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2019年夏カザフスタン・キルギス旅行~なぜカザフ・キルギスに行ったのか~

〇とりあえずどこか行ってみよう!

 世界中には、旅人が多く存在しており、ちょっとネットを覗くと、数多なるバックパッカーのブログなどを読み漁ることができる。日本の大学生にも、安く、身軽に、時間と体力だけをたくさん持って各国を渡り歩いている人が大勢いる。私は、時に旅先でのパンチあるエピソードを得意げに披露する人々の話に少なからず感銘を受け、そのような類の刺激的な体験をしたいと思っていた。彼らを羨みもした。なぜなら、学生時に壮大な海外旅行に金と時間を使う実行力が私にはなかったからだ。
 後悔の念を抱きながら迎えた社会人1年目の夏、盆に9連休も取得できそうだと分かった7月下旬、一人で海外旅行に行くことを考えた。予算は限られているので、航空券が往復10万円程度でとれるところ、それ以外の費用が5万程度であることを考えつつ、グーグルマップを眺めてはどこに行くか悩んだ。
 

〇どこへ行こうか?

 学生時代、スキーに打ち込んでおり、何度か海外遠征に行ったが、その中でロシア、エストニアが気に入ったことから、旧ソ連の国々に目をつけた。地図上で最も目に入りやすい旧ソ連の国は、国土の大きいカザフスタンであった。また、2017年のロシア遠征中に、カザフスタン代表選手に、格安でスキー板を譲ってもらったり、それはそれはうまいミルクティーを飲ませてもらった思い出があるため、個人的に印象的な国の一つであったことも後押しし、インターネットで調査を開始した。


 奇遇にも、7月にカザフスタンの首都ヌルスルタン(旧アスタナ)―成田間直行便が就航していた。それも格安航空会社の運行で、盆にも関わらず往復6万程度で行けるようだ。これを使わない手はない。首都はアスタナと記憶していたが、どうやら3月に大統領が変わり、ヌルスルタンに改称したそうだ。権力集中を推進し、29年も居座り続けた大統領が交代したという、そんな一大事の直後の国に行けるなんてと、私は非常に興奮した。


 ところで、中央アジアの独裁者と言えばトルクメニスタンのニヤゾフ(2006年に急死)が有名だ。ニヤゾフ肖像の大量設置などによる個人崇拝が行われていたことや、メロンが好きすぎて「メロンの日」という休日を制定するなど、「崇拝」と「自分本位に思われる施策」を実行する魅力的な独裁者であった。私はそのような独裁者の痕跡を求めてトルクメニスタンに行きたかったのだが、ビザを取るのが面倒らしいのですぐにあきらめた。


 カザフスタンから比較的容易に行ける国の一つにキルギスがある。ここは山岳国家で、登山好きの私としてはそれだけで惹かれる国である。ビザも不要である。また、カザフのアルマトイからキルギス首都のビシュケクまではマルシュートカと呼ばれる乗り合いタクシーで安く容易に行ける。というわけでカザフとキルギスの2本立てで旅行を企画することとした。

〇計画


 行きはヌルスルタンへ直行便、帰りはキルギスのオシュからロシアのノヴォシビルスクを経由して成田へ帰る航空券を予約した(12万円程度)。いつまでもEチケットを送られてこないので、海外の代理店に電話で英語使って(得意でないのでたいそう緊張した)催促したところ、メールにベタ打ちのEチケットが送られてきた。ノヴォシビルスクでのトランジット時間は2時間足らずだったが、それだけでもトランジットビザが必要である。出発直前に行くことを決めた私は、あわててロシアビザセンターに金を積み、ビザをぎりぎり間に合うようにとってもらったが、それだけで3万円くらい使い、航空券以外の予算の60%はここで使い果たしてしまった。


 航空券手配、ビザの手配、海外旅行保険の手配はすべてネットでできてしまうので、あまり海外に行く現実感はなく段取りができてしまう。あとは現地で何をするか考えるのに専念するだけでいいのだ。海外完全一人旅は初めてなので、行って何をするかよりも、あまり計画は立てずに、その場その場で行きたいことやりたいこと決め行動し経験を積もうと考えた。高知県馬路村の観光ガイドをしているK氏は、村へやってきた若者旅行者に「どうして馬路村に来たのか」と問うと、「何か楽しそうだ」とか「何となく」とかおっしゃるそうだ。これには「行ったら何か楽しませてくれるはずだ」という思いがあるのではないかということで、ディズニーランドへいく人々とさして変わらないとのことだ。この時の私も、完全に現地任せ、「向こうに着いたら何か楽しめるだろう」という、氏の言う旅行者と全く同じ、極めて安直なスタンスである。

 ヌルスルタンからオシュは遠く離れており、万が一帰りの飛行機に間に合わなかったら勤務先に大きな迷惑をかけることになるので、何日にどこの都市にいるかだけは決め、都市間の移動の検討をつけておくことにした。もし失敗して飛行機に乗れなかったら、あきらめて現地で暮らすことにしよう。勤務先には海外旅行届というナンセンスな書類を提出する必要があったので行く国は知られてしまったが、泊まる宿などは適当に、如何にもありそうな名前を考えて書いておいたので、勤務先の人が追いかけてきても捕まえることは困難であろう。そもそも、使えないポンコツ新入社員を中央アジアまでわざわざ捕まえに来ることはないだろうと思われる。


 ネットで調べるのにも飽きてきた私は、本で情報収集することにした。まず、井上靖作の小説「蒼き狼」を読み直した。これは有名な「チンギス・ハン」の幼少時から大国を築くまでの生涯がもととなっており、遊牧民族の勇猛さがよく表現されている。ロシアなどから入植した人以外の中央アジアの人々のルーツは遊牧民族であるだろうし、現在も存在しているのだから、これは中央アジアを知る上で実に有意義な読書だったと思っている(小説だが)。他は、海外旅行本の定番の一つである「地球の歩き方」と、「中央アジアを知るための60章」、「テュルクを知るための61章」という本を買い込み、時間がなかったので気になるところを読み漁った。前者は旅行のための実践的な事柄が記されており、移動手段を考えることに大いに役立った。有名な観光地への行き方楽しみ方や、ご丁寧にスリに注意すべきところなども書いてあった。後者の2冊は歴史や文化について書かれており、ますます中央アジアに対して興味を持つきっかけとなった。かくして私は、旅行に向けて急速に気合を高めていくことに成功した。

〇出発へ 

 荷造りはたいそう億劫だったが、パスポートと財布、スマホ、着替えがあれば十分だろうということで、それらをリュックサックに詰め込むのに5分もかからなかったであろう。成田空港で軽量した際はわずか3.5キロの重量であった。はるか遠くへ行くにもかかわらず身軽だったので、最後まで出かける実感などなく、日本を出る感慨など一切起こすことはなかった。


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