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AI-愛-で紡ぐ現代架空魔術目録 本編後日譚第4集その3『雷鳴のその向こう』

 『ダイアニンストの森』を巡ってハッカー侯爵と出会ったその日の夕、三人は昨夜と同じ宿で、これからのことを計画していた。外では夕立の雷鳴がとどろいており、山際は真夏の夕刻には相応しくない不穏な暗さで、その闇を時々ほとばしる青白い稲妻が明滅させている。響き渡る雷の音はどんどんと近くなり、一瞬辺りが昼のようになったと思うや、腹の底から振動するような激しい音を立てて、三人の心の表層に不安を突き上げていた。雨音だけが一本調子のメロディーを奏でている。

「カレンさん達が『アーカム』にいること、そしてハッカー侯爵がお仕込みになるという特別のお酒をユーティーさんにお届けすることで、そこに至る方法を教えていただけることが明らかになりました。」
 激しく動揺する窓の外の騒乱に目をやりながらアイラが言った。
「そうね。それは大きな収穫だったわ。けれど、問題はそのお酒の材料よ。」
 そう言って、机の上に広げたハッカー侯爵のレシピの写しを改めて見ながら、シーファがいよいよ困ったという風に言う。
「とにかく、集めなければならないですよ。そうしないとカレンに会えないのです!」
 リアンだけは相変わらずの調子だが、しかしその言葉と裏腹に彼女にもその困難がどういうものであるかは、少なくとも頭では理解できているようだ。具体的にどうすべきか、懸命に考えを巡らせながら、その美しい青い瞳を、その写し書きの上に一心不乱に視線を落としている。
 室内には先ほど済ませた夕食の残り香と、背後に迫る山土の雨に蒸しかえる独特のにおいが入り混じっていた。

「ひとまず。」
 アイラが話始めた。
「にんにく、とりかぶと、マンドレイクの根、魔法鷹の爪は、お店でカリーナ様にお願いすれば、極上のものを揃えることができると思います。」
「確かにそうね。『ハルトマン・マギックス』社なら、これらを揃えるのは造作もないことだと思うわ。」
 シーファもそれに同意した。
「ただ、やっぱり問題はその次よ。『メドゥーサの頭蛇(とうだ)』にバレンシア山脈のどこかにいるとされる『手長翼竜の眼』、挙句の果てにはミレイの森に隠遁する難物隠者オグの作る『オグの糖蜜』まで要るなんてね。一体全体どこから手を付けていいものか、正直皆目見当がつかないわ。」
 ため息交じりにシーファがこぼした。

「ひとつひとつ集めていくのではだめなのですか?それしかないのですよ!」
 リアンだけは調子を変えないが、シーファとアイラの表情は重い。

「でも確かに、リアンの言うことには一理ありますね。」
 そう言ったのはアイラだ。
「予想される困難はともかく、手長翼竜とオグについては居場所が知れています。となるとメドゥーサの棲み処さえわかれば、ひとまず手がかりだけは揃ったということになるでしょう。」
「ええ、それはその通りね。ただ、メドゥーサは魔法生物よ。その棲み処を突き止めることは容易ではないわ。何か、いい方法があるかしら。」
 そう訊ねるシーファ。
「そうですね…。」
 アイラは、再び窓越しに騒がしい夏の空を仰いだ。
「お店には、さまざまな魔法具や魔法薬の材料について記された、先々代から続く帳面があると聞いたことがあります。メドゥーサの頭蛇はこれまでも様々な魔法薬の材料として用いられてきましたから、そこに何かヒントがあるかもしれません。」
 そう言うと、アイラは右手の親指の爪を噛むようにしてうつむいて何事かを考えていた。しばらくして再び口を開く。
「とにかく、こうしていても埒が明かないのは確かです。ひとまず、明日ここを発ったら、インディゴ・モースのお店に行ってみませんか?いずれにしても、交易で手に入るであろう材料を手配する必要もありますから。後のものについては、ひとまずカリーナ様にご相談してみますので。」

