AI-愛-で紡ぐ現代架空魔術目録 本編後日譚第3集その1『宣戦布告』
『シメン&シアノウェル病院』の怪異を巡る事件から早くも半年余りが経過しようとしていた。アカデミーでは新年度が始まり、皆それぞれに進級し、新しい生活を謳歌している。試験嫌いのユイアは編入試験に臨み、見事その合格を勝ち得て、暗黒魔道士科の高等部2年生に正科生として在籍することになった。編入試験は、筆記試験、論文試験、口頭試問の3段階で行われたが、最初の筆記試験の出来は相変わらず惨憺たるもので、直接採点にあたったウィザードは苦い顔をせざるを得なかった。その時点での教授会には、ユイアの編入は見送るより他なしという空気が醸成されつつあったが、その後に提出された魔法学の神秘と倫理に関する論文の出来は実に見事であり、その状況を一変させた。結論は最後の口頭試問に委ねられることになったが、ユイアはそこでも教授陣が舌を巻く卓越した解答を披露し、最終選考会となる教授会では満場一致で彼女を正科生として迎え入れることが決定された。
シーファ、リアン、カレン、アイラもそれぞれの所属科において実施された進級試験を兼ねる年度末の定期考査において所定の成績を収め、皆中等部の2年生へと駒を進めた。4人の中でも、普段からの実戦において雷の術式を行使することの多いカレンが、専攻科の加護大天使であるガブリエルへの適性だけでなく、ラファエルにも適性を見せるようになったことが、教授陣の関心を大いにかったことは特筆すべきであろう。また、アイラの年齢不相応に完成された錬金術師としての力量は、周囲を驚かせるに余りあるものがあった。皆、大きな成長を遂げている。
ネクロマンサーと、ソーサラーはそれぞれの持ち場で、各々の職責を果たしている。ネクロマンサーは、看護学部において指導的な立場に立つようになり、一定規模の教職員と学徒の集団を包括的に管理する位置についた。またソーサラーは、研究職として一層の学業実績をあげ、その手からなる論文は『ウィザードリィ・アンド・マジック』をはじめとする名だたる学術雑誌に掲載されるにとどまらず、引用件数でも当代の研究者の中で指折りの存在となりつつあった。どうやら今年の末にはアーク・マスターへの昇級試験に臨むようである。
最後に、ウィザードは、現魔法学部長の定年退官によりその席が空席となったことを受け、魔法学部長代行に昇進した。教授会では、彼女に学部長の席をという声もなかった訳ではないが、彼女の若さがそれを阻む格好となり、学部長代行として魔法学部を事実上取り仕切るということで落ち着いたようである。その前例少ない大抜擢の背景として、シメン&シアノウェル病院での怪事件を手際よく解決に導いたその手腕に対する高い評価があったことは、疑いの余地のないところである。
このようにして、それぞれのおかれた場で、それぞれの力を存分に発揮していく中で、みながその評価を少しずつ、しかし着実に高めていた。新年度の始まりから約1月を経て、時節は新緑の5月へと差し掛かろうとしていた。初夏の陽は次第に高度をあげ、学内をその懐に明るく照らし出している。このときにはまだ、魔法社会全体が根底から震撼するような一大事が間もなく引き起こされるであろうことに気づいている者はほとんどいなかった。
* * *
シメン&シアノウェル病院での怪異が、首謀者であるシン・ブラックフィールド医師、アブロード・シアノウェル医師の失踪、およびエヴリン・シンクレア看護師長の死亡という形で一応の決着をみた後も、残された資料が示す彼らの目的が「魔法社会の転覆と新秩序の構築」であったことから、アカデミーの軍事部門と政府安全保障部門は連携して危機に備えるべく必要な措置を講じていた。その活動について、リック事務長が指揮するシメン&シアノウェル病院側の協力と関与があったことは言うまでもないだろう。
