛い。彼らを柔軟に運用できれば、学徒出陣などという無謀な作戦を選択する必要がそもそもないわけであるが、しかし、それは言ってみても始まらない状況であった。もちろん、アカデミー最高評議会を中心に、また作戦参謀本部独自にも、政府国防省に設置された安全保障特別委員会に働きかけ続けてはいるが、何に拘泥しているのか、当局の反応はずいぶんと重いものであった。
午前中、初夏の陽が高くなり、気温が上がる。時計はおよそ10時を指している。皆の焦燥を表象するかのように、その暑さは額や首筋に嫌な汗をかかせるに十分であった。吹き抜ける風も、新緑の爽やかさより、雨季を思わせる南風(はえ)独特のなまめく不快な湿気を多分に含んでいた。
* * *
前述の通り、その日の朝は敵部隊の後退があったため、午前中は大規模な衝突はないままであった。守備隊は、後退する敵を追うようにして南西、南東の二方面に部隊をゆっくりと進めていく。いずれかの防御線が抜かれたときに備えて、幹線道路の合流点にも一定の兵力を残して置かなければならない。一時的とはいえ、非常に心もとない戦力で防備に当たらなければならないことになった。南西部方面への増援としては、すでにソーサラーとネクロマンサー率いる『第12独立魔導士部隊』が派遣されているため、正午過ぎには戦力の充実が見込まれたが、学徒の選抜部隊が増援に当てられる南東戦線では、夕刻から夜半まで戦力の大幅な不足が見込まれた。それは、現場指揮官を大いに緊張させることとなったが、敵も部隊移動に伴う再配置を余儀なくされているのであろう、幸いにして直ちに大規模な攻勢に転じてくる気配は今のところ見せなかった。
5月の陽が、ゆっくりと天頂を西に回っていく。空は明るいが、陽を取り巻く雲には、不穏な色が見え隠れしていた。今、『第12独立魔導士隊』の一団が、デイ・コンパリソン通りに布陣する部隊と合流を果たすために南大通を南下している。今日はおそらく夜間戦闘となるであろう。現場指揮を担うことになったネクロマンサーは、アカデミー参謀本部のウィザードと頻繁に連絡を取り合っている。ソーサラーもまた、部隊の指揮に邁進していた。伴う部隊は『漆黒の渡鴉』と『白銀の銃砲団』である。強力な殲滅性を有する『ルビーの銃砲団』も付随しているが、彼女らとは途中の幹線道路の合流地点で分かれることになっている。この時期特有のなまめいた、身にまとわりつく暑さと湿度の空気の中を、どんどんと南下していった。
指定場所で『ルビーの銃砲団』と分かれてから、残りの分隊はデイ・コンパリソン通りに入った。既に敷かれている防衛線との合流は間もなくである。南下を始めてから程なくして、先行部隊と合流した。到着を現場指揮官が歓迎してくれる。
「ようこそ、間に合ってくれました。合流を歓迎します。」
そう言って一抹の安堵の表情を浮かべながら手を差し出す現場指揮官。ネクロマンサーは代表して挨拶を交わす。
「こちらこそ、厳しい戦線においての善戦、頭が下がります。」
「どういたしまして。敵は思いの外強力です。なにより魔法が全くといっていいほど通用しません。唯一の頼りは徹甲法弾を主軸とする錬金銃砲による迎撃です。これには効果があり、敵を蹴散らすことができます。ただ、数が多く、更なる敵増援の追加も示唆されています。我々ではこれ以上の防衛は難しいところでした。『漆黒の渡鴉』に『白銀の銃砲団』1個中隊とは心強い限りです。先生方も、錬金銃砲を扱われるので?」
指揮官は、当然の返事をある程度予測しているような聞き方をしたが、その期待に反してネクロマンサーは首を振った。
「相手の数がこうも多い以上、状況を劇的に変えるためには、やはり魔法による大規模殲滅がどうしても必要になります。ですから、私と、それからソーサラー科の研究生のこちらの先生とは、効果的な魔法運用の戦術の開発に当たります。従って、『漆黒の渡鴉』と『白銀の銃砲団』の指揮は貴官に、すでに待機している『常設魔法国防部隊』の指揮権を私共に移譲していただきたく存じます。
「なるほど。事情はわかります。それはやぶさかないところですが、しかし前述の通り相手には魔法はほぼ完全に効果がありません。可能であれば、先生方や『常設魔法国防部隊』の人員にも錬金銃砲で武装していただき、加勢していただければありがたいのです。しかし、まぁ、先生方がそうおっしゃるのは作戦参謀本部の方針なのだと思いますので、その点は了解いたしました。ただ、錬金銃砲の常備はお願いします。万一、防御線が危険な状態になったときには、我々に合流してくださるようお願いせねばなりません。」
