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[短編小説]家族の愛~「王様とロバの耳亭にて」シリーズ

ホラー、家族もの。人間怖い系。夢野久作先生風モノローグ小説(独白体)。


突然申し訳ありません、あの、このお店まだ開いて……?ああ……よかったです。ここ「王様とロバの耳亭」ではどんな人でもどんなことでも、身分を知られずに懺悔できるとお聞きして。今、よろしいでしょうか……。

ああ、ありがとうございます、そうなんです、これまでどこにも吐き出せなくて……。だって、どうしようもないひどい人だとか、赤の他人には思われたくないものでしょう?こういうところでもないと、なかなか……ねぇ。

え、注文?ああ、メニューの中から1商品は必ず選んで、というのがお店の決まりでしたね。それなら……そうですね、これ、ロイヤルミルクティーをひとつ。砂糖も頂けますか。何だかすごく疲れてて、甘いものが欲しくて……。

ええ、はい……はい、ありがとうございます店長。それでは少し長い話になりますが、ぜひ最後まで聞いて頂けると救われます……。

私は結婚するまで両親と妹、という家族構成で暮らしていました。父方の祖父や祖母もいましたが中学生になるかならないかという年の頃には亡くなってしまったので、それ以降はずっと4人家族として生活していました。

妹は5歳以上年が離れているので、どちらかというと一人っ子が2セット、みたいな姉妹です。取っ組み合いの喧嘩になることもなければ、おもちゃの奪い合いをすることもない。相手が小学生ならこっちは高校生。そんな状況では同じ土俵での喧嘩もほとんど起こり得ないものです。

両親はある意味典型的に父が会社勤めのサラリーマン、母は仕事をしていましたが父と見合い結婚をして主婦になったという夫婦です。経済状況的にも中間層、すごくお金持ちでもなければ貧乏過ぎて日々の生活に苦心するほどでもない、2人の子供を何とか大学まではギリギリ行かせられるくらい、という家庭です。家庭内暴力があるわけでもなく、特に問題がある家庭環境でもない。

しかし私は何となく、両親のことを心から好きだと思えませんでした。テレビのCMなどで幼い子供が無邪気に笑って「おとうさん、おかあさん、だあいすき!」みたいな発言をするのを見て「気持ち悪…」などと思っていました。少なくとも、私は両親を「大好き」とは思っておらず、CMの子供に共感はできませんでした。

しかし、何か説明できる「両親を嫌いな理由」があるわけではないのです。毎日のように殴られたり声を荒げて罵られたり、みたいな明確な暴力があるわけでもなく、町内会への行事参加や習い事や塾なども行かせて貰えており、教育放棄などもありません。

理由なく「ちゃんとしている」親を嫌う親不孝者の娘。そのモヤモヤはずっと私の中に存在し、時には「自分は優しさのない人でなし女なのかもしれない」と私の心を苛みました。

そして私が高校生になり、いよいよ進路を決めなければとなった頃です。

悩む私に、母はかつて自分が勤めていた仕事を勧めてきました。ですが、私自身はいまいちその仕事に魅力を感じることが出来ず、結局のらりくらりとかわし続けました。それ以後も何度かその仕事を提案してきた母でしたが、全然なびかなかったからか、いつしか何も言われなくなりました。

しかしこの辺りで、私は母を好きになれない理由をじわりと悟ったのです。すなわち、「母は私を母のコピーのように扱っていないか?」という疑惑です。

おそらく母は、「自分の人生における成功例」を私にプレゼンしていたのだと思います。かつて自分がその仕事で稼いで充実していてポジティブな気持ちだったから、娘にも同じ道を勧めた。

それが単に「このルートもあるよ」という提案だったらこちらも話を聞くことに不満はなかったと思うのですが、自分の成功例しか知らないあまりに「娘の前にレールを引く」ような状況になってしまうと、こちらも反発心を覚えるものです。

