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AI-愛-で紡ぐ現代架空魔術目録 本編後日譚第6集その9『時空を超えて』

 ここは『時空の波止場』の船着き場脇にある第7船員室内。一足先にここに到着したライオットが何かせっせとやっている。
「おい、ライオット、それ…。」
「どこ見てるでやすか、アニキ。目つきがやらしいでやすよ。」
「いや、すまん。でもそれ…。」
「詰めものでやすよ。あっしにあるわけないでやしょ。まったく見かけによらずアニキは初心(うぶ)なんでやすから。」
 そう言って、ライオットはカラカラと笑った。

ライオットの胸元に視線を送ってよいやら迷うキース。

「すまんな。それもそうだが、俺が言っているのはお前がさっきからずっとやっているそっちの方だ。」
「ああ、これでやすか…。アニキは気にならないでやすか?」
「何がだ?」
「トマス兄が見つけた開かずの書こと『パンツェ・ロッティの閻魔帳』の中身でやすよ。」
「そりゃあ、気にはなるが…。しかし、あれはトマスの持つ鍵がないと開かないはずだ。」
「と考えるのを早計というでやす。」
 ライオットは不敵に笑って見せた。
「どういう意味だ?」
「死霊術には特殊な開錠術もあるっすよ。おいらはそれを今試してるっす。」
「で、それがその鍵というわけか?」
「ご名答でやす。」
 そう言うと、ライオットは1個の小さな鍵をキースに見せた。

ライオットがキースに見せた半透明の不思議な鍵。物質であるかどうかもよく分からない。

「それは?」
「これは、『死霊の鍵』と言って、鍵穴に忍ばせた死霊を使ってどんな鍵でも開錠するという特別製の物(ぶつ)でやんす。物理的な鍵ではないんで使用回数に制限がありますが、これならどんな鍵でも基本開くでやす。」
 ライオットは瞳に自信をにじませた。
「お前がそう言うならそうなんだろうが…。しかし、『パンツェ・ロッティの閻魔帳』は二重鍵だぞ。大丈夫なのか?」
「心配ないっすよ。この鍵の使用上限は4回っす。つまり、今存在が分かっている2つの鍵を開けるのに2回、中には絶対にもう一つ鍵があるはずでやすからそれで3回、残る1つは最後の念押しっす。5つ以上鍵があったらその時は諦めるか力づくでやすね。」
「そうか、お前は相変わらず用意周到というか、面白いな。」
「へへ、ありがとうっす。でも褒めても何も出ないっすよ。」
 そう言って、ライオットは口元を緩めて見せた。

 彼が手にするその鍵は、なんとも不思議な装いで、半透明のその本体ははたして物質であるのかどうかすら俄かに判然としない代物であった。どんな鍵でも開くことのできるというその実力は果たしていかほどのものか、それは『パンツェ・ロッティの閻魔帳』が手に入れば自ずから明らかとなるであろう。

 二人が第7船員室でそんなやりとりをしているとき、『時空の波止場』を新たに訪れる一団があった。蜂蜜色の輝きと共にポータルが開き、4人の人影が波止場に姿を現す。
 ルクスとの契約を終えたウィザードたちだ。彼女らもまた、ルクスの管理下にあるドックのポータルからここにやってきたらしい。『時空の波止場』に係留される『星天の鳥船』の大きさと威容に驚きながらも、ここの管理者である黄金のブレンダを探しているようだ。やがてそれらは邂逅する。