「ご理解に感謝いたします。もちろん、そのようにいたします。戦術の開発は危険が少ない状況においてのみ、ごく限定的に行います。」
「ありがとうございます。それでは、早速ですが、これから部隊の再編を行いますので、先生方とそれぞれの部隊指揮官は、野戦司令部までお越しください。その他の隊員の方々には必要な補給と再編成の準備を各副官の命令のもとで進めていただきます。よろしくお願いいたします。」
挨拶の後、各々部隊の再編成のために必要となる指揮を執ってから、野戦司令部へと移動した。長距離移動の疲れに襲われもするが、本番はまだまだこれからである。各々身体に緊張が走るのがわかった。
* * *
野戦司令部では、現状がつぶさに伝えられた。やはり、こちらの主力攻撃方法である魔法が相手にほとんど通用しないことが最大の課題としてあげられた。錬金銃砲によって一定の戦果を上げることができるものの、そうなると数の闘いとなるため、このままではジリ貧になることが予測されること、補給路が基本的に北部中央市街地と現場を結ぶタマンストリートと南大通からなる南北幹線道路一本しかなく、万一ここを断たれると、補給に深刻な支障をきたすことなど、現状にして課題が山積であることが確認された。みな真剣な眼差しで作戦地図を覗き込んでいる。
打ち合わせの途中に、ネクロマンサーに入った通信では、組織された学徒の第一陣が、中央市街区を南東戦線に向けて出発したそうだ。今日の日没を目処に既存の防衛隊と合流するらしい。そこには、リアン、カレン、アイラが含まれているのだとのことであった。身近で交流することの多い、親しい学徒たちが死地に出向きつつあるというその知らせはネクロマンサーとソーサラーの顔色を大いに曇らせたが、この危機に誰かが当たらなければならないのも厳然たる事実であり、無情と非情の入り混じった複雑な思いで、彼女たちは互いに視線を交わした。いずれの瞳も美しく曇っていた。
南西戦線は、シーバス海岸通り、チルズアイズルズ沿岸通りを介して、既に敵の占領下にあるオッテン・ドット地区に接続している。そこからは沿岸北ぞいにシーネイ北方路が伸びており、その先はシーネイ村へとつながっている。目下のところ、敵勢力は、北上の様子は見せず、ホエール・アイズルから上陸させた部隊をすべて南西部の幹線道路経由でタマン地区へと派遣しているようであった。タマン地区を抜いた後、南大通りを北上して一気に中央市街区になだれ込む目算なのであろう。正規軍が北西部に釘付けになっている今、南から堰を切ったようにして北上されると中央市街区はひとたまりもない。なぜ、この状況を前にして、国防省の安全保障特別委員会が、部隊の移動を決定・指示しないのか、アカデミー側は苦々しく感じていたが、しかし、とにかくは目前の課題に対して臨機に対応するよりほかない状況に追い込まれていた。
野戦司令部での軍議を終えて、部隊の再配置の様子が改めて確認された。最前線には『漆黒の渡鴉』が位置し、その背後と側面を『白銀の銃砲団』が固め、その後ろにネクロマンサーらが指揮する『常設魔法国防部隊』を配置して、支援とともに退路確保を確実にすることとなった。おそらく、日没後程なくして敵の攻勢がはじまるであろう。しばらくの猶予の間、指揮官たちはそれぞれの部隊に対して準備を促すとともに必要な小休止と食事を与え、装備と配置を再確認させた。今、陽は地平線よりわずかに高い位置をゆらゆらと西に向かってこぼれている。
秋の陽は落ちるのが早い。つい先程まで地平線上にあった陽はその姿をすっかりと隠し、地平線の山の端をかすかに照らし出すばかりとなった。そらは天頂から帳を覆いかぶせるようにして闇を落とし、その影と光の応酬は遠き山地の尾根を境界としてせめぎあっている。
* * *
「敵襲!!!」
夕から夜へと移り変わるほんの僅かの間の静寂をその声が打ち破った。見ると、すっかり日が落ちて薄暗くなった市街地に、魔術光を滾らせた『人為の兵士』の群れが月を背にしてこちらに向かって駆けてくるではないか!