病院側から提供された情報によると、鏡像世界の手術室の前室に設置されていた培養施設で培養されていたのは、やはり主に精神科の患者から不道徳に摘出された脳髄であり、それを再生魔術医療の方法によって複製するという呪わしい所作が行われていたことが判明した。アカデミーが押収した各種証拠資料もその病院側の報告を色濃く裏付けていた。
また、彼らはその摘出、培養、または複製した脳髄を錬金術的に改造することで、生体を素材とする魔術式電算装置の中央演算処理装置、すなわち『人為の脳髄』を生産しており、そこに、自律的な思考を人為的な電算によって可能ならしめる『人為の叡智』を接合することで、自律的判断能力をもちながらも、与えられた命令に忠実に従う遂行能力を備え、かつ、命令遂行に必要となる体躯の駆動と制御を十分になさしめる制御装置の製造という恐るべき悪辣に手を染めていてたことが明らかとなった。その試作品は、アカデミーの専売として販売が始まっていた『マジック・パペット』であり、それはアカデミーの知的財産権を保護するという名目で、分解・解析の類が禁じられていたが、その真意は、それを製造するために用いられた技術それ自体の悪辣さと禁忌性を隠蔽するための方便だったのである。アカデミーの専売所でそのような狂気の物品の販売が看過されたことには、当時のアカデミーの最も上の方に、それに直接関与していたか、あるいは黙認した勢力が存在していたことは明らかだった。それが、前アカデミー最高評議会議長、パンツェ・ロッティであった可能性があるという事実は、調査に当たるウィザードを暗澹たる思いにさせた。しかし同時に、当時、厚生労働省経由でアカデミーの保健・医療部門に対して広範な干渉が可能であった故マークス・バレンティウヌの差し金である可能性も大いに有り得たことから、黒幕の特定に関しては、捜査関係者の頭を大いに悩ませていたのであった。
ただ、情報を総合するならば、両医師の目的が、黒幕の意を酌んで、人為の兵士とでも言うべきものを量産し、それらを組織した兵力を活用することによって、魔法社会の中枢に対する侵攻を企てることであるのは、まぎれもない事実として知られるところであった。そのため、アカデミーの私設軍隊と、政府国防相に属する正規軍は相互防衛協力体制を取り極めて、不測の事態に備えて活動を開始していたのである。
病院からの情報によれば、人為の兵士が用いられる場合、それらは食料や水、医薬品といった人間的な補給を必要とせず、弾薬その他の消耗品のみの補給で足りるため、人間を配置するのは難しい場所にも部隊を展開できるのだということであった。その提言を受けた政府国防省は、北西方向、北方騎士団との国境に広がるノーデン平原からアナンダ氷原にかけて広がる平野部に敵陣営が設置され、スカッチェ大橋、サンフレッチェ大橋を経由して、アカデミーと政府中央庁舎の集中する中央市街区へと侵攻してくるというシナリオを描き、それに沿った防衛準備を着々と進めていった。具体的には、スカッチェ通り南北市街地およびスカッチェ大橋に大規模な守備隊を配置し、前衛を支援する補給拠点をインディゴ・モースに設置したのである。その布陣は、政府国防省の想定シナリオ通りであるならば、極めて効果的かつ有効に機能するものであったが、北東、南東、南西方向からの侵攻に対しては甚だ心もとない状況を残すものでもあった。アカデミーでは、これを補完する意味で、タマン地区の北部、デイ・コンパリソン通りとルート35の交わる位置に守備隊を配置し、また中央市私街区と東部フィールド・イン市街との間に最終防衛ラインを設定した。
