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AI-愛-で紡ぐ現代架空魔術目録 本編後日譚最終集その8『交差する光と影、舞う陰と陽』

 週が明け、修学旅行に出発する日が遂に訪れた。日程は次のようになっており、移動日を含めると実に4泊5日の長丁場である。学徒達はみな、初等部の集大成として実施されるこの旅行を心待ちにしていた。「修学」という触れ込みではあるが、要は親睦のための学外活動であり、これほど長期間にわたって学外で時を過ごせることというのは、学徒達にとっては初めてのことである。みな、大いに心を躍らせていた。


初等部修学旅行日程 修学旅行のしおりより
・移動日 タマン港湾地区から、『アンタエオ・アイランド』に移動
・1日目 全体歴史学習『聖天使の墓標』探訪
・2日目 班別自由行動、許可制海水浴・プールアクティビティ
・3日目 全体観光、ショッピング他
・移動日 タマン港湾地区を経てアカデミーへ帰還


 初日の今日は、単なる移動日であるが、高速艇に乗船して南の島を訪れるというただそれだけで、学徒達の興奮を喚起するには十分のイベントであった。太古の歴史と情緒を伝える神話の島『アンタエオ・アイランド』まではタマンで高速艇に乗ったあと、そこからほぼまる1日かかる位置に存在する南方の一大リゾート地だ。11月のこの時期でも十分な気温が保たれていて、海水浴やプール活動を楽しむことのできる常夏の地。また、歴史においては、遠い遠い遥か創生の時代、『神』の命による天地創造の一大事業を終えた『聖天使』が静かに眠る始まりの地としても、つとに著名であった。

 早朝まだ暗い時間帯にアカデミーを出発し、徒歩で南大通りからタマンストリートへと南下した学徒達は、今、タマンの港湾地区に到着し、そこで高速艇への乗船の時を待っている。ここタマン地区の秋は美しい。木々は赤や黄色にとりどりに色づき、吹き抜ける乾いた風は実にさわやかで、歩き詰めでここまで来た学徒達の首筋を濡らす汗を心地よくさらっていた。港には磯の香りが立ち込め、天上に向けて突き抜けゆく、この季節特有の高く透明な空を、海鳥たちが歌を奏でながら舞っていく。さざ波が耳に心地よい。

 しばらく待っていると、汽笛と共に高速艇が入港してきた。興奮と期待に心をすっかり支配されている学徒達にとって、その待ち時間は物の数には入らなかった。友や教諭とかわす会話の一つ一つが、その時間を瞬く間に消化していったのだ。足元をゆする衝撃を伴なって、大型の高速艇が接岸する。

* * *

 マリクトーンの声が聞こえてきた。

「さあ、みなさん。船が到着しました。私たちが乗船する高速艇は3番埠頭に停泊しています。これからそこに移動します。間違えてはいけませんよ。目的の船は3番埠頭です。」

 あの一件以降、学徒達はマリクトーンの指示にすぐには従わないこともしばしばとなっていたが、今日ばかりは、これから始まる旅路の楽しみの方が遥かに勝るのであろう、つまらぬことは抜きにして、その言葉に自ら積極的に従っていた。乗るべき船を間違えるうっかり者が出ないように、マリクトーンが先導する一団の殿(しんがり)をヴァネッサが務めている。その中には、当然して、フィナとルイーザ、そしてルシアン、アベル、ダミアンの姿もあった。あれ以来、クラス内での居場所を失ってしまった3人の少年たち、とりわけ、あとの2人とも微妙な関係となったルシアンは、フィナとルイーザの後にすごすごとついてくる。

 港を照らす陽の光は明るく、これから胸躍る地へと導いてくれるというその船は、陽光の中で実に美しく、繊細に船体を輝かせていた。

 埠頭から船の間は小さな渡し階段で繋がれていて、手すりはあるものの、波の動きに合わせて複雑に上下するそれを上手く渡ることは、なかなか困難を要するものでもあった。学徒を全て船内に押し込んだことを念入りに確認したのち、最後にヴァネッサがそれを渡ると、船員はその渡し階段を船内に回収した。いよいよ出航である。