* * *

「あら、今日はお客様の多い日ですね。あなた方がルクスの仰っておられた契約主の方々ですね?」
 黄金のブレンダが訊ねた。
「はい。あなたが『時空の波止場』の管理者、ブレンダ様ですね。」
 4人を代表してネクロマンサーが応じる。
「そうです。ようこそ『時空の波止場』へ。先ほど、男性が2名、と言っていいのかしら…、とにかく2名の方がこちらにおいでになられて、波止場の利用権を得ていかれました。彼らは今第7船員室で皆様のお越しをお待ちになっておられます。」
 キースたちの到来のいきさつをブレンダが説明した。
「そうでしたか。波止場利用の許諾をいただき感謝いたします。私どももルクス様から『星天の鳥船』の使用許可を戴いてここに参りました。」
「はい。その件はルクスから既に聞いております。船の起動キーをお持ちですね?」
「確かに、こちらです。」
 そう言うとネクロマンサーは、ルクスから預かった『星天の鳥船』の起動キーを見せた。
「間違いありません。」
 ブレンダは頷いてから言葉を続けた。
「鳥船よりも前に、アインストンのところからは動力源である『アストラル・パワー・グローブ』と燃料の『アインストンの血涙』が既に転送されてきていました。お仲間はアインストンの説得に無事成功なされたようですわね。」
 そう言って、ブレンダは船の方を一瞥してから更に言葉を続ける。
「今ではこうして鳥船もここにありますから、現在は、先に届いた動力と燃料を『星天の鳥船』に搭載・注入する作業を急がせています。1日もお待ちいただければ、時空に旅立つことができるはずです。アインストンのもとを訪れたお連れ様の到着が遅れているようですが、それでもじきにはこちらへいらっしゃるでしょうから、それまでの間は、第7船員室にてお待ちください。手狭な部屋ですが、旅を終えた水夫たちの必要を満たすだけのものは備えていますから、みなさまのお役に立てるでしょう。」
 そう言うと、ブレンダは到着したばかりの4人に、第7船員室の場所を指し示して見せた。
 波止場は神秘の魔方光に溢れ、その港の先は時空の大海へと繋がっている。昼間の時間帯であるにもかかわらず、漆黒の空を数多(あまた)の星々が多彩に彩っていた。

「ありがとうございます、ブレンダ様。それでは私たちもそこで一服させていただきます。連れが到着しましたら、ご面倒ですがご一報いただけますか?」
 ネクロマンサーがそう問うと、ブレンダはにこやかに首を縦に振って答えた。
「わかりました。使いの者を知らせにやりましょう。それまでどうぞ、おくつろぎください。」
「お心遣いに感謝いたします。」
 そう言ってめいめい会釈をしてから、4人は第7船員室へと向かっていった。今は忘れられた古い古い錬金素材で作られている石畳からは、これまでに聞いたことのない不思議な足音が耳に届いてくる。

* * *

 ウィザードが、第7船員室の扉をノックすると中から声が聞こえた。
「どうぞ、開いています。」
 それはキースのものだった。ウィザードはゆっくりとその古い木戸を開ける。
「やあ、君たちが来ていたのか?いろいろご苦労だったな。」
 そう声をかけるウィザード。さすがは魔法学部長代行、学徒達の顔はきちんと見知っているようだ。驚いたのはキースの方で、思わぬ大物の登場に少々面食らっている。
「魔法学部長代行先生!失礼しました。狭いところですが、どうぞお入りください。」
 キースが借りてきた猫のようになっている。その様がライオットには面白いようだ。
「まぁ、ライオットさん。あなたも来ていたのですね。相変わらず良い死霊術の腕をしているようですね。」
 ネクロマンサーとライオットにも、同じ死霊術を扱う者としてどうやら面識があるようだ。
「先生もいらしてたでやんすか?あっしは今こんなのを作ってたでやすよ。」
 そう言って、先ほど完成したばかりの鍵をネクロマンサーに見せた。
「まぁ、『死霊の鍵』ではありませんか。いったいこれで、どんないたずらをするつもりですか?」
「いたずらとはひどいでやんす。これは『パンツェ・ロッティの閻魔帳』を開くために用意したでやすよ。あの開かずの書もこれなら開けられるはずでやす。」
「そうでしたか。あなたにも考えがあってのことだったのですね。トマスの持つ『パンツェ・ロッティの閻魔帳』には今回の一連の謎を解く、文字通りの鍵がきっとあるはずです。ですからそれを開けられる可能性があるのは心強いですね。」
 微笑んで見せるネクロマンサー。
「さすがは先生でやんす。話せるでやすね。」
 そう言って、ライオットもネクロマンサーに笑顔を返した。
「ところで、キース君。あんまりセラと喧嘩ばかりしないで仲良くやってよ?」
 そう言ったのはソーサラーだ。同じ純潔魔導士どうし、ソーサラーとセラは知り合いなのであろう。それを聞いて困った顔をしているキース。
「俺とあいつは友達じゃないんで…。」
「へぇ、じゃあなんなのかしら?恋人候補とか?」
 いたずらっぽい口調で返すソーサラー。俄かにキースが顔を赤らめる。
「そんなんじゃないですよ。あいつは俺を嫌っているし、俺はあいつのことが嫌い、それだけのことです。」
 しどろもどろのキースに向かって、
「アニキも肩なしでやすね。」
 これみよがしにライオットが言った。
「うるさい!お前はお前の仕事をしておけ!」
 そう言って、ライオットの頭をこづこうとするが、ライオットは舌をちろりとだして大げさにそれをかわす身振りをして見せた。

