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AI-愛-で紡ぐ現代架空魔術目録 本編後日譚第5集その1『下着泥棒を捕まえろ』

 リアンとカレンが『アーカム』で再会を果たしてから早くも数週間が過ぎようとしていた。『アーカム』に逗留するウィザードたちは、何とかして日常の世界に戻れないか、その術を模索しており、『三医人の反乱』の際、それぞれ強敵を退けてから療養のために後送されていたという体にして、諸所ほとぼりが冷めた後に人知れず戻ってこようと思案しているようであった。
 そうこうしている内にも、時期は9月へと至り、酷暑をひきずりつつも陽の光や吹き抜ける風の中に秋の到来が色濃く感じられる、そのような季節へと入り始めていた。
 しかし、そうした健全でさわやかな日々には似つかわしくもない不埒な事件によって、俄かにアカデミーは騒然としていたのである。これは、その怪奇をめぐるひとつの物語である。

* * *

 中等部生でありながら『アカデミー治安維持部隊』の非常勤エージェントを務めるシーファは、今、同部隊を新たに取り仕切ることになった人物に呼ばれて、『アカデミー治安維持部隊』の指令室に呼び出されていた。

「新学期が始まったばかりで忙しいところに呼び出してすまない。先のアカデミー防衛線の後行方不明となった参謀長官殿については、負傷状態で発見されて、タマン地区に後送されたというところまで明らかとなっている。しかし、搬送経路に関する情報がひどく錯綜している上に、ところどころが失われていて、現在の所その所在を覚知することができないままだ。タマン地区内の主要医療施設のどこかにいらっしゃる可能性が高いが、ここアカデミーを含む各都市の復興と指揮系統の再構築が最優先される現在の状況では、人を遣って事態を確認するという事が難しい。そこでだ。実情が明らかになるまでの当面の間、この私がアカデミー治安維持部隊の指揮を臨時に担うことになった。改めて自己紹介する。この度、警視監代行に着任したレイ・ライホゥ中尉だ。よろしく頼む。」

 シーファの前に陣取る指揮官はそう自己紹介をした。

「お会いできて光栄です、警視監代理。私は、中等部(Adept)2年のシーファです。何卒、よろしくお願い申し上げます。」
 そう言って、シーファは敬礼をして見せた。
「ところで、今日はどのような御用でしょうか、警視監代理殿。」

「ふむ。シーファ君。実は、君の友人達とは、先のルート35防衛線でともに戦った。リアン君、カレン君、アイラ君という。彼女たち3人は実に勇敢であった。君もまた同じように勇敢であり、任務に忠実であると期待している。」

「恐縮です。」

「それで、すでに君も聞き及んでいる通り、新学期に入ってからなんとも不埒なことに、学徒寮において下着泥棒が頻発している。被害者には男子学徒も若干含まれているが、その多くは女学徒で、この破廉恥極まりない事件によって皆日常生活に支障をきたしているのだ。そこで、君にはこれから紹介する者達とともに、この怪事件の捜査と解決にあたってもらいたい。」

「はい、その事件については私も聞き及んでおります。よろこんで、任務を拝命いたします。必ずや女性の敵ともいうべきその不届者を逮捕して御覧に入れます。」
 シーファは力強く答えた。

「実に心強いことだ。それでは、この事件について君とともに捜査に当たってもらう、君の上司に当たる人物を紹介しよう。まずは、高等部2年のカステル・ウィンザルフ警部だ。今回の捜査の指揮をとってもらう。」

カステル・ウィンザルフ警部。今回の事件の指揮を執る。

「やぁ、シーファ君。久しぶりだね。君とはアカデミー防衛戦でご一緒した。今回も共に働けることを嬉しく思うよ。よろしく頼む。」
 そう言って、カステルは手を差し出した。その少女は、艶やかな黒髪を上げ髪にし、美しい瞳を黒く輝かせている。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします、警部殿。ともに女性の敵を追求できることを喜ばしく思います。以前のように最善を尽くします。」
 シーファはその手を取って答えてみせた。

「続いては、高等部1年のセラ・ワイズマン警部補だ。君は彼女とも面識があると聞いている。彼女には、カステル君の補佐と君の指導を担当してもらう。」
 そう言うと、レイ中尉は、もう一人、輝かしい銀髪に黄金の瞳をもつソーサラーの少女をシーファに紹介した。

「セラ・ワイズマンです。あなたとは、『シメン&シアノウェル病院』の査察でご一緒して以来ですわね。またご一緒できて嬉しいですわ。事件解決に向けてともに頑張りましょう。」
 そう言って、片手を差し出した。