 汽笛が鳴り、1番埠頭から順に学徒達を乗せた船が出る。2番船を見送った後、ついに3番船も離岸して、白い波しぶきを上げながら、海原を切るようにして、南に向けて駆けて行った。海風はその動きに合わせて一層強くなり、女学徒たちの長く美しい髪を大きくなびかせ、陽光の中に透けて輝くその美しさは、男子学徒達の繊細な心に審美的な憧憬をおだやかにもたらしていた。

学徒達を載せ海原を駆ける高速艇。

 フィナとルイーザは、船首にほど近い場所に席を取っていた。今日も、ルイーザは、友情の証にとフィナが贈ってくれたあの美しい青のリボンで髪を高い位置で一つに束ねている。風に踊るプラチナ・ブロンドのそのたなびきはなんともいえぬ耽美な美しさ奏でてていた。そんなルイーザに、フィナが声をかける。

「いよいよ出発ね、ルイーザ。こんなに安心した気持ちでこの修学旅行に臨むことができるなんて、考えてもみなかったわ。全部あなたのおかげよ。本当にありがとう。」
「そんな、いいのよフィナ。私たちはもう友達でしょ。他人行儀はなしにしましょ?」
「うん。それで、向こうに着くまでの間の楽しみにと思って作ってきたの。よかったら食べて。」

 そう言ってフィナが差し出したのは、小箱に収められたとりどりの手作りチョコレートだった。ただ、そうは言っても、その腕前は見事なもので、知らぬ相手になら、買ってきたものだと言っても通用するくらいの見事な粒が所狭しと並んでいる。白く美しい箱のふたには、薄桃色の絹のリボンがあしらわれていた。

フィナの手作りチョコレート。ルイーザへの感謝のしるしである。

「まぁ、これをあなたが作ったの?」
「うん、あんまり上手じゃないけど…。」
「とんでもない。プロの作品でも十分に通用するわ。とてもきれいでおいしそうよ。」
「そんな…。ルイーザは大げさなんだから…。でも嬉しいわ。どうぞ好きなだけ召し上がれ。」
「ありがとう。」

 そう言うと、ルイーザは表面をホワイトチョコレートでアインシングした、星型の一粒を手にって、それを口に放り込んだ。表面を噛んでやると、割れたアイシングの隙間から中のチョコレートから芳醇な甘さを口の中にもたらしてくれる。どうやらフィナはアルコールを巧みに飛ばした薫り高いブランデーを隠し味に用いているようで、それは実に巧妙にチョコレートの甘みと苦みに美しい統一感を与えていた。そのサファイア・ブルーの瞳が、口内の美味に酔いしれている。

「どう、美味しいかしら?」
「美味しいなんてものじゃないわ。フィナはお菓子作りの天才ね!」
「そんなことはないけど…。もし気に入ってもらえたのなら、どんどん食べてね。」
「ええ、遠慮なくいただくわ。」

 二つ目に口に入れたものは、中にやはりブランデーを用いたと思しきラズベリーのフィリングに満たされていて、その絶妙な酸味がチョコレートの甘さを巧妙に制御しており、言いようのない甘酸っぱさを演出してくれた。ルイーザの手は、もうすかっかり止まらなくなっている。
 フィナもまた、傍らで自身の手による自信作を味わっていた。

 そうこうしている間にも、船はどんどんと南へ駆けていく。中央市街区やタマン地区の11月はもう冬を感じさせる寒さがあるが、南に向かうにつれて、肌に感じられる風は常夏の地域特有のなまめいたつややかさを称えるようになってきた。陽は天頂を東から西へと駆けていきながら、船の行く先をやさしく見送っている。