『漆黒の渡鴉』の部隊は、さすがはアカデミーきっての精鋭部隊である。突然の襲撃にも動じることなく、淡々と対処していく。この『人為の兵士』、主な武装は錬金銃砲であり、使用しているのは多くが通常弾で、1体1体の強さはさほど特筆すべきものではないのだが、全身が錬金金属で構成された人造体躯であるため、痛みを感じている様子がなくこちらの攻撃にひるまないこと、体躯の欠損をものともしないため、完全に破壊するまで攻撃の手を止めることができないこと、この2点が対処を難しくしていた。そして何より、数が多いのがアカデミー側の指揮官の頭を大いに悩ませていたのである。特殊な装備を持つ『漆黒の渡鴉』の防衛力と殲滅力は確かなものだが、少数精鋭部隊である彼らを、相手は数の力で無理やり押し込んでくるところがあり、弾薬の再充填が追いつかなるようなことがしばしば起こった。その間にも、敵方はあふれるようにして押し寄せてくる。『人為の兵士』を効率よく退けるには、胴部か頭部を破壊するのがもっとも確実であったが、乱戦に近い市街地の銃撃戦で、小さな的を精密に狙って射撃するというのは困難を極めた。脚部を破壊して移動を困難にすることも有効であったが、同様の理由から簡単に実施することはできないでいた。
本来、こうした数に対抗するためにこそ、魔法は機能するべきであり、例えば、統率の取れた騎馬隊による集団戦法を得意とする北方騎士団に対し、少数の魔法使いでそれらを相手取るような場合には、中等術式や高等術式に属する大規模集団攻撃魔法が劇的な成果を上げてくれるのである。しかし、眼の前に迫るの金属の群れには、その肝心の魔法が全く効かないと来ているのだ。ネクロマンサーたちは、試しに、機械や錬金金属の構造体には効果が高いとされる閃光と雷の高等術式による大規模集団攻撃魔法を繰り出してみたが、絶縁措置がよほど丁寧に施されているのか、雷撃は命中しても金属に弾かれ、削がれるばかりで、一向に効果を発揮しなかった。その情景に唇を噛むネクロマンサーの横で、ソーサラーは何事か思案している。
「仕方ありません。指揮官殿のおっしゃるように、装備を変えて攻撃手段を変更しましょう。魔法では対処できません。」
毅然と言い放つネクロマンサー。しかし、ソーサラーはなおも何事かを考えながらぶつぶつと独り言を吟じている。
「待って、彼らに雷撃が効かないのは、おそらくだけれどシーリングよ。つまりあの忌々しい錬金金属の体躯に施された絶縁処置なわけね。それをなんとかすることができれば…。そうよ!」
そう言うとソーサラーは、さっと身を上空に繰り出して、詠唱を始めた。
『水と氷を司る者よ。法具を介して助力を請わん。我は汝の敬虔な庇護者なり。我が手をして大気の力を奪わしめよ。今、あたりを極寒の冷気で覆わん。凍りつかせ、固く、脆くせよ。熱気冷奪:Chill Out!』
彼女の詠唱とともに、あたりの気温が急激に下がり、金属には霜が付着し始めた。それはゴムや柔軟な素材を固くして脆くし、縮ませて歪にした。
「今よ!雷撃を放って!」
ソーサラーに促され、今度はネクロマンサーが詠唱を開始する。
『閃光と雷を司る者よ。法具を介して助力を請わん。叢雲を呼び出し、稲妻をほとばしらせよ。雷の嵐によって我が敵を薙ぎ払わん!雷撃放出:Thunder Burst!』
宵闇に覆われつつあった市街地は、真昼と真夜中が交錯するように激しく明滅し、そのたびに鋭い稲妻が敵の集団めがけて迸っていった!それは、例の『人為の兵士』の体躯を捉えると、さきほどまでは弾かれ逸らされるばかりだったものが、今度は矢のように突き刺さり、火花と炎をあげてその忌々しい体躯を引き裂き、焼き尽くしていった!
「やった!あたりよ!シーリングさえ冷気で劣化してしまえば、稲妻は通用するわ!」
黄金色の瞳が歓喜と興奮に上ずった声で彩られている。
「『常設魔法国防部隊』員は、範囲氷結の術式の後で、速やかに雷撃術式を!これで、敵に魔法を通用させることができます!」
ネクロマンサーの指示に従って、同部隊の隊員が次々と指定された順で術式を繰り出す。天使の力をその身に内包している二人の術式ほどの殲滅性は得られなかったが、これまで戦力外と考えるよりなかった魔法がついに効いたのだ!これはアカデミー側にとって実に大きな収穫であった!