それに一度気づいてしまうと、これまで家で起こった全てのことで「母がいつもそうだった」ことに思い至りました。

私が興味ある服や漫画などに手をのばすと「またそんなの買うの?」と一度は否定する。誕生日ケーキについて訊かれたので「アイスクリームケーキがいい!」と応えると苺のショートケーキが出てくる。

決して与えてくれないわけではない、でも「私が欲しいもの」ではなく「母が与えたいもの」がかわりに出てくる。機能自体はほぼ満たしてあるので「くれなかった」という文句は言えない、だけど「私が欲しかったものはそれじゃない」。それ自体を与えてくれないのだったら何で訊いたんだよ、コミュニケーションする気があるのか、と反発したくなります。私は次第に問いに対して「何でもいいよ。どうでもいい」と投げやりな発言するようになりました。

母に対して「全く期待ができない」気持ちになりました。

父はというと、そんな娘とコミュニケーションを取りたい人のようでした。私が父の日々の質問に対して「別に」とか「特に普通」みたいな回答をすると、さして打っても響かない感覚に「別にっておまえ…何かあるだろ」と言いたげにされました。その「毎度自分の言動にすごくポジティブな返答を要求されて期待されている感じ」が、正直重くてしんどかったのです。

父の機嫌を取るために生きているわけじゃないんだけどな。ニコニコ笑う演技して「お父さんありがとう大好き!」みたいな発言しないと駄目なのかな?それが子供として生まれた者の義務?見返り?父は私にとって「常に自分の期待に応えさせようとする、相手をすると疲れる人」でした。

父に対して「期待されたくない」気持ちになりました。

その後、私は家出をしました。家にどうしても帰りたくなくて、彼氏の家に逃亡しました。そして完全に参った精神状態で「もう私には何も期待しないで欲しい、こちらも期待しないから」と何とか両親に伝えました。そのまま家を出ることになり、私は一人暮らしをすることになりました。

両親はそれを認めはしましたが、結局は「何も分かってはいなかった」のだと思います。

ある日、一人暮らしのアパートの部屋から窓の外をふと見た時。目の前の駐車場に見覚えがある車が止まっていました。

それは父の車でした。途端、チカチカとウィンカーが瞬き、それはさも「お父さんだよ、ここで見てるよ」と言いたげに、見えました。肯定的な返事を私に期待しているようでした。

見るな、ストーカー。

私は何も気づいていないかのように元通り窓のカーテンを閉めました。そして二度と部屋から窓の外を見る気にはならなくなりました。

やがて時が経ち、私の妹がついに高校生になりました。その頃には私は家を出ていた上に結婚もしてしまったため、実家で両親と妹がどのように進路の話をしていたのかの詳細は分かりません。やがて妹から母方の実家がある県の女子大に行くこと、そちらの寮で暮らすことを知らされました。

正直、妹もあの両親から「逃げたかった」のかもな、と考えました。かつて私が家出の道を選んだように。

しかし結果を言ってしまうと、その後大学を出た妹が選んだ職業はかつて私が母に勧められた、私が逃れたはずの、母がしていたあの仕事でした。

なので、私は「そうか、やっぱり逃げられなかったか」と密かに肩を落としました。しかし彼女が就職できたこと自体は良いことで祝われるべきことなので、姉としては普通にお祝いしました。

妹は「下のきょうだいは上の子より要領がいいものだ」とよく言われるように、とてもできた子です。自ら「○○だからこうした方が正しいよね」などと言って場が求めることに瞬時に対応できる「空気が読めるいい子」です。

対応しなくてもよかったのに。私が家にいたら止められたんだろうか。

などと思って幾らか家から逃げたことを後悔したのですが、当の妹は「高校行って大学行って就職できて生活できてる」ので、表立って困ってはいない様子です。結婚はしておらず、今も変わらず例の仕事に従事し実家暮らし。両親の世話をしながら時には友達と遊び、平和に暮らしています。