 集まったみなの間にひと時の穏やかな空気が流れる。ここまでたどり着くために果たした労力を想えば、まさにひと時の安息であったようだ。

* * *

「シーファさんたちはまだですかね、っと?」
 そう訊いたのはアッキーナだった。
「ああ、まだ到着していないが…。あんたは…?」
 初対面のアッキーナに戸惑いながらキースが訊いた。

「私は、アッキーナ。アッキーナ・スプリンクル。神秘の魔法具店『アーカム』の店主ですよ、っと。」
 そう応じるアッキーナ。それを聞いてキースとライオットの顔が俄かに強張る。
「アッキーナって、政府とアカデミーから第一級指名手配を受けている、あのアッキーナ・スプリンクルか?それにしては手配写真とずいぶん違うが…。そもそもお前は女だし…。」
 戸惑いを隠せないキース。ライオットも同様だ。それくらいに、アッキーナ・スプリンクルの名は魔法社会に知れ渡っていたが、その正体は厚いヴェールの下に隠されていたのだ。
「そうでもあるし、そうではない、とだけ言っておきますよ、っと。」
 そう言って、アッキーナは不思議な笑みを浮かべて見せた。

「とにかくだ。君たちと無事に合流できたのは僥倖だった。あとはシーファたちの到着を待ってから『時空の檻』に出発だな。」
 ウィザードが言った。
「出発って、先生、俺、いえ、僕たちも行くんですか!?」
 驚きを重ねるキースとライオット。
「もちろんだ。これから行く先にきっとトマスとダーク・サーヴァントはいる。つまり『パンツェ・ロッティの閻魔帳』はそこにあるということだな。その鍵はそのためのものだろう?」
「それは、そうでやすが…。」
 言葉に詰まるライオット。
「なら、君たちにも同行してもらわねばならん。心配するな。私の依頼だ。欠席扱いにはならんよ。安心していたまえ。」
 そういうウィザードに、そう言う問題ではないという表情で顔を見合わせるキースとライオット。
「とにかくわかりました。でも、僕たちが役に立てることと言えば、こいつの、この鍵くらいしかないですよ。足手まといなんじゃあ…。」
 決心の定まらないキース。
「いや、鍵だけではない。君たちはトマスについてよく知っている。というより君たち以上にトマスについて知る者は他にいない。だから、どうしても同行してもらう必要がある。トマスについての情報は多い方がいいんだ。」
 声のトーンを落とし、真剣みを増してウィザードが言う。
「それは、そうでやすが…。」
 なお確信の持てないライオットをよそに、キースが言った。