「ルイーザ、本当にありがとう。」
「どうしたの、フィナ。お礼を言うのは私の方よ。こんなおいしいものを食べさせてもらえるなんて。」
「そうじゃなくて…。」
「うん、わかってる。」
「あなたがいてくれてよかった、ルイーザ。」
「私もよフィナ。これからもずっと一緒に…。」

 そう言うと二人は固く手を取って、南に向かって流れるように変遷していく秋の景色でもって、その麗しい瞳を大いに楽しませていった。
 光と影、陰と陽、その交わりはいつまでも続くかのように、そのときは確かに、そう感じられていた。

* * *

 太陽がやや西に傾きかけ、差し込む光がずいぶん斜めになった頃、ルイーザは荷物からずいぶんと古い本を取り出して、それを真剣な面持ちで眺め始めた。
「ルイーザ、それは?」
「ああ、これね。これは、『アンタエオ・アイランド』の神話と伝承をまとめた古い書物よ。面白いの。」
 そう聞いてフィナはそれを覗き見るが、ルイーザの手の中に在る本は、そのほとんどが古典語よりもさらに古い神話の時代の神秘の文字でしたためられており、直ちにその内容を把握することは困難だった。

「ルイーザってすごいのね。これが読めるの?」
「まあね。といってもところどころだけ、だけど。私、太古の魔法に興味があるの。それで古文書の解読を独学で勉強しているんだ。」
 ページを繰りながら、ルイーザはそう言った。
「へえ、そうなんだ。じゃあこの修学旅行で行くことになっている『聖天使の墓標』についても詳しいのね?」
 興味に任せてそう訊ねるフィナ。
「うーん、そうね。詳しいと言えるかどうかは分からないけど…。なにせ読めない部分も多いから。でもあそこには、魔法学の教科書には記載されていない太古の謎が隠されているみたいなの。」
「へえ、太古の謎かあ。いったい、どんなものなのかしら。」
「ね、興味沸くでしょ?私は、それを探りたいと思っているのよ。」
「ああ、なるほど。だから肝試しなわけね。」
「そう!ご名答。」
「でも、あの遺跡には、学徒達だけでは近づいてはいけないという特別の注意事項があるわよ?」
「大丈夫よ。修学旅行の全体歴史学習の目的地が、そんなに危険なわけないじゃない?」
「確かに、それもそうね。」
 そう言って、二人は朗らかに笑顔を交わした。その間も太陽はどんどんと西に落ちていき、やがて水平線の彼方を茜色に染め始めた。

 茜色と言えば、ルビーの瞳をもつウィザードだが、彼女は何とか調整して、引率としてこの修学旅行に参加できないものかと腐心したようであった。しかしながら、結局、魔法学部長代行という肩書にまつわるもろもろの公務に阻まれて、それはできずじまいとなってしまっていた。その代わりととして、ルイーザの頭上、彼女からちょっと離れたところに、これまでの一部始終をつぶさに見守る、魔法の瞳が揺蕩っていた。

ウォーロックが放った監視の瞳。同行できないウィザードに代わって、『アーカム』から、ルイーザの安全を見守っている。

 西の水平線がいよいよ赤く焼け始めた頃、みなを載せた高速艇はついに『アンタエオ・アイランド』の桟橋を視界に捉え始めた。魔法社会を代表する常夏の一級リゾート地であり、創生と始まりの場所としても知られる古(いにしえ)の神秘の島。船は着々とそこに近づいて行った。

『アンタエオ・アイランド』の遠景。中央にそびえるのが代表的な観光スポットと名高い『聖天使の墓標』である。今回の修学旅行では、全体歴史学習の目的地に設定されていた。

 高速艇は、外海から入り江に入り、そこに設置された桟橋に向かっていく。そしてほどなく、そこに横づけとなった。遂に到着したのだ!桟橋の先には、それ自体が今回の修学旅行の目玉のひとつである、超高級観光ホテルが威風堂々と鎮座していた。その麗しいたたずまいに、学徒達の期待と興奮はいやがおうにも高まっていく。