セラ・ワイズマン警部補。カステルの補佐を担当する。

「はい。またご一緒できるのを嬉しく思います。」
 彼女の手を取って、シーファが応える。

「ぜひ共に力を合わせて犯人を特定・逮捕し、学内に平和と安全を取り戻してもらいたい。カステル君は逐次私に報告をあげてくれたまえ。後の二人は、彼女の指揮の下で、早期解決に向け尽力してもらいたい。それと、この度の任務を授けるにあたり、シーファ君。君には巡査長代行の地位を与える。正式な昇進は、高等部進級を待ってもらわなければならないが、権限については正規のそれと大差ない。存分に力を振るってくれたまえ。よろしいかな?」
 レイ中尉がシーファに視線を送る。

「はい、謹んでお受けいたします。ご期待に沿えるよう、最善を尽くします。」

「結構。それでは、何か質問はあるかね?」

「ございません。」
 心強い三重奏がこだまする。

「では、以上だ。君たちにはここの隣の第一捜査室の使用を許可する。そこを本件の捜査本部としたたまえ。人手が必要な時は、所定の申請を経てくれれば、可能な限り協力する。では、解散。」

「はい。」
 再び三重奏を奏でてから少女たちは指令室を後にし、それからすぐに第一捜査室に場所を移した。これから早速に、アカデミーを騒がせる破廉恥な輩を捕まえるための作戦会議を始めるのだ。正義感の塊のようなシーファの両の手に自ずから力がこもった。

* * *

「さて、命令を受けたはいいものの、どこから始めるかですわね。」
 セラが口火を切る。
「確かにな。目下のところ、被害件数だけは多いものの、明らかになっていることは少ない。手がかりには乏しいわけだ。セラの言うのももっともだ。」
 カステルがそれに応じる。
「現時点で、わかっていることから整理してみるというのはどうでしょう?」
 シーファがそう提案した。
「そうだな。とりあえず現時点で分かっていることを書き出してみよう。」
 カステルがそう言うと、セラが黒板に記録をする準備を始めた。

「まず、第一に、犯行は必ず夜中に行われていますわ。」
 そう言って、セラはその旨を黒板に書き出した。
「狙われるものの多くは女学徒だが、男子学徒にも被害者がいる。」
「そうですわね。」
 セラの手が動いていく。
「今のところ、室内に忍び込まれるという事はなく、屋外に干している洗濯物が狙われていると聞きました。」
 シーファが見知っているところを述べた。
「その通りですわね。今のところ部屋への不正侵入の報告はありませんわ。」
 そう言って、セラが板書を進める。
「これまでに狙われたのは中等部と高等部だけだな。終学(Master)と初等部からの被害報告はない。」
 そのカステルの言葉をセラが書き留めていく。
「他にはどうですか?」
 シーファが訊くと、
「他にはこれといった手がかりはない。男子学徒の被害もあることから直ちに断定はできないが、いわゆる女学徒の持ち物を狙った破廉恥な愉快犯なのだろう。動機については、まあよくある若気の至りなのだろうな…。」
 カステルが応じた。
「また深夜に、外部からアカデミーに侵入した者の形跡は現在までのところ見つかっていませんから、内部犯、非常に言いにくいですが、学徒が犯人である可能性が今のところ高いと言わざるをえませんわね。」
 セラがそう付け加える。

「そうだとするとだ。これらの情報を総合すると、現時点で見えてきそうな犯人像というのは『異性への性的関心あるいは憧憬が深く、そうした興味を大いに持つ学徒で、被害者の比率から考えて、男子学徒の可能性が極めて高い』ということになりそうだな。男が男物を狙うというのは、どうにもわかりかねるが…。」
 カステルがそのように所見を述べた。セラとシーファもそれに得心する。

「ならば、学徒が運営しているサークルやクラブ活動の類で、そのような、異性、特に女性に対して特別な視線を向けている団体の活動を追ってみるというのはどうでしょうか?」
 シーファがそう提案した。

「それは一理あるな。サークルやクラブ活動の多くは、活動報告や部員勧誘等の為に『神秘の雲』上で独自の情報発信を行っている。それらの中から、女性に対して何らかの偏重的で不埒な視線を送っている、あるいは取り扱いをしている場所を探してみるというのは初動としては有効そうだ。」
 カステルは、そう応じた。

「それでは、早速調べてみますかしら?」
 そう言うと、セラは捜査本部に設置された固定式の魔術式電算装置の前に移動してその前に座り、検索を始めた。彼女は学内の公式情報を経由して、各サークルおよびクラブ活動の公式の情報にまずはアクセスしているようだ。男子学徒が女性を対象に関心を寄せるところといえば、魔術映像研究会、魔術アイドル研究会、魔法・魔術総合文芸部などが思い当たった。セラの手によって次々と繰られていく情報表示画面を、その背中から覗き込むようにしてカステルとシーファが見つめている。