「わかりました。先生。そもそも僕たちの目的はトマスを止めることにあります。ですから、お役に立てるかどうかはわかりませんが、お供します。」
「アニキ、本気でやすか!?」
「いいから、お前は黙って俺についてこい!」
「へい、アニキがそう言うなら…。」
 ライオットも観念したようだ。

「どうやら、話は決まったようだな。ではシーファたちが合流次第出発だ。だがな、実は私は少々腹が減っている。この中で料理ができるのは誰かな?」
「はいはい、全くとんだ乙女もいたものね。私たちでやるわよ。」
 そう言って名乗り出たのはソーサラーとネクロマンサーだ。
「あの…、もしよければ僕もお手伝いします。」
 キースもまたおずおずと名乗りを上げた。

「では、諸君たちの辣腕に期待してゆっくりと待つことにしよう。私の胃の腑を大いに満足させてくれたまえよ。」
 そう言って、木製のロッキングチェアに腰を下ろすウィザード。
「あらあら、いったい何様のおつもりかしら?」
「魔法学部長代行様のおつもりなのでしょう。さぁ、空の胃袋がお待ちです。用意に取り掛かりましょう。」
 ネクロマンサーがそう促して、ソーサラーとキース、その3人で、備え付けのミニキッチンで調理にとりかかった。食材庫を見ると、さすが長旅を終えた船員の空きっ腹を賄うに足るというだけのことはあり、ありとあらゆる食材が揃っていた。各種アルコールをはじめとする飲み物も豊富に用意されているようだ。各々急に胃袋の空き具合が脳裏に顕在化した。

* * *

 やがてミニキッチンから何とも言えない芳醇な香りがただよってくる。どうやらパイの包み焼きとシチューが調理されているようだ。シチューはさしずめビーフベースの煮豆添えといったところか。みな、腹の鳴る思いを顔には出すまいと懸命に取り繕いながら、それらが供されるのを心待ちにしていた。やがてその香りの正体が眼前に陳列される。

ソーサラー、ネクロマンサー、そしてキースが腕によりをかけてくれた料理。

「お待たせ、魔法学部長代行様。」
 これ見よがしにそう声をかけるソーサラー。待っていましたとばかりにウィザードが声を張り上げる。
「ラム酒を開けよう。少年らにはソーダを!」
「はいはい。とにかく少し落ち着きましょう。」
 ネクロマンサーがラム酒の樽からそれをコップにつぎ分けながらそう言った。キースとライオットは瓶ソーダを手に取る。キースは前歯を使って器用にその王冠を開けたが、ライオットはどうしていいかまごついている。それを見てキースが言った。
「ったく、しょうがないな。貸せよ。」
 そう言って彼の手から瓶を取ると、自分のを開けた時と同じようにして器用にその王冠を取り去った。瓶から炭酸の泡があふれ出て手を伝う。冷えてはいないが、乾いたのどを潤すにはうってつけだった。

「乾杯!!」
 そう言って杯をあわせ、食事を始める7人。その場が賑やかな話し声に包まれた。ソーサラーたちの力作は瞬く間に底をつき、その場には空の皿とコップだけが残される有様となった。

「うまかったよ。ありがとう。」
「ごちそうさまでやした。」
「どういたしまして。お粗末様でした。」

 そんなやり取りをしている時、ドンドンと激しく木戸をノックする音が聞こえた。その具合からするに何事かあったようだ。
 急いで、戸を開けるウィザード。てっきりブレンダの使いの姿がある者と思ったが、そこにいたのはブレンダ本人だった。

* * *

「みなさん、大変です。」
 息を切らせながら言うブレンダ。何事だろうか?
「どうしましたか、ブレンダさん?」
 応じるウィザードに浴びせかけるようにブレンダが言葉を紡いだ。
「今、アインストンから連絡がありまして。彼女のもとを訪れた少女たち4人が姿を消しました。彼女の工房から『アインストンの血涙』が盗まれたようで、どうやら何者かに連れ去られたようです。『アインストンの血涙』を燃料とする船と言えば、こちらの彼らがここにおいでになるちょっと前に出た船がそうです。おそらくそれに囚われているのでしょう。その者に心当たりがおありですか?」

「トマスだ!!」
 一同、その心当たりが確かにあった!

