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【座談会】「良い職場とは」~『職場でのカウンセリング』執筆者座談会

小社より新刊『職場でのカウンセリング』が発売になりました。本書は、精神科医、産業医、企業内人事担当、弁護士などさまざまな立場の執筆者が、企業内メンタルヘルス活動の現状と心理職への期待を述べた一冊です。産業保健分野での活躍を志す心理士の方はもちろん、企業内のメンタルヘルスに関心をお持ちの方は必読の内容となっております。
今回、本書の出版を記念して座談会をお願いしました。テーマは「良い職場とは」。立場ごとに興味深いご意見をいただきました。進行は編者の財津康司先生です。

財津康司(以下、財津) 本日はお忙しい中、お集まりいただきありがとうございます。本の題名にある「職場でのカウンセリング」は、職場改善に寄与するものであって欲しいと思っています。そこで「この本に書かれていることは、実際の職場改善にどのように寄与できるのか」という観点から、執筆者に現状の職場の問題点や改善策等についてお聞きしたいと思います。その内容をヒントに、心理職の先生方が社員とのカウンセリングを工夫していただけたらと思います。
 そこでまず、弁護士の五十嵐先生に質問させてください。五十嵐先生は本の中で、知っておくべき法律知識と題して労働分野において必要とされる知識を簡潔に解説してくださいました。その中で私が関心をもったのは、「退職勧奨自体は違法ではない。」との文言です。このことは世間ではあまり知られていないことだと思います。そのため、退職勧奨をされる社員にとっては戸惑いや不安が発生しうるものです。さらに、勤務継続を望む社員にとって退職勧奨は強い心理的ストレスをもたらしうるものです。そこで、五十嵐先生には社内弁護士のお立場でご回答いただきたいのですが、退職勧奨を担う管理職は、部下に退職勧奨をする際、部下に対してどのような心理的配慮が必要なのでしょうか? そして、そこに心理職は当該社員や当該管理職に対して、どのようなサポートが可能なのでしょうか?

五十嵐沙織(以下、五十嵐) 退職勧奨が適法に行われるためには、強制にわたらないことが必要です。対象者が退職を拒否しているにもかかわらず、長時間または複数回の退職勧奨を行ったり、威圧的な言動を用いたりすると、違法となる可能性があります。また、手続上は適法に行われたとしても、退職勧奨が大きなストレスをもたらしうるものであることは財津先生のご指摘の通りだと思います。
 したがって、管理職の方には手続の適法性のみならず、従業員のメンタルケアにも意識を向けていただきたいと思います。具体的には、①会社側の人数が大人数にならないように注意する、②話しやすい雰囲気を作る、③対象者の話をよく聞く、④侮辱的・威圧的な言動を用いない、⑤長時間にわたらないように配慮する、⑥対象者が明確に拒否または体調不良を訴えてきたら退職勧奨を中止する、などの配慮が必要だと思います。
 他方、管理職にとっても、退職勧奨を行うことはストレスとなり得ますので、対象者の直属の上司1人に押し付けるのではなく、チームで方針と進捗を協議しながら進める等の体制を作ることが重要だと思います。

財津 なるほど、退職勧奨の際にはそのような適法性についても検討する必要があるのですね。勧奨する側、される側、いずれにとっても話しづらい状況だけに、「②話しやすい雰囲気を作る」が難しいのかな、と思いました。
 そこで人事の亀野さんに質問です。この場で亀野さんのご経験をお話しいただくことは個人情報の観点から難しいと思いますので、一般論でお答えいただきたいのですが、人事担当者が社員とシビアな話をするときに、「話しやすい雰囲気を作る」ためにどのような工夫をされているのでしょうか? 特に、人事職というだけで、社員は面談の最初から警戒心があるのではないか、と懸念されます。また、人事担当者に加え当該職員の上長も同席する場合は、社員が感じる圧迫感は少なくないはずです。そのあたりの対応のコツを教えていただけないでしょうか?

亀野圭介(以下、亀野) よりオフィシャルな面談であればあるほど、面談は上長と人事担当者による2対1の面談となることが多いです。厳しいフィードバックを行うときなどはその典型例です。「わざわざ人事同席での面談とは、いったいどういう内容なんだろう……」という不安があって当然です。会議室のレイアウトや座る位置でも心理的な影響があるので、正対するよりもずらした方が望ましいなどのノウハウもあります。
 しかし結局のところ、人と人との信頼関係が全てであり、上長であれ人事担当であれ日常的に築かれる関係性が最も大切です。本書でも紹介されているような日常的な会話を通じて互いのリスペクトが、警戒心や圧迫感を減らすことに最も貢献するのではないでしょうか? 職場では役職があって、それぞれがその役割を演じることで成り立っていますが、厳しい内容であればあるほど、常日頃から相手を尊重できているかどうかが問われるのだと思います。

財津 日頃の信頼関係が重要ということですね。とても納得できました。また職場で働く心理職の先生方にとっても同様でしょう。
 冲永先生、産業医の場合はどうでしょうか? 先生は本の中で「社員と産業医は利害対立することがある」と書かれています。例えば、社員は復職したい、産業医としては復職を認めたくない、そのように双方で主張や見解が異なる場合、産業医面談は硬く話しにくい雰囲気になるものです。そのような場合、冲永先生はどのようなことを意識して社員が話しやすいように配慮しているのでしょうか?