「公式のサークルまたはクラブ活動に、該当のものはなさそうですわね。」
「ふむ。」
 セラとカステルが互いに顔を見合わせる。
「ひとまず、同好会の類も探ってみてくれたまえ。」
「わかりましたわ。」
 カステルの要望を受けて、セラが捜査を続ける。

 秋の陽は高く、空は美しく天上めがけて突き抜けるように透き通っていた。まだ紅葉の時期には早く、夏の繁茂の名残を残した青々とした枝がさわやかな風に揺れている。捜査本部の窓からは、その揺れる影が、薄灰色の輪郭を床面にやさしくゆすっていた。
 静かに時間が経過していく。

* * *

「見てください。こんなのがありますわ。」
 そう言ってセラが見せる先には『Our Angel(僕たちの天使)』という、どうやって撮影したのかは俄かに不明であったが、とにかくも女学徒の魔術記録を掲載しているらしい、学内の個人サークルが管理運営する情報を示していた。
 それは、一般的に愛らしいと評価されるのであろう美しい少女たちの魔術記録を紹介する場所のようであったが、同年代の異性に対する羨望と憧憬を形にしているという点では、三人が睨んだところに合致していた。

Our Angel(僕たちの天使)のトップページ。

「あまり褒められたものとは言えないが、きわどいものはあっても破廉恥極まるということもなさそうだな。」
 そう言って、カステルが覗き込む。
「そのようですわね。とても閲覧を推奨はできはしませんが、見てはいけないと言うほどでもないと私も思いますわ。それにしてもこのような魔術記録をどこから集めてきたのでしょう。その点が不思議ですわ。」
 セラも、公開されている情報を閲覧しながら所感を漏らした。

 しばら、魔術式電算装置の画面を見入る三人。しばらくして、ある場所を見たシーファが声を上げた。

「これ、リアンだわ。リアンの魔術記録が載っています。」
「ほぅ、そのリャンとは何者だね?」
 そう訊ねるカステルに、
「リアンは、私の友達で、レイ警視監がルート35で共闘したとおっしゃっておられた人物の一人です。こんなところに載っているなんて…。」
 シーファはそう言った。

「ふむ。ということは、そのリャンなる少女がもし窃盗の被害にあっていととするならば、ここを運営しているものが彼女を名指しで直接狙った可能性が出て来るな。」
 片手を顎に当て、考え込むようにしてカステルが言った。
「確かに、その推理は成り立ちますわね。自分の憧れの存在をここに掲載したものの、その思いが一線を越えてしまって、犯人を犯行に駆り立てたというのはあり得ることですわ。」
 セラもカステルの考えに賛同のようだ。

「シーファ君。このリャンに会って直接事情を聴くことはできるかね?」
 カステルがそう訊いた。
「はい、それは可能です。必要とあれば連絡をとってみますが。」
「頼むよ。まずはそのリャンに話を聞いてみよう。もし彼女が被害にあっていれば、次はここの運営者に話を聞くことになるだろうな。」
「了解しました。連絡をとってみますから、しばらくお待ちください。」
「ああ、よろしく。」

 そうやり取りした後で、シーファは場所を部屋の隅に移し、通信機能付の携帯式魔術記録装置を取り出してリアンに通信を試みた。しばらくして応答がある。

* * *

「もしもし、シーファ。どうしたですか?」
「リアン、忙しいところごめんね。実は『アカデミー治安維持部隊』の仕事であなたに正式に訊ねたいことがあって。」
 シーファが要件を伝える。
「それは構いませんけれど、またずいぶん改まったことなのですよ。一大事なのですか?」
 リアンが訝しがって訊ねる。
「詳しくは会ってから話すわ。ひとまず私の上司に当たる方々とこれから一緒にあなたの部屋を訪ねてもいいかしら?」
 シーファが訊くと、リアンは快く了解した。

「捜査に協力してくれるそうです。これからすぐに会えるようなのですが、どうでしょうか?」
 そう言うシーファに、上司二人は頷いて答えた。
「それはちょうどいい。早速出向くことにしよう。セラ、準備を頼むよ。」
「わかりましたわ。少々お待ちくださいな。」