桟橋の先にそびえる高級ホテル。1階のエントランス前はプライベート・ビーチになっているようだ。3回はラウンジ、4階から上が客室となっている。

* * *

 やがて船は、桟橋に接岸する。ヴァネッサの声が聞こえてきた。

「いいか、貴様ら。楽しいのは理解するが、絶対に羽目をはずすなよ。問題行動は容赦なく補導の対象とするからな。節度を持って大いに楽しめ。いいな。」
 その言葉は厳しさの中に、興奮を抑えきれないでいる学徒達への理解と配慮が滲んでいた。ヴァネッサはいささか厳格な口調で、態度にも威圧的なところが多分に見られるが、決して学徒達への愛情がないわけではない。そのことはは学徒達にきちんと伝わるようで、クラスの問題に対して最後まで責任を持ち、真摯に取り組んでくれる彼女のその姿勢に、大いに信頼を寄せていたし、また慕ってもいた。今は見る影もなくなったマリクトーンの威信と、実に対照的である。否、マリクトーン自身、この中年のベテラン副担任の助力を、大いに心強く感じており、頼みにしているようであった。

 再び、あの上下に揺れる渡し階段が船と桟橋を結んだ。学徒達は慣れない足取りでそこを渡っていく。桟橋を降りると、きめの細かい、それはそれは美麗なプライベート・ビーチの純白の砂浜が、学徒達を出迎えてくれた。さくさくとそれを踏みしめる感覚が実に心地よい。マリクトーンに先導され、みな順にそのホテルのエントランスをくぐっていった。やはりヴァネッサは、間違いなく全員がホテルに収まるように、学徒らの背中を注意深く見守っていく。ルイーザの頭上に揺蕩う監視の瞳もまたしかりであった。

 館内に入ると、その荘厳で豪奢(ごうしゃ)な設えにみな息を飲む。経済的に富貴で貴族の家柄の者が多い、純潔魔導士(ソーサラー)の学徒はそれらを前にしてなお、一種の余裕と慣れがみられるが、そうではない大勢の学徒にとっては、夢幻(ゆめまぼろし)のような世界であり、視界を支配するその非日常の空間にただただ心を奪われていた。

「みなさん、これから割り当てられた部屋に各自移動して、荷物をおいてください。それが終わり次第、2階レストラン前のホールに集合します。その後は、お楽しみの夕食です。」
 マリクトーンが言った。
「ほら、ぐずぐずするな!食事の後はビーチに出て、キャンプ・ファイアを囲んでの団欒のひとときが待っている。踊りもあるから大いに楽しめ。そのためにも、一挙一動、きびきび行動しろ。いいな!」
 マリクトーンの指示を補うようにして、ヴァネッサの檄が飛ばされる。学徒達は、しおりに記載された名簿を頼りにして、めいめいに割り当てられた部屋へと向かって行った。

 フィナとルイーザはもちろん同室で、それは6階にあったが、真正面に海を臨むことのできる見事な部屋であった。

フィナとルイーザの部屋。なんと二人部屋である。

 バルコニー付きの大窓は、全面に海をとらえていて、特にこの時間帯には、昼の光と夜の闇が織りなす、それはそれは美しいトワイライトの空をそこに描き出していた。二人は高まる興奮を抑えきれぬまま、荷物を降ろし、時間を確認する。食事のための集合時間までには20分ほどの猶予が残されているようだ。少々バタバタはするが、一日船上で潮風に当たった身体をさっぱりしたいということで、二人は順に、部屋に備え付けのシャワーを浴びることにした。
 あたたかいお湯と清潔なシャボンの香りが、船旅の疲れをすっかり洗い流してくれる。窓の外の光と影の鬩(せめ)ぎあいにおいては、少しずつ、影の方が勢力を増しつつあり、美しい濃紺の帳(とばり)が水平線の描く海と空の境界を少しずつ曖昧にしていた。まもなく夜が来る。