「トマスらの目的が分からない以上、シーファたちの身が危険だ。彼女たちを捕らえることにいったいどんな意味があるのか、とにかくすぐに後を追わなくては!」
 そう言うウィザードに、キースが言った。
「あいつの言っていた、『美と性愛の陳列』に違いない。その生贄にするつもりだ。」
「なんだそれは?」
「俺たちにもわかりません。ただ、『パンツェ・ロッティの閻魔帳』を手に入れてからトマスはしきりに言っていたんです。『美しいものは美しいままに、ありのままの姿で飾ることにこそ意味がある。それは文字通り陳列である』と。それが実際に意味するところは不明です。でも、奴が彼女たちをさらったのなら、それが目的である可能性が高いです!」
「まったく、トマスめ!パンツェ・ロッティの凶行を後追いするなど信じられん大馬鹿者だ。とにかく、シーファたちを助け出さなければならない。すぐにでも出立しよう!」
「ブレンダさん、『星天の鳥船』の準備はできていますか?」
 トサカに来ているウィザードに代わって冷静な問いを発したのはネクロマンサーだった。その場に若干なりとも冷静が取り戻される。

「動力の設置は終わりましたが、燃料の注入がまだ途中です。今すぐ飛べないこともないですが、航続距離には限界があります。」
 ブレンダがそう答えた。
「実際問題として、『時空の檻』まで往復できますか?」
「時の翁が管理すると言われる『時空の檻』の座標は知られています。それによれば現在注入が完了している量で往復は可能ですが、余力はあまりありません。万全を期すなら燃料の完全な注入を待つべきと思います。」
「しかしそれではシーファたちに危険が及ぶ可能性が高い。時の翁とそこに囚われているリセーナさんのことも気がかりだ。奴らが事を起こす前に追いつく必要がある。最低限往復できるならすぐに出発しよう!」
「そうね。急ぎましょう!」
 ウィザードの提案に、ソーサラーが応答し、他の面々も頷いて応える。

「分かりました。出港の準備を急がせます。みなさんもすぐに旅支度を。」
 ブレンダの言葉を聞くが早いか、7名はそれぞれ、支度にとりかかった。慌ただしい時間がその場を支配する。そうこうしているときに港の方からブレンダの使いが駆けてきた。

「ブレンダ様。急ぎのご出航ということで、最低限の準備は整いました。みな様は鳥船の起動キーを持ってご乗船ください。それから、こんな時に形式を申してすみませんが、ブレンダ様が授けた許可証をご提示ください。」
 その言葉を受けて、キースが波止場の使用許可証を使いに見せた。
「確かに確認しました。ブレンダ様の名において時空恒星間航行の許可を発出します。速やかに乗船の上、管制の指示に従ってご出航ください。」
 使いはそう告げた。
「ブレンダ様、お心遣いに感謝します。我々は先を急ぎます。それでは。」
 別れを告げるウィザードたちに、
「ご武運を…。」
 そう言ってブレンダはその背を見送った。7人は鳥船が係留されている場所まで駆けていき、それに乗船した。

* * *

 鳥船は全体が今は忘れられた古い錬金金属でできていて、鯨のような船体に4枚の翼を携え、その下部には『アストラル・パワー・グローブ』と『アインストンの血涙』が生成するエネルギーを推力に変換するのであろう内燃機関が4機配列されていた。それはこれから時空を駆けるのにまさに相応しい設えの船であった。