 雷鳴は相変わらずだが、明滅から音までの間隔はいくばくか広くなったような気もする。少しずつ遠ざかりつつあるのかもしれない。

「アイラ、どうかそれでお願いするのですよ。それしかカレンにたどり着く道はないのです!」
 すっかり声色をくすませたリアンが懇願するように言った。シーファもアイラの顔を見つめている。

「もちろんです。明日朝、みんなでインディゴ・モースに行きましょう。ここからはずいぶん距離がありますが、それでもお昼頃には着けるでしょう。カリーナ様には私の方からあらかじめご連絡をしておきますから。とにかく、何らかの新しい手掛かりが得られることを期待しましょう。」
 そう言って、アイラはシーファとリアンの方を見た。シーファは微笑み、リアンは瞳の色を期待と不安で濃くしている。

* * *

 翌朝はうってかわって真夏の晴天であった。朝から蝉が賑やかにしぐれており、暑さと湿度はすでに箍が外れている。三人は朝食もそこそこに、荷物をまとめて宿を出る支度にとりかかった。アイラの話では、午後2時にカリーナが直接会ってくれるそうで、何としてもそれまでにインディゴ・モースまで移動しなければならなかった。
 一通り準備が整うと、彼女たちはすぐに入り口の広間に移動し、アイラだけは受付で出発の準備を行っている。どうやらツケの伝票にサインをしているようだ。
「請求はいつものように『ハルトマン・マギックス』社までお願いします。」
「はい。いつも御贔屓にしていただき、こちらこそ誠にありがとうございます。社長様にはくれぐれもよろしくお伝えください。」
 受付にいる、宿の女将と思しき女性がアイラに丁寧にあいさつをしていた。
「かしこまりました。きっとお伝えいたします。この度は本当にお世話になりました。ありがとうございました。」
 そう言うとアイラが二人の下に戻ってきた。

「お待たせしました。さあ、行きましょう。カリーナ様がお待ちです。」
 アイラはいつでも礼儀正しく、その振る舞いは社会的関係においてすでに完成の領域にあったが、しかしあまりにもきっちりとすしぎたその姿に、シーファはいくばくかの違和感を覚えていた。アイラのことをそっと気遣うようにして、
「ありがとうアイラ。じゃあ、行きましょう!」
 そう言って声をかけた。こくこくと頷きながら、リアンも一緒に歩き始める。まだ夏の朝は始まったばかりだったが、あたりはすっかり明るく、その陽は容赦なく三人の横顔を照らし出していた。

 宿を出た三人は、ルート35からタマンストリートを経て南大通りへと入って中央市街区に戻っていく。北部の大都市であるインディゴ・モースまではそこから更に距離があり、マーチン通りからサンフレッチェ大橋を北上して、インディゴ通りを抜けたあと、ようやくそこにたどり着ける。幸いにして、主要幹線道路であるそれらの道々は、きちんと美しいタイルで舗装されていたが、この時期のそれらは激しい照り返しにまぶしく、あつく、思う以上に小さな少女たちの体力を奪っていった。
 額から沸いた汗は頬を伝って首筋を流れていく。時折吹き抜ける風がその汗をさらう時にだけ、ほんの一瞬涼しさを感じることができたが、しかしうだるような暑さはすぐにその快感を忘却させた。

 北に進むに従って、街は活気にあふれ、人々の往来は都会のそれになる。皆、戦禍に傷つき奪われた日常を取り返そうと、懸命に今という時間を紡いでいた。喧騒という名の活気をかき分けながら、6つの小さな足はなおも一層北に向かって繰り出されていた。
 すべての熱気と不快の源である太陽が、ゆっくりゆっくりと天頂に差し掛かっていく。アイラはそれを仰ぎ見て、残りの行程との兼ね合いを算用していた。
 やがて三人は、サンフレッチェ大橋の南端に差し掛かる。その橋を抜ければ、インディゴ・モースの街はほどなく視界に捉えられるであろう。