妹が現状に何を思っているのか、それを訊いたことはありませんが、彼女はさして不幸そうな顔はしていません。結婚する相手がいまだいないことは少々気にはしつつも、ご時世として「結婚できないからといって大きな不都合があるわけではない」ので、私の人生、こんなもんかな、みたいに淡々とした生活です。

妹が結婚していないのは、おそらく「両親が祝福してくれそうな相手」を無意識のうちに探しているからです。妹自身が好きなタイプや恋愛対象の人を相手に「親に反対されてもかまわない!」とはなから本気で取りかかっていたならば、お相手がこれまで存在しないということもなかったのでは。正直そう思います。

もっと言えば、逆に「両親と同じく見合い結婚を目指していればきっと結婚できていた」。彼らが結婚した頃と同じように、「嫁ぎ遅れ」なんて体裁が悪いと親戚のおせっかいお見合い婆が出張って音頭を取る環境であれば、難なく結婚させられていた。それで幸せかは分からないものの、結婚自体はできていた。

両親は「何で特に悪い子ではないのにこの子は結婚できないのだろう?」と揃って不思議そうにしています。私としてはその無知さっぷりに苛つきますし「あんたらがそうコントロールしたからだろ」と実際思っていますが、あえて黙って「そうだね、何でだろうねぇ」と応えています。

無知のままに通す。墓場までこの文句は持っていく。それも親孝行なのだろうと思っています。

だってこんなこと、老後に娘に指摘されない方が幸せなことなのでしょうから。当人たちは「かつて自分たちが何をやってしまったのか」を自覚さえしていないのですし。

妹がこれまでの人生のターンで何かしら「こんな状況は嫌だ!」と言って逃げたり鬱になったりするようなことがあったのなら、私は姉として「何か」をしたでしょう。両親との間に入るなりうちに匿うなり、対策として可能なことは何でもしたと思います。何しろこちらには「妹を置いて逃げてしまった」という負い目が多少ある身なので。

しかし、妹が不自由に感じていないのなら、今この段階で何一つ蒸し返す気はありません。もしそんなことをするなら、この私こそが「憎むべき家庭の厄災の原因」となってしまうからです。

その人にとって不要なものを自分にとっては素晴らしいものだからと強引に押し付ける態度、それはかつて私が一番に憎んだはずの行動です。

彼女が自ら穴に落ちたと気づくまでは、助けを求める声を出さない限りは、私は決して手を出さない。それで例え、時間的に彼女の堪忍袋の緒が切れる「ギリギリ」になってしまうとしても。

分かっていてもあえて救わず放置する。人の足元が崩れる様を、ただ指摘せず黙って見つめているだけ。それはやはり残虐な行為でしょうか。

両親ももう年です。何年先か何十年先かは分かりませんが、いずれ亡くなりいなくなるのでしょう。その時に、私は泣くかもしれません。でもそれは「悲しみ」というよりも「ほっとした、荷を下ろして安心した涙」の割合の方が多いんだろうな、と思います。「もうあの人たちに振り回されなくていいんだ」という。

そんな私は、やはり薄情者なのでしょうか。

そして残された「親しかいなかった」妹は、その時それまで通りの平和さで変わらず暮らして行けるのでしょうか。年が離れているため、私も彼女よりずっと早く死ぬ可能性が高いです。ひとりで生きていけるのでしょうか。せめて一生の友達でもいるなら救いなのですが……。

けれども、その時が来るまで、私は妹に何も言わないでしょう。時々にサポートはしても。

彼女の心をなるだけ乱さない、それも姉としてのの愛なのではないか。そう思うからです。



すみません……少し興奮してしまいましたね。ちょっと、喉が乾いて……。あっ、ありがとうございます店長。ちょうどいいタイミングで……ああ、すごく茶葉のいい匂いがしますね、このロイヤルミルクティー。カップもかわいい……白と水色に、金色の星と花、これはマーガレットかしら、その模様がキラキラしてて。私、ようやく少しだけど肩の力が抜けたような気がします、いただきます……。


[おわり]

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