 それぞれシャワーを終えると、着替えを済ませ、フィナとルイーザは食事のための集合場所に向かった。二人は制服を脱いで、瀟洒(しょうしゃ)なイブニング・ドレスに着替えたようである。しおりによると、宿に到着したのちは、全体行動の場面を除いて、一貫して私服で過ごしてよいということになっていたようだ。

 2階に位置するそのホテル御自慢の、オーシャンビューのレストランは、この地域特産の魚介を心行くまで楽しませてくれるとのだことで、二人の空腹は、これから供されるのであろう美食の虜になっていた。

「いいですか、みなさん。レストラン内では貸し切りのプライベート空間を利用しますから、少々のおしゃべりは構いませんが、他のセクションにはほかのお客様もおられますから、あまり賑やかにしすぎないように。」
「料理はコースだ!まったく贅沢なことだが、みな一緒にこんな場所で食事を楽しめる機会というのはそうそうあるものではない。存分に記憶と腹に思い出を刻めよ。」
 マリクトーンとヴァネッサが矢継ぎ早に指示を飛ばした。

 学徒達は、教諭陣の誘いに従ってレストラン内に入場し、各グループごとに着席していく。ここでも、小ぶりのテーブルではあったが、フィナとルイーザは幸運にも二人だけの席を得ることができた。あとは気の置けない二人きりで、美食を堪能するばかり。まだ幼さの残る少女たちの胸は、その期待で一色に染まっている。

 やがて、料理が運ばれてくる。コースの開始を告げる一口料理のアミューズ・ブーシュを皮切りに、南国特有のハイ・コントラストな色彩に彩られた野菜を中心とする冷製の前菜、次いで、芳醇で濃厚なジャガイモのスープ、その後には、いよいよ南国特産の魚介料理から成るメインディッシュの到来である。
 その宵は、南方特産の高級エビに、各種の魚の刺身をあつらえた一皿で、高級エビに至っては実に1人に1匹がふるまわれるという豪勢さであった。刺身に使うソースにも高級店ならではの工夫が多分に凝らされていて、オーソドックスな東洋の大豆ソースを筆頭に、オイルソースからクリームソースに至るまで、実に様々な味の変化を楽しむことのできる構成となっていた。添えられている野菜や果物、柑橘類のさわやかな香りが、それ以前に供されたもので満たされつつあるようにも思えた胃の腑に、まだまだ空のあることをつぶさに教えてくれていた。

高級エビまるまる1匹と各種魚介の魚の盛り合わせから成るメインディッシュ。

 ともに、格式高いソーサラーの家の出であるフィナとルイーザにとっては、こうした料理に親しみがあると言えばあったが、しかしやはり、日常を離れた特別の空間で、しかも特別の親交をあたためてきた相手と、差し向かいで喫する食事というのは、少女たちの心に言いし得ぬ胸の高鳴りをもたらしていた。

「おいしいわね!」
「うん、本当。」
「私、『アンタエオ・アイランド』に来るのは、実は今回が初めてなんだけど、こんなにおいしいものが食べられるなんて、これから行きつけになりそうだわ。」
「たしかに、その魅力は十分にあるわね。」

「ねぇ、フィナ?」
「なぁに、ルイーザ。」
「食事の後はビーチでキャンプ・ファイアだけど、よかったら、一緒に踊らない。」
「うん、そうしましょう。」
「たくさん思い出を作りましょうね。」
「うん。」

 透き通るエメラルドとサファイアの光は麗しく交差しながら、目の前の皿を少しずつ空にしていった。その様子を、もう一つの瞳がつぶさに見守っていることを二人は知る由もなかった。

 メインディッシュの後には、ちょっとしたチーズの盛り合わせが供され、それに続いてデザートが姿を現す。さすがは南国のリゾート地、デザートはお菓子類ではなく、パッションフルーツの見事な盛り合わせであった。