* * *

「ここまでくればもうすぐですね。お昼過ぎにはお店に着けるでしょう。十分に間に合いそうですね。」
 疲労と安堵の入り混じった声でアイラが言った。
「そうね、思うより順調だったわ。あと少し頑張りましょう。」
 そう言って、シーファがリアンの顔を見ると、彼女は真剣なまなざしのまま、その両足を繰り出していた。カレンに会える道筋がようやく見つかった。しかもそれらの点はもうすぐ線を成し、面になって、やがて神秘の酒を形作る。そうすれば、あの笑顔にもう一度触れることができるのだ。その漠然とした希望が、リアンの小さく繊細な心を確かに支えていた。その希望を形にするための、きっかけのひとつを先を行くアイラがいま示してくれている。自分よりは幾分大きなアイラの背中を橋の上で追いながら、リアンはなおその心を閉ざしにかかってくる不安と心配をひたすらに打ち消し続けていた。
 そうこうしているうちにも三人は橋を渡り終え、そこから東に進路をとってインディゴ・モース街へと入って行った。

 インディゴ・モースは、中央市街地の少し北に位置する、それはそれは洗練された、いわば瀟洒な大人の大都会で、活気の点ではほかの街々と同じであったが、その趣といえば、若者の街であるフィールド・インや文化交流のるつぼであるポンド・ザックなどとはまた全く違うものであった。そこは、今回の『三医人の反乱』による実害を受けなかった数少ない都市のひとつでもあり、以前と変わらない落ち着きと繁栄を保っていた。
 大通り沿いを進んで行くと、少女たちをついに『ハルトマン・マギックス』が出迎えてくれる。

インディゴ・モースに位置する『ハルトマン・マギックス』本店。

 何度も繰り返すように、そこはこの魔法社会で1,2を争う大企業で、『人為のルビー』と呼ばれる法石の錬成に、魔法社会で初めて成功した功績はその地位をゆるぎないものにしていた。十代の少女が足を踏み入れるのには、少々、というよりむしろ多分に躊躇いのあるその威厳ある入り口に向かって、アイラは帰っていく。

「おかえりなさいませ、アイラお嬢様。」
 入り口で客を迎えていた女給が、アイラの姿を見とがめて挨拶をする。アイラがこの『ハルトマン・マギックス』の養女であることは、シーファもリアンももちろん知っていたが、その現実に直接触れることは、特にこうした社会にあまりなじみのないシーファにとっては新鮮な驚きだった。貴族令嬢であるリアンは、ある意味で同じ境遇にあったが、それでも控えめで礼儀正しいアイラの、いつもとは少し違う表情を垣間見て、こうした世界で生きることの難しさに改めて思いを馳せるような、そんな表情を浮かべていた。

「友人をお連れしました。2時にカリーナ様とお約束があるのですが、それまで少々余裕があります。彼女たちを客間でもてなしていただけますか?」
 アイラがそう言うと、女給はすぐに備え付けの魔術式通信装置を繰ってどこぞかに連絡をしている。やがて、通路奥の階段を別の女給が降りて来て、三人を客間へと通してくれた。

 タマンの海を一望するハッカー侯爵の客間も素晴らしかったが、ここはまたそれとは異なる、一流ビジネスの気高さを感じさせる凛とした表情をたたえていた。

『ハルトマン・マギックス』社の応接室。一流を思わせる荘厳な佇まいである。

 あの気の強いシーファがすっかり恐縮しておずおずとアイラの後について行く。リアンはその後に続いた。時刻は1時をわずかに回っている。

「どうぞおかけください。ずっと歩いて疲れたでしょう。約束の時間までくつろいでくださいね。」
 そう言って、アイラが二人に席を進めてくれた。ソファに腰かけるシーファとリアン。ここでもアイラは二人をよく気遣ってくれた。
「昼食をとるほどの時間はありませんから、お茶にしましょう。そう言えば、『ハルトマン・ビスケット』が新しくなったんですよ。」
 アイラは、女給にお茶の用意を頼んでくれた。

