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ハイマツの海を泳ぐ

夏シーズンの山小屋生活も気づけば今年で3年目になる。
怒涛の看護師生活に限界を感じ、人生の息抜きのつもりで応募した山小屋アルバイト。はじめは1年だけのつもりだったのになぜだか毎年来てしまう。

現代の尺度で小屋生活をみてみたらものすごく不便だと思う。
水だって限りがあるし、蛇口からお湯なんて出ない。
お風呂に行くのに長靴を履いて傘を差すし、手は乾燥して指はカチコチ。
昨日の雨で女部屋は盛大に雨漏りして、今もバケツが設置してある。

でも不便だからこそ普段は気づかない小さなところに喜びがあったりして
意外とこころは豊かな生活を送れている。


先日延々とハイマツを漕ぎながら「ああもう休憩にしよう」と、四肢が枝に絡まった状態でだらりと体重を預けて休んだ。

高山帯に生息するハイマツは「這松」とも書き、字の通り地面を這うように生長する。厳しい環境で過ごす彼らはよくしなる幹を持ち、強風に煽られても折れることなく受け流す柔軟さがある。太めの幹を選べば大人ひとり分の体重はなんなく支えてくれる。が、しなりも強いので気を付けないとムチのように打たれてしまうので注意がいる。

1時間ほど休まず漕いでいたのでさすがに疲労を覚えて、幹から足を滑らせた態勢のままそっと身体を預けて休むことにした。
ハイマツのなかに入り込んだ状態で空を見上げると、眩い日差しが揺れる葉に絡んで、まるで海の底から海面を見上げているようだった。

嵐の日、ウオンウオンと風に揺れるハイマツたちはまるで波のようだ。
小屋の3階にある特等室で寝っ転がりながら窓の外を眺めていると、荒れた海を漂う小舟に揺られている錯覚に陥るのだ。
一見頼りないけれど長年わたしたちを守ってきた小さな船は、ハイマツの海をゆっくりゆっくり進んでいく。

屋根裏にある小窓
悪天時に見えるのは一面に広がるハイマツのみ

ぎゅっと密集して生えているハイマツだが、なかに潜ってみると意外にも明るくて、木漏れ日を浴びて小さな植物やキノコたちが群生しているのが観察できる。
これは外から観察しているだけでは知りえなかったことだ。

この山小屋に来てからというもの、自然との距離感が物理的にも気持ち的にも近くなったように感じる。

なによりも山小屋の主人が誰よりも自然への愛着や山の楽しみ方を持っていて、やみくもに制限するだけでは学べないことを教えてくれるのが大きい。

つかの間の休日は穴の開いた靴下を修繕して、ゆっくり本を読んだ。
明日からまた怒涛の日々が始まるんだなあと思いながらも、小窓から揺れるハイマツの海に思いを馳せてみる。

#アウトプット #言語化 #山小屋の生活 #ハイマツ


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