 カステルとセラはこれまでにも一緒に仕事をしたことがあるようで、両者の間には独特の阿吽の呼吸があった。魔術式電算装置の電源を手早く切り、部屋の中に重要書類等の忘れ物がないかを手早く見回った後で、セラが言うった。
「さあ、よろしいようですわ。シーファさん、案内してもらえるかしら?」
「はい、こちらです。参りましょう。」
 そのシーファの言葉を受けて、三人は中等部の寮にリアンを訪ねに向かった。

 太陽は先月よりも幾分駆け足で西に向かって行く。木々や建物の影が早くも長く伸び始めている。青く抜けるような空が、地平に近いところから少しずつ茜色に染まりつつあった。

 中庭を抜け、中等部の寮がある建物に入る。リアンの部屋はシーファにはお馴染みの場所だ。呼び鈴を鳴らすと、入口の戸を開けてリアンが姿を現した。
「シーファ、待っていたですよ。」
 その言葉を聞くや、カステルがおもむろに問いかけを始めた。
「君がリャンだね?早速だが、今アカデミー中を騒がしている例の事件の被害に遭わなかったかね?」
 いきなり核心を突く突然の来訪者にリアンが当惑していると、シーファが言った。
「急にごめんね、リアン。実は例の事件について私たちが捜査に当たることになったのよ。こちらは責任者のカステル警部、それからセラ警部補よ。犯人確保のためにぜひ協力してほしいの。お願いできないかしら?」
「わかりましたです。突然でびっくりしましたが…。とにかくここではなんですから、中に入ってくださいですよ。」
 そう言うと、リアンは三人をリビングへと通した。ほんの数週間前、カレンを探しに行くのだと言って大荷物をこしらえていたその部屋も、今ではすっかり片付き、平静を取り戻していた。

「どうぞ、かけてくださいなのですよ。」
 そう言うリアンの促しに従って、三人はテーブルを囲った。
「例の事件というのはあの困った泥棒のことですか?」
 リアンが訊いた。
「ああ、そうだ。実はまだ確たることはなんとも言えないが、捜査線上に浮かんだある組織と君との間に接点が見いだされてね。それで、君が被害にあっていないか確認したいのだよ。」
 カステルが話を始める。
「それは…。」
 言いよどむリアン。その顔は真っ赤になっている。
「どうした?なにか心当たりがあるのか?」
 そう追及するカステルの言葉に、リアンは耳まで赤くして小さく頷いて答えた。
「被害にあったのだな?」
 重ねて頷くリアン。その返答にシーファも驚いている。
「なるほど。ということは、どうやらリャン君は狙われて被害にあったようだ。それはいつのことだね?」
 カステルのその問いに、
「4日前のことです。普段は部屋の中に干すのですが、その日はとても風がよかったので、めずらしく外に干したのでした。それが不味かったようで、あくる朝には物干しが空っぽになっていたですよ。」
 話しにくそうにしてリアンが応えた。

「そうか…、4日前か。」
「4日前と言えば、満月の美しい晴天の夜でしたわ。」
 カステルにセラが返事をした。

「被害は届けなかったのリアン?」
 シーファが訊ねると、
「だって、はずかしいのですよ。いろいろ聞かれるでしょうし…。」
 うつむいたままリアンはそう答えた。
「で、犯人に心当たりはあるかね?」
 そう訊くカステルに、リアンは首を横に振る。

「では、これを見ていただけるかしら?」
 セラが、そう言って携帯式の魔術式電算装置の画面を見せた。そこには先ほど確認した『Our Angel(僕たちの天使)』の情報が表示されている。
「『神秘の雲』のこの情報に心当たりはありますかしら?」
 その画面を見て、リアンの美しい青い瞳が丸くなっている。そこに映っているものが俄かには信じられないという様子であった。
「いえ、ないのですよ。初めて見ます。」
 セラの問いにリアンはそう答えた。
「ここに写っているのはあなただと思うのですが、間違いないかしら。」
「そうだと思いますですよ。でも、こんな魔術記録撮られた記憶がないのです。ちょっと気味悪いですよ。これはだれが管理しているのですか?」
 嫌悪感を隠さずに、リアンがそう訊ねた。

「今はまだここの運営者について伝えることはやめておこう。君の安全のためでもあるしな。しかし、どうにもこの魔術記録はあまり出自のよいものではないようだ。少なくともリャン君の了解を得たものでないことは今はっきりした。どうやら決まりかな?」
「そうですわね。」
 得心行ったように顔を見合わせるカステルとセラ。シーファも頷いている。
「どういうことなのですか?」
 そう訊ねるリアンに、
「どうやら、ここの運営者が自分の好みの女学徒を狙って犯行に及んだようなのよ。少なくとも現時点では、私たちはそうあたりをつけているわ。とにかく、ここの運営者をまずは調べてみることになるわね。」
 シーファがそう答えた。
「そうなのですか…?」
「そうだ。だから、何事かわかるまで、君はしばらく身の回りの安全に務めてくれたまえ。間違っても自分で犯人を捜そうなどとはしないようにしてくれよ。捜査の経緯は話せる限りでシーファ君経由で伝えることにするから、心配しすぎることなく待っていてくれ。」
 カステルのその言葉に、リアンも幾分か安堵したように見えた。