 しばらくして、応接用の給仕カートにお茶とお菓子を載せた女給たちが応接室に入ってきた。

* * *

 美しい総銀の皿は、アイラが新しくなったという意匠の変わった銘菓『ハルトマン・ビスケット』で彩られていた。

美しく盛られた『ハルトマン・ビスケット』。

「どうぞ。」
 そう言って女給がめいめいの前に、それが盛られた皿とお茶を供してくれる。ビスケットとクリームの甘い香りとお茶のさわやかな香りがなんともいえないコントラストを奏でており、朝から歩き詰めで胃の腑に少々余裕のある少女たちの食欲を巧みにとらえていった。

「お時間まで、少々あります。ゆっくりお召し上がりください。」
 アイラの勧めに従ってそれを口に運ぶと、ビスケットのサクッと歯切れのよい触感の後にクリームが舌先に触れ甘みを齎すが、そのすぐ後に酸味の効いたルビー色のジャムが口内をすっきりとさせてくれる絶妙な味わいで、高級店が接客用に供するお菓子として申し分ないようなものであるように感じられた。シーファは一つ、また一つとそれをほおばっていく。

 お茶を楽しみながら談笑しつつ、長歩きの疲れを癒しているうちに、柱時計の鐘が2時を打った。ドアをノックする音が聞こえる。

* * *

「アイラお嬢様、CEO(最高経営責任者)がおいでになられました。」
 その女給の声が聞こえるや、アイラは席を立って直立不動になり、
「どうぞ、お入りください。」
 緊張の乗った声でそう言った。応接室の戸がゆっくりと開き、そこから、真紅のローブを身に着けたこの会社の最高経営責任者であり、アイラの義理姉であるカリーナ・ハルトマンその人がゆっくりと入室してきた。その姿はゆるぎない威厳をたたえており、その歩みからは確固たる自信が感じられた。

応接室に入室したカリーナ・ハルトマン。

 シーファとリアンが立ち上がって挨拶をしようとすると、
「そのままで結構よ。」
 そう言って二人を制止すると、彼女たちの正面にある椅子にゆっくりと腰を下ろした。
「アイラ、お疲れだったわね。あなたもおかけなさい。」
「かしこまりました、カリーナ様。」
 そう言うと、アイラは直立不動をとき、リアンの横に小さく腰かける。

「ようこそ、『ハルトマン・マギックス』へ。タマンからではお疲れになったでしょう。話は事前にアイラから聞いています。まずはゆっくりなさってくださいな。」
 そう言って、カリーナは微笑みを見せた。
「カリーナさん、この度はすっかりお心遣いをいただいて、本当にありがとうございました。」
 シーファが、丁寧に頭を下げて礼を述べる。
「よろしいのですよ。どうぞお気になさらず。みなさんはアイラの大切な御学友なのですから。」
 そう言って、カップから紅茶を一口傾けた。
「そう言えば、今回はずいぶんと大変な探し物をなさっているようね。」
 赤く美しい瞳を少女たちに向けてカリーナが言う。
「はい。実は、そのことでカリーナ様にお願いとご相談がございまして。」
 アイラが説明を始めた。
「どうぞ。」
「昨日お伝えしました通り、私たちは今、あるお酒の醸造の為にいくつかの魔法薬剤を集める必要に迫られております。」
「そのようね。」
「ひとまず必要となりますのは、にんにく、とりかぶと。それからマンドレイクの根と魔法鷹の爪です。これをお店で取り寄せていただくことはできないでしょうか。」
 そういうアイラの言葉は心なしか緊張で震えているようにも思える。少なくとも、到底姉妹の会話には感じられなかった。
「それくらいなら、問題ないでしょう。」
 そう言うと、カリーナは近くに控える執事を呼び、在庫を確認させる。
しばらくして戻ってきた執事がカリーナに耳打ちした。
「にんにく、とりかぶと、魔法鷹の爪については問題ないわ。インディゴ・モースの本店にすでにあるそうです。ただ、マンドレイクの根だけは今在庫を切らしているようで、ポンド・ザックの問屋から入れる必要があるそうよ。2週間も待ってもらえば入るでしょう。それで大丈夫かしら?」
 アイラの方を見てカリーナが言った。
「はい、カリーナ様。問題ございません。お手を煩わせて申し訳ございませんが、何卒、お取り寄せをお願いいたします。」
 アイラの調子は変わらない。
「わかりました。入荷したら連絡しましょう。」
「感謝いたします。」
 その声に僅かばかりの安堵の音色が乗った。