これでもかというパッションフルーツの盛り合わせ。さすがにこのころになると、彼女たちの胃の腑の空きスペースもずいぶん少なくなっていた。

 その後には、薫り高いお茶が供されて、食事は終了である。再び、教諭陣の声が聞こえてきた。

「食事は各自のタイミングで自由に終了していい。そのあとは、午後8時にホテル前のプライベート・ビーチに集合だ。このイベントは強制参加ではないので、部屋で過ごしたい者はそうするといい。ビーチに出る者は、着替えるのを推奨する。動きやすい軽装がおすすめだ。遅刻はするなよ!」
「それでは、私たちは一足先にビーチでキャンプ・ファイアの準備をしておきます。」
 ヴァネッサとマリクトーンはそう言うと先に席に立って、他のクラスの教員たちと共に、準備の為にビーチに繰り出していった。

 大きな月が、砂浜を白く照らし出しており、波の上に広がる漆黒の虚空を満点の星空が彩っていた。星々の明滅はまちまちで、それがなんともいえない複雑な模様を宵闇のカンバスに描き出していた。
 やがて、その自然の光に、キャンプ・ファイアの人工的な光が加えられていく。ビーチが俄かに赤く、明るくなった。

* * *

 午後8時少し前、フィナとルイーザの二人は、ビーチに降り立った。月明かりが照らす砂浜の白さと、燃え盛るキャンプ・ファイアの火が彩る赤、その間を揺れる夜の黒、光と影は実に芸術的な色彩を思うままにその場には放っていた。

「行こう!」
 手を繋いでその砂浜を駆ける二人。若きその二つの魂は、美しい一対の人型の輪郭の連鎖を形作りながら、燃え盛る炎へと近づいて行った。

海辺で炊かれるキャンプ・ファイアの火。

 あたりには、ホテルの依頼に基づくのであろう、地元の有名なバンドグループが奏でる情熱的な音楽が、視覚の上に聴覚の刺激を重ねていた。ぱちぱちという薪のはぜるスタッカートが、旋律に心地よい際(きわ)を与え、自ずから身体が動き出しそうになるその独特のリズムに乗って、若い少女たちは火の回りで戯れていく。

「ねぇ、フィナ。踊りましょう!」
「うん。ルイーザ、一緒に。」

 焚火を囲んで、軽やかに舞うエメラルドとサファイア。絶え間なく変化するその二つの輪郭は宵闇の中で巧みに交差していく。それは文字通り、光と影、陰と陽の麗しい共演であった。

エメラルドの輝きを称えるフィナ。
透き通るサファイアを思わせるルイーザ。

 フィナの白銀髪とルイーザの白金髪は対を成すようにその場に揺れ、赤く染められた白い砂浜の上に、動的な影を刻んでく。二人の間で、言葉はもはや意味をなさなかった。ただ、南国の拍子に合わせて繰り出される手足と胴の連続的でリズミカルな所作の連鎖だけが、その内心に、確かな絆があるのだということを情熱をもって物語っている。
 二つの影は、いつまでもその動きを止めることはない。時と共に、それは互いに溶け合い、深く結びついて行った。薪の火と、そこから舞い散る無数の火花が、その熱情の熱さと深さ、そして複雑さを物語っている。

 その静と動の一瞬一瞬を、潮騒が巧に調和させていった。まるで時間など、二人の間には存在しないかのようにして、その舞踊はいつまでもいつまでも続いていく…。

 常夏のビーチで、秋の夜が静かに更けていった。だが、残酷にも時計の歯車は、二人の間に永遠の融合を与えてはくれなかったのである。

 地平の裏を進む太陽は、二日目の到来を静かに、しかし着々と準備していた。新しい朝が来る。

to be continued.

AI-愛-で紡ぐ現代架空魔術目録 本編後日譚最終集その8『交差する光と影、舞う陰と陽』完

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