ネクロマンサーとシン医師、リアン、カレンとアブロード医師との過去の交戦記録から、適性兵力は既存の魔法に対して極めて強力な抵抗力を持っていることが明らかであったため、アカデミーを統括する政府魔法省は、国防省に対して、北西方面に極度に兵力を集中するのではなく、考えられる全攻略ルートに、ある程度部隊を分散配置すべきであると進言したが、病院側から提出された各種資料から得られる内容、すなわち人為の兵士の体躯に綿密なシーリングがなされていること、対氷結措置がなされていることなどの技術情報から、これらは年中降雨が多く冷涼な気候下にある地域・地形での戦闘を念頭に置いたもので、侵攻拠点を北西寒冷地に設置するはずに違いないとする見通しを合理的に裏付けるものであるとの主張を譲らず、結局にして、アカデミーと正規軍で兵力を二分して防衛に当たる態勢を余儀なくされることになった。万一、南および東部から侵攻を受けた場合には、敵性兵種に対して対抗効果の薄い魔法使いで組織された兵力であたらなければならないことになったのである。しかし、そうこうしている間にも、冬は過ぎ、春を越えて新緑の初夏へと時計の針は進んでいたのであった。
* * *
そんな5月の中旬を過ぎたある晴天の日の、真昼を少し過ぎた頃であった。魔法社会の主要都市の上空に同時多発的に『魔術映像:Magical Screen』が展開したのである。それは、魔法市民から大きな驚きをもって迎えられた。そこに映し出されていたのは、かの怪異の事件後に姿を消していたシン・ブラックフィールド医師であり、それは実に恐ろしい宣告を口にしたのである。
宣戦布告
我らは、我らと我らが尊崇する偉大なる師の遺志を受け継いで、それを実現せんがために、魔法社会に対して宣戦を布告する。
長く、この社会は大天使への信仰とそれによってもたらされる魔法という名の神秘、もとい呪われた方式に基づいて構築された非人間的で現実否定的な悪しき秩序のもとに運営されてきた。それによって、人間の真の可能性は抑圧され、その成長の芽はことごとく摘み取られてきたのだ。神秘によって人間は支配され、自然科学は虐げられ、人々の尊い潜在性は蹂躙され、自然的成長と発展をずっと押し止められてきた。
結果、この社会は腐敗し、一部の魔法使いだけが富と権力を独占し、魔法力なる幻想に依拠した不当な階級構造が是認され、差別の状態化を許してきたのである。しかも、その冨貴かつ有権である魔法使いどもさえ、その実際は、権力を金で買い、高価な法具によって能力の不足を覆い隠すだけのペテンで成り立っている現実をどう嘆くべきか、私はその言葉を知らない。
今こそ、人間を、神秘や魔法などというまやかしから解放して、自然のあるべき状態に戻し、自然法則と自然環境とについて融和的で持続的な存在として昇華しなければならない。自然科学を重んじ、自然の与える脅威と恵沢をよく理解し、それとともに歩む力を我々は今こそ獲得しなければならない!
顧みよ!人間が人間たる由縁を。我らはみな母から生まれて、先祖のもとに還るのだ。天使の腹から生まれ、神秘の門に消えるわけではない。これこそが自然であり、摂理である。その法則をゆがめんとするものを断じて許すことはできない。この世界は、神秘のものではなく、人のものなのだ!
魔法社会の人々よ、恐れることはない。これは破壊や転覆ではなく、あるべき修正であって革命なのだから。我々とともに、人間の本質を回復し、自然に身を委ねて生きる新しい世界を築こう!
諸君らの理解と協力に期待する。しかし、歯向かう者には容赦はしない。それは人間性の回復という志向の目的のための尊い犠牲となるだろう。我らが力を見るが良い。
これは人間の英知、技術、そして偉大なる自然の恵沢が三位一体となった人智の結晶である。これから24時間の内に、彼らは圧倒的な力をもって魔法社会の中枢を包囲するだろう。諸君らには24時間の猶予を与える。彼らの手が、中央市街区に届く前に、魔法を捨て、人間に回帰するという懸命な判断がなされることを願う。もし、無用な抵抗を試みるならば、我々が持てる力のすべてを駆使して、我らが崇高なる志を完遂しよう。
我らは、『トレス・レヴォルティオニス』!偉大なる師の遺志を継ぐものなり。良心の内から絶えずこみ上げてくる自然と人間の声に応えんがために!
グローリー・プレプトル!