「その他にも必要なものがあるのでしょう?」
 カリーナが続ける。
「はい。ひとまず調べねばならないのはメドゥーサの棲み処です。頭蛇が必要でして。」
「まあ、それはずいぶんと骨折りなことね。」
 そう言って、再びカリーナは紅茶を口に含んだ。
「メドゥーサの頭蛇なら、確かおばあさまの残した秘伝の魔法素材帳に記載があったはずよ。後でごらんなさいな。誰かにあなたの部屋まで届けさせます。」
 その言葉に、アイラはずいぶんと驚いたようであった。
「カリーナ様、私めがあれを拝見してもよろしいのですか?」
「もちろんじゃない、アイラ。あなたはハルトマン家の者なのですから。」
「なんとも恐縮なことです。ありがとうございます。」
 そのアイラの声は文字通り恐縮していた。

「これでひとまず必要なことはできたのかしら?」
 カリーナが訊ねる。
「はい、カリーナ様。感謝いたします。他に2つ必要なものがございますが、幸いにしましてそれらの所在地は判明しておりますので、私共で回収に参ろうと存じております。」
「そう。それでは、少し別の話をしてもよろしいわけね?」
 そう言うと、カリーナはカップをソーサーに戻して、奥に控える給仕に片手で何事か合図を送った。その者はすぐに何かを携えてこちらに近づいて来る。

* * *

 布に包まれた、長尺のものを給仕から受け取ると、カリーナが言った。
「シーファさん、だったわね?あなたの得意とするのは美しいルビーのレイピアであると伺っています。」
「はい、その通りです。しかし、長く使っていますからあちこち傷んでおりまして…。」
 シーファは少し言いよどんだ。
「それは、あなたがご活躍の証拠でもあるわ。恥じることでなくてよ。」
 そう言うと、カリーナは給仕から受け取った長尺ものを机の上に置き、それを包んでいる布を拭い去った。そこに、法石エメラルドとルビーをあしらった美しい長剣が姿を現す。

カリーナが披露した、エメラルドとルビーがあしらわれた美しい長剣。

「これは…?」
 驚くシーファをよそに、
「あなたのレイピアを私共に預けませんか?きっと、これからのあなたに役立つように直して差し上げましょう。これはそれまでの間のあなたの新しい得物です。」
「しかし、そんなことをお願いしてもよろしいのですか?」
 動揺を隠せないシーファにカリーナは言った。
「もちろんですとも。アイラから、今後は大変な旅になると聞いています。傷んだレイピアでは何かと不自由でしょう。これはお役に立ちますわ。」
 そう言って目配せすると、給仕が剣を取り上げてシーファの前に差し出した。おずおずと両手でそれを受け取るシーファ。その剣は美しいだけでなくその全てが特別な錬金金属で鍛造されており、その身は外見よりもはるかに軽く、すばらしい取り回しを提供してくれそうな設えであった。

「いかがかしら?」
「はい、感謝いたします。それでは、お言葉に甘えてこれをお預けし、こちらの剣をお預かりいたします。」
 両手に抱いた剣を静かに机上に戻すと、傍に置いていたレイピアを給仕に手渡した。
「楽しみにしておいてくださいね。きっと素晴らしいものに変えてあなたにお返ししますわ。」
 そう言うと、カリーナは更に給仕に合図をした。シーファのレイピアを奥に持っていったのとは別の者が、やはり何ものかを手にして傍にやって来た。今度は幾分と小さい。

「あなたがリアンさんね。アイラからお噂はかねがね。」
 そう言うと、その小さなものを覆っている布をカリーナは静かにはぐった。そこには、手のひらサイズで見たこともない形をした、しかし見事な大口径の錬金銃砲が鎮座している。