「わかりましたですよ。みなさんにお任せするです。他に、何かお手伝いできることはありますですか?」
 リアンがそう訊ねると、セラがそれに応じた。
「それならば、盗まれたものがどのようなものだったか教えてもらえると助かりますわ。犯人の、何といいますか、好みのようなものがわかりますもの。後で、それを参考におとりを仕掛けることもできますわ。」
 その言葉に、一瞬躊躇いを見せたリアンだった。言葉でそれを語るのは羞恥心が許さなかったのであろう、彼女は引き出しから1枚取り出して、それを広げて見せた。
「こんなのですよ。お気に入りだったのですが。」
 そう言って、片手でぽりぽりとこめかみをかいている。

「なるほど。こういうのが最近の若い男の好みなのか。勉強にはなるな。」
 ずいぶんと感心したようにカステルが言った。
「まぁ、この人ったらずいぶん面白いことを言いますわ。そんなにまじまじと見つめたらリアンさんが困惑なさいますわよ。」
 セラがそう言ってたしなめた。
「それもそうだな。しかし大いに参考にはなる。作戦は今後立てるとして、ひとまずリャン君には感謝だな。」
 そう言うと、カステルは席を立った。
「リャン君、今日はありがとう。協力に答えられるように最善を尽くすよ。」
「朗報をお待ちくださいね。」
 セラも後に続いた。
「リアン、今日は突然ごめんね。ありがとう。また連絡するわ。」
 そう言って、最後にシーファが席を立った。
「どういたしましてですよ。とにかく厄介な犯人ですから早く捕まえて欲しいのです。安心して夜に干せないのは困るのです。」
「その通りだリャン君。あとは我々に任せたまえ。」
「はい、それはいいのですが、私はリアンなのですよ…。」
「わかっているよ。君は我々の力強い協力者だ!」
「えっと…。」
 そんな会話を繰り広げながら、リアンに戸口まで送られて、三人は彼女の部屋を後にした。

 すでに秋の陽は地平線の裏に隠れ、その輪郭を赤く焼いている。石畳には赤い光線が広がり、その赤光の中で伸びる長い影が、赤と黒の美しいコントラストを描いている。

「ひとまず、今日はこれで解散としよう。私とセラは一度捜査本部に戻るが、シーファ君はここまででよい。ご苦労だった。」
 カステルがそう言った。
「もしお邪魔でなければ私もお供しますが?」
 そう言うシーファに、
「大丈夫ですわよ。部屋には一度戻りますが、この人はレイ警視監への報告書を書くだけですし、私は資料の整理と戸締りをするだけですから、同行の必要はありませんわ。それより、明日はあそこの運営者への事情聴取に行きますから、しっかりコンディションを整えておいてくださいな。」
 セラがそう答えて言った。

「わかりました。それでは明日何時にお伺いすればよろしいですか?」
「最終の講義がはけたあと、16時半に捜査本部で集合しよう。その後、17時を目途に目的の相手を訪ねることにする。気取られれて妙な準備をされないように聴取は抜き打ちで行うことにする。」
「了解しました。」
 シーファとカステルはそう言葉を交わして、明日の捜査日程を確認してからその場で別れた。

 遠くでカラスが鳴いている。この時期は陽が沈むのがずいぶん早い。先ほどまで地平のすぐ下でくすぶっていた夕日は瞬く間に深く沈みゆき、色濃い濃紺の帳が天頂からあたりを覆い始め、ちらちらと瞬く星の輝きが見える。石畳を吹き抜ける風からは湿度と熱気が抜け、汗をさらう時に何とも言えない。さわさわという木々の揺れる音が心地よい気配を醸している。

 寂寥とした地平線に背を向けて、先を行く二人の先輩エージェントを見送りながら、シーファもまた中等部の自分の寮室へと帰っていった。いよいよ、アカデミーを騒がせる珍事件の本格的な捜査が始まる。明日に向けて決意を新たにするシーファの背を登りゆく月が眺めている。

to be continued.

AI-愛-で紡ぐ現代架空魔術目録 本編後日譚第5集その1『下着泥棒を捕まえろ』完


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