演説の後、魔法社会全体が上へ下への大騒ぎとなった。周辺都市からは中央市街区に人々がなだれ込み、中央政府とアカデミーは人流の整理に手を割かれながらも、迫りくる敵性兵力に対抗する準備に追われた。敵の動きは極めて迅速で、3個大隊をそれぞれ、北東方向バレンシア山脈前に広がる荒野、南東方向ディバイン・クライム山登山道前の平原、そしてホエール・アイズルに配置し、そこからそれぞれ、フィールド・イン、タマン地区市街地、オッテン・ドット市街区へと侵攻を開始した。よほど周到に準備されていたのだろう、その進撃は文字通りの電撃侵攻で、宣戦布告から24時間を待たずして、フィールド・インの全域、タマン地区の南市街区、そしてオッテン・ドット地区の全域を制圧した。ホエール・アイズルからオッテン・ドットまでは海が隔てているが、彼らは海兵を用いることで、揚陸艇を用いた上陸作戦を展開し、全くの無防備であった同市街区を瞬く間に掌握したのだ。また、東側からの侵攻はありえないとして北西防衛線に戦力を集中していた政府国防省の裏をまんまとかかれる格好となったフィールド・インは、東雲街道を南下してきた大規模な陸軍戦力によって抵抗らしい抵抗もできぬままに蹂躙された。タマン地区の市街地においては、唯一、アカデミーが設置していた防衛線が機能して、かろうじて北市街区への侵攻を食い止めている。オッテン・ドットを制圧した敵兵力は、直ちに東方に進路を改め、現在はチルドアイズルズ沿岸通りから、シーバス海岸通りに沿って北上を始め、先にタマンの南市街区を制圧した部隊との合流を図っている。目下のところ、主戦場はフィールド・インとタマン地区ということになりそうである。
目論見が完全に外れた政府国防相としては、アナンダ平原周辺に結集させた防衛戦力をすぐに中央市街地を経由して東方と南方に回すべきこところではあるが、問題はオッテン・ドットに残留する敵兵力で、それがシーネイ北方路経由で北上してくる可能性を捨てきれないことから、直ちに兵力を割くことが難しく、司令部は決断をしかねたままに、膠着状態に陥りつつあった。正規軍を北西部に釘付けにされた状態で、アカデミー私設軍隊のみで事実上対処しなければならない状況に追い込まれたわけである。しかも、敵性兵力は、その特性上極めて魔法に対する耐性が高いときている。この侵攻シナリオはよほど綿密に練られていたことが推測された。
今、アカデミーには緊急の幕僚本部が設置され、アカデミー最高評議会を最高総司令部として、魔法学部が参謀として機能する戦時体制が敷かれたのである。奇しくもその時魔法学部の学部長代行の地位にあった若きウィザードは、作戦参謀長の任を負うことになった。彼女の美しい茜色の瞳に、大きな緊張が走っている。
* * *
とはいえ、若き一介の魔法学部教授に、私設軍隊の指揮の全権を委任するというのが無茶であることは明らかであったことから、最高評議会は、かつてノーデン平原で繰り広げられた、領土紛争の指揮を執り、魔法社会を勝利に導いた英雄的名将で、今は退役して歴史研究家として活動しているダリアン・スリスウィスパー氏を、また、同紛争で彼とともに作戦指揮にあたった元副官で、現在は戦場魔術記録家として活躍しているセリアン・アートメイヴ女史を作戦参謀顧問としてアカデミーに招聘した。具体的案作戦立案は、経験豊富な両氏に委ね、ウィザードが現場指揮に集中できるようにしたのである。
これで、指揮系統は一応整備された格好にはなるが、しかし、それに要した時間を実質的な防衛作戦の実施と遂行に当てられなかったことは痛恨であった。タマン地区での防衛線こそ機能したものの、この24時間で、『トレス・レヴォルティオニス』の宣言した通り、東の要衝の全域と南の要衝の半分を制圧され、文字通りにアカデミーと政府中央庁舎の集中する魔法社会の中核というべき中央市街区は敵勢力に直に隣接される格好となったのである。特に、フィールド・インの全域を掌握された影響は大きく、東方連絡路からクリーパー橋を経由して一挙に攻め込まれれば一巻の終わりという状況で、脅威はまさに目前に差し迫っていた。急遽、中央市街区東部において現有兵力を糾合し、クリーパー橋上にバリケードが設置され、急造の防衛線が敷かれた。最高評議会はいざとなれば敵の進軍速度を落とすためにクリーパー橋を落とすことも視野に入れているようであったが、それは同時に東側からの補給路を自ら断つことをも意味していた。その防衛の本体は、アカデミー私設部隊の中の超エリート集団である『漆黒の渡鴉』が担ったが、少数精鋭であるために、数の上では十分とは言えなかった。