カリーナがリアンに差し出した錬金銃砲。

「これをあなたに差し上げます。魔法使いふたりと術士ひとりの長旅というのは何かと大変でしょう。あなたが錬金銃砲の扱いに長けていらっしゃると聞いたものですから、ぜひこれでアイラを助けてやってください。」
 そう言って、カリーナの赤い瞳がアイラを見るが、アイラは一層緊張するばかりだ。
「いただいてもよろしいのですか?」
「ええ、もちろん。これはこう見えて『ルビーの法弾』の使用にも耐える強力な錬金銃砲です。きっとお役に立ちますわ。」
「ありがとうなのです。それでは、頂戴いたしますですよ。」
 そう言って、リアンは両手でそれを手元に引き寄せた。

「あとはあなたよ。」
 その言葉を聞くや、また別の給仕が姿を現して、アイラのために用意された得物を机上に置いた。今度は布には包まれていなかった。 

アイラの為にとカリーナが用意させた武具。

 それは、錬金銃砲の銃身下部に頑強な刃を携えた、銃砲と刀剣のハイブリッドで、術士のアイラにはうってつけという代物であった。

「よいですかアイラ。あなたはハルトマン家の一員です。みなさんとともに旅に出かけるということは、それは皆さんをお守りする責務を負っているということ。これを存分に活用して、ハルトマン家の者の務めを果たしなさい。」
 カリーナのその言葉に、アイラはすっかり身体を硬直させた。
「恐れ入ります、カリーナ様。必ずやご期待に沿う働きをして御覧に入れます。お心遣いに心より感謝いたします。」

「結構ですわ。それでは、私はそろそろ次の約束がありますのでこの辺りで。あとは、アイラの部屋で皆さまおくつろぎください。旅の準備もおありでしょうから、必要なものは店の者に言いつけてくだされば、なんでも用意させましょう。」

 そう言うと、カリーナは颯爽と立ち上がり、応接室を後にした。忙しい身なのであろう、疲れているのか途中で少しふらりとする場面もあったが、彼女はすぐに居住まいをただすと、扉をくぐっていった。戸の脇で控える給仕がその背を見送りながらゆっくりと扉を閉める。室内の緊張が一気にとけるようであった。

* * *

 隣にいるシーファとリアンに分からないように安堵のため息をこぼした後で、アイラが言った。
「それでは、私の部屋に移動しましょう。そこの方がくつろげます。これからの準備もありますから、今日はお二人とも泊って行ってください。」
 アイラは立ち上がると、二人を誘うようにして応接室を出た。その場に集っている給仕たちが一斉に目礼する。カリーナやアイラの居所も兼ねる店舗は思う以上に大きい。部屋はいくつもあり、奉公人の数も数えきれないほどだ。
 アイラの部屋は3階にあるようで、二人は彼女の後について階段を昇って行った。3階の広い廊下の奥にその部屋はあった。
「どうぞ、お入りください。あまりお客人をお招きすることはないのでお恥ずかしいのですが…。」
 そう言って、アイラは扉を開いた。そこは、先ほどの応接室ほどではないが、高級な調度品があしらわれた美しい部屋で、アイラがハルトマン家の養女であるということを確かに証拠づけていた。普段の寮の部屋とは全く違うその雰囲気にシーファはすっかりのぼせ上っている。リアンだけは複雑な表情を変えていなかった。

アイラの私室。さほど広いわけではないが、その充実ぶりはさすがである。

「どうぞ、ここだけが、それでもこの家での私の居場所なんです。」
 ふとアイラがそんなことを言った。その言葉をリアンは聞き漏らさなかったが、気づかぬようにして部屋の中へと入って行った。

「すごいわアイラ。まるでお姫様ね!」
 興奮冷めやらぬシーファ。
「お恥ずかしいです。そんなこともないんですよ。さあ、どうぞ。」
 そう言って、アイラは二人に席を奨めた。二人はそれぞれ手近な場所に腰かける。アイラはベッド前に置かれたオットマンに腰かけた。