『星天の鳥船』の全景。ついに時空の海に旅立つときが来た。

 内部に入ると、操縦コンソールのある船首に向かう。コンソールは不思議な構造になっていて、舵や操舵盤の代わりに、鍵穴のような魔法陣をたたえた部分がある。ここに起動キーを差し込むに違いない。ウィザードは、手にした鍵をそこに差し込んだ。
 刹那、魔法陣がたたえる魔法光を強め、床面に新しい魔法陣が刻まれたかと思うと、そこから魔法光によって構成される立体的な映像が映し出された。どうやらそれがこの鳥船を制御するための司令塔のようである。

姿を現した管理コンソールの表象。

「ヨウコソ、セイテンノトリフネヘ。ワタクシハ、コノ船ノ管制デス。目的地ノ名称マタハ座標ヲ音声デ入力シテクダサイ。」
 床面の魔法陣から姿を現した管理コンソールの表象はそう言った。
「目的地は『時空の檻』だ。大至急で頼む。」
 ウィザードはそう告げる。
「目的地ハ『時空ノ檻』、船速ハ最大船速ヲ御所望デスネ?」
「そうだ。可及的速やかに出航し、目的地に向かってくれ。」
「了解シマシタ。出港後、最大船速デ『時空ノ檻』ニ向カイマス。セイテンノトリフネ、主機起動、『アストラル・パワー・グローブ』臨界ヘ。臨界前自己診断ヲ実行シマス。自己診断実行中…、注入サレタ燃料ガ十分デハアリマセン。航行ニ支障ヲ来ス恐レガアリマス。命令ヲ続行シマスカ?」
「構わん。やってくれ。大至急だ。」
「了解。命令ヲ強行シマス。動力フル・ドライブヘ。臨界突破。本船ハ、超時空航行モードニ入リマス。スタビライザー稼働、主翼展開。第1、第2主翼展開終了。続いて、第3、第4主翼展開。姿勢補正。出港準備完了。コレヨリ『時空ノ波止場』ヲ離脱シマス。」
 その声に合わせて船体が激しく振動する。どうやら時空の大海原に向けて船体を転回しているようだ。みな、近くのものにしがみついて身体を支える。
「発信準備完了。最大船速。加速ニヨル加重ニ御注意クダサイ。加速開始5秒前。4、3、2、1…、セイテンノトリフネ、オーヴァ・ドライブ!」
 その刹那、目の前の景色がゆがむような強烈な視覚的印象を伴なって、身体が床面に押し付けられるような激しい重力波を感じた。吐き気を催すような衝撃に耐えながら、7人は時空へと飛び立っていった。窓らしきものから外をのぞくことはできるが、漆黒の虚空を星の瞬きが線のように流れるばかりで、それ以外のものは何も知覚できなかった。
 はじめ、全身をとらえていた激しい重力の波はやがてなりを潜め、みな自然に体を動かすことができるようになった。といっても、窓越しの景色は相変わらずで、時空を航行しているのだという実感はわかないままでいた。

「すげぇでやんすね。おいらたち、本当に時空を飛んでるでやんすか?」
「ああ、そのようだな。信じられないが…。」
 ライオットとキースがそんなやり取りをしている。そんな間にも、窓の外を幾星霜の星々が矢よりも早く駆け抜けていった。

 やがて、視界に大きなドックのようなものが朧気にとらえられはじめた。どうやら『時空の檻』とやらに到着したらしい。といっても、体感的にその実感は全くないわけではあるが…。

* * *

 コンソールから声が聞こえる。
「目的地接近。視認距離ニ到達シマシタ。コレヨリ本船ハ接岸モードニ移行シマス。逐次減速、トラクター・ビーム照射。ドックトノ接続ヲ確認シマシタ。接岸シマス。総員、耐衝撃防御。」
 船は速度を落とし、ー と言っても乗っているみなにはそのことは分からないが、窓越しの星の流れは明らかに緩やかになった ー 牽引用の魔法光に従ってゆっくりと神秘の港に接岸していく。

「すげぇっす…。」
 その様子を、ライオットのつぶやきが代表していた。

『時空の檻』のドック。

 やがて下腹部を直接揺さぶるような振動と共に船が港に接岸する。ようよう目的地に到着したのだ。本当に時空を超越してきたのだった!