今、アカデミー最高評議会の議事堂に、ウィザードたちアカデミーの教授陣と、招聘されたダリアン・スリスウィスパーおよびセリアン・アートメイヴが一同に介している。
* * *
「ようこそ、アカデミー幕僚本部へ。かつての名将とその副官殿にご教示をいただけることを非常に心強く存じております。何卒、お力添えを請います。」
ウィザードがそう言ってダリアンに手を差し出す。
「こちらこそ、若き有能な指揮官殿とともにこの魔法社会の防衛のために力を尽くせることを嬉しく思います。手を携えて、この難局を打破し、再び平和と安寧を取り戻しましょう。」
そう言って、ウィザードの手を取り固く握手を交わした。
「こちらは、かつての私の副官であった、セリアン・アートメイヴです。今回の作戦では、兵站の管理と監督を担います。」
ダリアンの紹介を受けて、セリアンが前に進み出て手を差し出した。
「ご紹介に預かりましたセリアン・アートメイヴです。この魔法社会を『トレス・レヴォルティオニス』の魔の手から救うためにお力添えいたします。」
「ぜひ、よろしくお願いいたします。ご協力に感謝いたします。」
ウィザードはその手を取って、互いに大きく頷いた。
「喫緊の課題は、2つ。1つは、フィールド・インの奪還、もしくはそこに駐留する敵勢力の殲滅。いま1つは、タマン地区北部防衛戦力の迅速な強化です。幸いにして、北西部には正規軍が展開していますから、オッテン・ドットに残留する兵力がシーネイ北方路を北上してきた場合には、彼らで対応できます。そのための連絡はすでに国防相と取れていますから、今心配すべきはむしろ、オッテン・ドットの残留兵力のすべてが、タマン地区南方戦線に回されることです。これが現実になると、我々は正規軍の支援のないまま、アカデミー私設軍隊の現有兵力だけで敵の全兵力と衝突しなければならないことになります。兵数の点では拮抗していますが、先程共有された以前の戦闘記録によると、敵性兵力は魔法に対して極めて強靭な抵抗力を有しているとのこと、その点は単純な数以上の懸念事項となるでしょう。一刻も早く有効な戦術を考案する必要があります。」
ダリアンは、現況をつぶさにまとめて課題を提示してみせた。それを戦略地図上で示すと次のようになる。
■1~6 防衛拠点
1 中央市街区(最終防衛拠点)
2 フィールド・イン(既に全域が制圧されている)
3 タマン地区市街区(既に南部が制圧されている)
4 オッテン・ドット地区市街区(既に全域が制圧されている)
5 シーネイ村(敵が北上する場合戦場となる)
6 インディゴ・モース(北部の防衛拠点、一部正規軍が配置されている)
■E1~E3 敵侵略拠点
E1 バレンシア山脈前の東の荒野
E2 ディバイン・クライム山前に広がる平野
E3 ホエール・アイズル(島嶼部)
「まもなく、彼らが指定した宣戦布告から24時間の刻(とき)を迎えますが、中央政府中枢及びアカデミー最高評議会はいずれも、彼らの要求には屈しないことで合意が取れています。その指定時刻まであと6時間ほどが残されていますが、それまでの間に、東の防衛線を強化しながら同時に南部タマン地区に増援を繰り出さなければなりません。直ちに動かせる部隊はどのくらいありますか?」
ダリアンが真剣な眼差しで、ウィザードに訊ねる。
「現在、直ちに派遣が可能な部隊は『白銀の銃砲部隊』の2個中隊、『ルビーの銃砲団』の1個中隊、『連合術士隊』の2個小隊、『常設魔法国防部隊』の3個中隊、および『アカデミー遺体回収特務班』の2個中隊です。」
「『魔法使い緊急即応部隊』と『アカデミー治安維持部隊』は使えませんか?」
「前者はただいま緊急招集を行っていますが、6時間以内の派遣は難しいでしょう。ただ、距離的に東部戦線へ増援としては間に合うかもしれません。また後者については、流入してくる避難民の警護と整備のために回さざるを得ませんから、派遣は難しいと考えます。」