 ここの養女になる前はどのような暮らしだったのか、養女になってからは、そんなことを取り留めもなく話していると、ドアをノックする音が聞こえた。
「アイラお嬢様。魔法材料帳をお持ちいたしました。」
「ありがとう。開いています。」
 アイラがそう応えると静かに扉が開いて、女給が部屋に入ってきた。彼女はアイラの傍まで行くと、手にした魔法材料帳をアイラに手渡した。
「これは大切なものです。用はすぐに済みますから、ちょっと待っていてください。」
「かしこまりました、お嬢様。」
 帳面を受け取ると、アイラはそれを持ってきた女給をしばらく自室で待たせて、そのページを繰っていった。万(よろず)の魔法材料を記したその古い帳面は手書きで、各ページにはそれぞれの材料がやはり手書きのスケッチとともにびっしりと書き揃えられている。手作りのその帳面のページは辞書式に並んでいるわけではないため、アイラは見落とすことのないように慎重にページを繰っていった。やがて、その手が止まる。メドゥーサの頭蛇に関する記述を見つけたようだ。

ハルトマン家秘伝の魔法材料帳に記された『メドゥーサの頭蛇』に関する記述。

「ありました!どうやらメドゥーサは、オッテン・ドット地区の沿岸沿いにある『ゴルギアスの洞穴』に生息しているようです。これで、手がかりは得られましたね!」
 その言葉に、シーファとリアンも目を輝かせた。二人は帳面をのぞき込もうとするが、それは他人の眼に触れさせてはならぬのであろう。アイラは申し訳なさそうに、それを二人の視線から隠していた。

 近くの便箋に必要な事項を書き写すと、アイラは帳面を閉じて待たせていた女給にそれを手渡した。
「ありがとうございました。これをきっとカリーナ様にお返しください。」
「はい、お嬢様。ご心配なく。」
 女給はそれを受け取るとお辞儀をしてアイラの部屋を後にした。静かに戸が閉められる。

 ふたたびアイラはため息をつくが、それでもその表情は幾分か和らいでいるようにも見えた。

「しかし、あなたここの養女なのにずいぶんと他人行儀なのね。」
 シーファが何気なしにそう言った。それを聞いて、アイラは少しバツが悪そうにしながら、
「そうかもしれませんね。ずっとここの奉公人でしたから…。リセーナ様ももうおいででないですし…。」
 窓から差し込む夕日に照らされたその横顔は、寂し気な翳りを浮かべていた。アイラの口元はほんのわずかに笑みをたたえているようにも見えたが、その色は自虐的であった。

「何にしましても、これで手がかりは揃いました。幸い、材料の約半分はお店の方で揃えてもらえます。残るもののうち、所在不明であったメドゥーサの頭蛇についても、手がかりはもはや我々の手中にあるわけですから、あとは、勇気と力が試されるばかりです。」

 居住まいをただしてアイラが言った。
「そうなのです。とりあえず、目標は定まりましたですよ!」
「そうね、大変なことに変わりはないけれど、やるしかないわ。」
 そう言って、三人は固く手を取った。しっかり頷くその顔を夕日が美しい赤色に照らしている。三人の旅がまもなく始まるのだ。その時をめがけて、夏の陽が静かに西に傾いて行く。

* * *

 その日の夕食は、アイラの部屋で取ることになった。食堂にカリーナがお客を晩餐に迎えているというのもあったが、どうやらそれはアイラのたっての願いでもあるらしかった。
 食後、めいめいにシャワーを済ませる。店側としてはシーファとリアンに客間の寝室を用意していたが、遅くまで明日からの旅路に思いを馳せていた三人の少女たちは、だれからということなく、そのままアイラのベッドの真ん中で一緒に眠りに落ちていた。キングサイズのそのベッドは、少女を三人抱えてもなお、じゅうぶんなゆとりを残している。静かな寝息だけがあたりを包んでいた。

出発の前に身体を休める三人の少女たち。夜明けは近い。

to be continued.

AI-愛-で紡ぐ現代架空魔術目録 本編後日譚第4集その3『雷鳴のその向こう』完


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