* * *
これで魔法部隊も思うままに攻撃を展開できるようになった。それは実に行幸であったが、問題は敵の数である。参謀本部からあらかじめ提供されていた増援規模の見通しをを遥かに凌ぐ数が押し寄せてきており、精鋭部隊と銃砲部隊、加えて、効果を発揮するようになった魔法部隊の全力であたっても、なかなか押し寄せる波を押し返せないでいた。どうやら、敵兵は体躯の一部を欠損したような場合に、それを他の個体と組み替えて簡易再生することができるような構造を有しているようで、一度引いたかと思うと、一定の数を揃えて波状的に攻撃を仕掛けてくるのだ。頭部か胴体部に攻撃を直撃させて再生不能にするのがもっともよい対処法であるわけだが、乱戦状態においてそれは極めて難しく、その場は、破壊と再生が延々と繰り返される円舞曲のような有り様となっていた。こうなると不利なのは体力および魔力に限界を抱える人間の方で、次第に部隊に深刻な疲れが見え始めた。また、前衛で防衛を一手に引き受ける『漆黒の渡鴉』の損耗が無視できない水準に達し始めた。皆、額の汗を拭いながら、なお激戦に耐えている。
更に、敵の波状攻撃の次の波が襲いかかろうとしたその時だった。防衛線を形成している部隊の後ろから火の手が上がった。そこから打ち出された弾丸は、防衛線の頭上を超えて、敵の波を押し止める。刹那、先程確認された効果のあるやり方で、魔法も繰り出された。思わず振り返ると、そこには、およそ戦場には似つかわしくない小さな、しかし数は十分な部隊と、それから見知った顔が見えた。
グランデ・トワイライトとラヴィ・ムーンの二人である。どうやら、北のインディゴ・モースから、街道を真っ直ぐに南下して応援に駆けつけてくれたらしい。二人は非常に心強い味方を多数引き連れていた。ラヴィ・ムーンが錬成したのであろう、マジック・パペットの群れだ。それらはそれぞれ錬金銃砲をその小さな体に帯びて、一気呵成に前線へと向かっていった。
マジック・パペットとは、目前の敵が行使している『人為の兵士』とは全く異なる、純粋に魔法的な方法にいくばくかの錬金術を加えて錬成される魔法使いのサポーターで、通常は一人の魔法使いがせいぜい1,2体を行使するだけのものであるが、今回はその数が1500は下らない。『人為の兵士』同様、魔法アイテムの一種であるマジック・パペットは生物的補給を必要としないため、錬成方法こそ大きく異なるものの、兵士としてのコンセプトとしては共通のものがあった。奇しくも、自動兵器による大衝突が目前で繰り広げられることとなったが、それは、限界を迎えつつあった防衛側を大いに助けたのである。けなげなパペットたちが善戦してくれている間に、傷ついた前衛の兵士たちを後送することができた。さしものエリート部隊『漆黒の渡鴉』も休む間もない敵の猛攻を受けて疲労困憊であった。中には満足に動くことのできない者も少なからずいた。衛生兵たちは、彼らを速やかに後方ウーナ地区に設営された野戦病院に搬送し、そこで救護にあたった。魔力枯渇寸前であった魔道士たちも急速魔力回復薬の服用によってようやく人心地ついている。前線では相変わらずの喧騒が続いているが、ようようにして一区切りを迎えることができた格好になるわけだ。
「ありがとう、よく来てくれたわね。」
黄金色の瞳を輝かせながら、ソーサラーがグランデに言う。
「ええ、間に合ってよかったわ。ラヴィのちっちゃな部隊、すごいでしょ!」
そう言って、グランデが隣りにいるラヴィ・ムーンの顔を見る。
「お久しぶりです。ラヴィさん。もう何年も前にお会いしたばかりですが、覚えていらっしゃいますか?」
ネクロマンサーがそう訊ねた。
「ええ、覚えているわよ。あなた達は、あのリッチー・クイーンの問題を解決した英雄ですもの。あれから、グランデとはお友達になってね。ふたりでいろいろと経営企画なんかをしてたんだけれど、今回急にこんなことになったでしょ。南部にアカデミーの部隊が展開していると聞いて、力になれるかもと思ってやってきたのよ。」
そう言って、ネクロマンサーと握手をかわす。あたりを吹き抜ける風からようやく南風(はえ)独特の嫌な湿り気が消えて、頬や首筋を伝う汗を爽やかに拭ってくれた。ひんやりとして心地よい。
ラヴィの話では、フィールド・インに位置していた彼女の店は、先の侵攻の際に被害を受けたが、比較的西部に位置していたために中央市街区への避難がなんとか間に合い、その後は北部インディゴ・モースのグランデの店に身を寄せていたのだとのことであった。
前衛の方では、小さくかわいい、しかし心強い味方の大活躍によって、ようやく敵の波状攻撃はなりを潜め、あたりに不気味な静けさが戻ってきた。両群ともに被害は惨憺たるもので、部隊に帰還したマジック・パペットの数は三分の一にも満たず、その中でまともな姿形をとどめているもののかずは一層少なかった。魔法の造形物であるマジック・パペットには回復術式が効くので、回復術式ができる魔法使いたちはそれで彼らの傷を癒やしてやっていた。また、錬金術のできる者たちは、その欠損した身体の一部を補い治療してやっている。穏やかな時間がほんの僅かだけその場を支配した。
しかし、その夜の侵攻はまだそれで終わりというわけではなかった。地震と見紛うような地響きをたてて、その威容はゆっくりと姿を現した。再び、鋭い緊張に周囲の全体が支配された。
to be continued.
AI-愛-で紡ぐ現代架空魔術目録 本編後日譚第2集その12『学徒出陣』完
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