 時の翁が支配するという『時空の檻』は円形の基部に放射状にいくつかの桟橋が突き出ており、中央には時の翁が共住していると思わしき宮殿が荘厳な面持ちで鎮座していた。それは宮殿といえば宮殿であったが、同時に牢獄のような禍々しさもたたえている、文字通りに『時空の檻』であった。こんな虚空の果てで、時の翁はいったい何をしているのか、またここでトマスはいったい何をなそうと言うのか?さらには、かつて時空の門に姿を消したリセーナ・ハルトマンは本当にこの場所に囚われているのか?さまざまな謎が一斉にみなの脳裏を駆け巡っていった。
 よく見ると、『星天の鳥船』が着岸したのとは違う桟橋に、鳥船によく似た、小型の高速艇と思われる船が1隻接岸している。それは、トマスまたはダーク・サーヴァントが駆ったものに間違いなかった。船体には『クイーン・ヘキサ・アームス』と船名が刻まれている。
 一同に俄かに緊張が走った。

別の桟橋に先に係留されていた小型高速艇。

* * *

「ここまできてびびっても仕方ない。いくぞ!」
 ウィザードの勇ましい誘いに従い、みな意を決して下船する。そこには日常の魔法社会とはまるで違う、星海の世界が広がっていた。

「とりあえずは、あの宮殿、いや、牢獄か?あそこに行くべきなのだろうな。」
 ウィザードが言った。一同その行く先を見据えて歩き始める。やがて、その荘厳な門にたどり着いた。
 その門をくぐってしばらく進むと、開けたホールのような場所に出る。その先には大きな機械時計のような文字盤があり、そこに人影のようなものが緊縛されているように見えるが、まだ距離があってよくわからない。先を急ごうとする一同をおし留めるかのようにして、ひとりの老人が魔法陣からおもむろに姿を現した。時の翁だ。

奥の様子を除かせまいとするようにして行く手を遮る翁。

「無辜なる者がここに何の用だ?」
 威厳ある声でそれは問うた。その響きは威圧的で、あのウィザードが怯みを見せている。
「ここに、リセーナ・ハルトマンが囚われていると聞いてきました。我々は彼女と縁(よすが)のある者です。」
 恐る恐る答えるウィザード。
「時の禁忌に触れた罪人への面会はまかりならん。失せよ!」
 その声は厳しさを増して言う。
「そうはいきません。それに、我々より先にここを訪ねてきた者がいるはず。その者が捕らえた我々の仲間を救い出す必要があります。それまでここを離れる訳にはいきません。どうかせめてお話を。」
 取り付く島を求めようと努めるウィザードをよそに、荘厳な声がなおも響く。
「お前たちの前にここを訪れた者などおらぬ。ここは時の禁忌に触れた者が囚われる永遠の監獄。無辜なる者が赴くところではなし。また罪人と無辜なる者が交わることあいならん。」
 その声は譲る気配を一向に見せないでいた。

「ならば、こちらも罪人であればよい訳だな。爺よ!」
 どこからともなく声が聞こえてくる。奥の時計版の前に禍々しい紫色の魔法陣が展開したかと思うとそこに血染めのローブをまとい顔を隠した存在が姿を現した。ダーク・サーヴァントだ!

時の翁の背後を取るようにして姿を現したダーク・サーヴァント。

 それは、血の滴る大剣を携え、何者かが捕らえらえれていると思しき時計版の前に陣取った。その身体が放つ夥しい魔力の残滓で、その後ろの光景をつぶさに見ることができない。刹那、その大剣が突然の暴挙に出る!

to be continued.

AI-愛-で紡ぐ現代架空魔術目録 本編後日譚第6集その9『時空を超えて』完


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