「なるほど、状況はわかりました。喫緊の危険は東部ですが、しかし、タマンを抜かれると状況は絶望的になりますから、戦闘力の高い部隊を優先して南部に回さねばならぬでしょう。すなわち、『白銀の銃砲部隊』2個中隊、『連合術士隊』2個小隊、『常設魔法国防部隊』の2個中隊、それに衛生班として『アカデミー遺体回収特務班』1個中隊の約1000名をタマン防衛戦に派遣することにします。現有の防衛戦力と合わせて約1400名となりますから、相手が大隊規模であることを考えると約1.4倍の守備力を置くことができます。仮にオッテン・ドットの残留兵が合流してくるとしても、相手の総兵力はおよそ1200名ですから、なお数的有利を確保することができます。」
ダリアンは、卓越した決断力で矢継ぎ早に采配していく。
「わかりました。直ちに手配します。東部戦線はどうしますか?」
「今動かすことのできる残りの戦力をすべて、すなわち『ルビーの銃砲団』1個中隊、『常設魔法国防部隊』1個中隊、および衛生班として『アカデミー遺体回収特務班』1個中隊の計600名を増援に回しましょう。数の上で不安はありますが、すでにクリーパー橋には『漆黒の渡鴉』の精鋭に加え、術士からなる舞台の計500名の守備隊が置かれていますから、増援とあわせて合計で1100名、どうにか食い止めることができる算段です。あとは、こちらが持ちこたえている間に正規軍の南下が間に合うことを祈るばかりです。それで…。」
若干、言い淀むダリアン。それに対してウィザードが言った。
「それで、どうなさいましたか?」
「このようなことはあまり言いたくありませんが…。出陣可能な『熟練:Adept』以上の学徒はどのくらいいますか?」
その声は重い。年端もいかない10代の学徒に出陣を求めようというのだ。当然である。
「今、出陣可能な『熟練:Adept』と『権威:Expert』の学徒は前者が3000人、後者が1600人程、合計で4600人前後確保できます。他に『終学:Master』の位階にあるものが約1000人おります。」
ウィザードもまた、事柄の性質上応えにくそうにして応えた。
「よくわかりました。予備兵力として5000強はあるというのが現状ですね。もちろん、兵卒ではない学徒を戦場に繰り出すことは極力避けねばなりません。事実、北方には十分な数の正規軍が配置されているわけですから、彼らを運用することをまず第一に考えるべきなのは言うまでもありません。あとは、国防省とどう折衝するか、それが当面の焦点となるでしょう。」
「わかりました。アカデミー側でも最高評議会を通して、国防省および政府中枢に継続的に働きかけます。できる限り、現有兵力で事態を解決できるように、最善を尽くしましょう。」
そう言って、ダリアンとウィザードは再び戦略地図に集中した。
その情景を、ソーサラー、ネクロマンサー、そしてソーサラーの研究助手という立場でこの場に加わった高等部のユイアが眺めている。既に成人を迎え、アカデミーで指導的立場にある彼女たちには遠からず出陣の声がかかることは間違いなかった。建前としては高等部に在籍していることになっているユイア、いやウォーロックもまた事態打開に向けての覚悟と決意を内心で新たにしていた。
* * *
『トレス・レヴォルティオニス』が指定した時刻が訪れた。彼らは宣戦布告時と同じやり方で魔法社会の中央政府及びアカデミー最高評議会の公式の応答を求めたが、両者はそれを厳然と拒絶して、交戦状態に入ることを宣言した。これにより交渉は完全に決裂して、いよいよ両戦力が正面から衝突する事態に至ることとなった。魔法社会全体を鋭い緊張が覆っていく。ダリアンらの采配に基づいて派兵された兵力の展開は速やかで、タマン地区北部市街地及びクリーパー橋上の防衛ラインを補強して、今まさに始まらんとする衝突に備えていた。
5月の爽やかな風は俄に血なまぐさい香りを乗せて、今両陣営の間を吹き抜けている。間もなく日が暮れる。初夏の陽は地平線を堺にして赤い光をゆらゆらと揺らしていた。衝突は夜明けを合図とするであろう。人間の解放を語る人造の冷たい兵団と、神秘の魔法の力を信仰する生身の魔法使いとの戦いの幕開けを、夜を飾る星々が綺羅びやかに彩っていた。
運命のときは近い。
to be continued.
AI-愛-で紡ぐ現代架空魔術目録 本編後日譚第2集その10『宣戦布告』完