冲永昌悟(以下、冲永) 社員と産業医の利害の対立は、日常でも結構顕在化します。もちろん、そのような面談時には雰囲気を明るくしたり、自分のことをいつも以上にしっかりと説明したりします。
 しかし、僕がそのような状況でもっとも気をつけていることは、対立要因を徹底的に言語化することなのかなとも思います。例えば、人間関係的側面では、社員は早く復帰しないと自分の評価が下がると思いがちですが、上司や会社側はしっかりと治ってから復帰することを望んでいたりします。なので、その不明瞭な人間の心情を徹底的に言語化します。また、社員がどれぐらい制度内で休職を継続できるのか知らない場合もあります。その場合は、制度面について徹底的に説明します。そして、最後に業務面で、復職に関して何をクリアすれば良いのか?などを話し合っていきます。人間関係や、制度面が明快になると、案外、利害の衝突が解消される場合も多いと感じます。
 なので、産業医の一番大切な技量は、上司の意見、会社の意見、本人の意見、主治医の意見など、各方向からの多種多様な意見を、制度に照らし合わせて、整理して、言語化する能力なのではないか?とも最近思えます。

財津 冲永先生のお人柄や雰囲気も、社員が言語化しやすい要因になっているのかもしれませんね。
 復職に関してですが、五十嵐先生は本の中で、会社側には配置転換に関して裁量があることを、判例の趣旨に忠実に表現してくださいました(p.141)。また、亀野さんは、「配置転換を受け入れるチームの事情(p.126)」と題して、配置転換に伴う管理者の負担について解説していただきました。私は会社の裁量や管理者の事情について理解できるのですが、実際に日々の業務を担っているのは個々の社員です。その社員が前向きに勤務できるようになるには、配置転換の決定に際して社員とどのようなコミュニケーションが必要なのでしょうか?

亀野 人事の観点からお伝えしますと、復職する本人のモチベーションについて十分な注意が必要です。配置転換が本人の希望だとしても、実施の胸中は複雑なことが多いです。休職中に自分の業務をカバーしてくれていた同僚への後ろめたさや、配置転換した場合に新しく覚える業務への不安があります。元の部署に戻るにせよ、配置転換するにせよ「これまでの経験やスキルが今後どう生かせるか」「その後のキャリアはどのような展開があり得るか」「受け入れ態勢を整えるために他のメンバーに何を伝えるか」を検討します。受け入れチームが決定した後には「その社員がチームに戻ってくる、あるいは加わることによって何を期待しているか、チームにとってどのような影響があるか」を人事と管理者が丁寧に準備し、復職する本人および他メンバーにとって納得感あるストーリーにする必要があります。

財津 なるほど。社員の納得を得ることは難易度が高そうです。そこが人事にとって大変なところかもしれませんね。五十嵐先生、弁護士のお立場から何かコメントいただけないでしょうか?

五十嵐 いくら法的には会社側に配置転換の裁量があるとは言っても、社員にとって納得感のない配置転換がなされた場合には、社員側から、配置転換が不当であると主張されることもあり得ますし、最悪の場合には、訴訟に発展する可能性も考えられます。
 そのため、配置転換については、法的な枠組みだけで考えるのではなく、紛争を抑止するという観点から、社員の納得感が得られるようにコミュニケーション上の配慮を行うことを助言しています。

冲永 法律家としても社員の納得が得られるような努力が重要とお考えなのですね。産業医としては、社員が復職時に配置転換を希望している場合、従前の部署に復職する社員以上に、慎重に異動の妥当性を検討するようにしています。なぜなら、希望する部署へ一度異動すると、仮にその環境に馴染めなかった場合、その後再度別の部署に異動することが難しくなる場合が多いからです。また、異動を希望する社員の中には、すでに会社に内緒で転職活動をしている社員もいますので、「どんな仕事をしたいのか」「どんなキャリアを希望しているのか」などについて話を深めるようにしています。
 また、従前の部署への復職が理想かといえば、そうとも言い切れません。特に部署内の人間関係に悩んで異動を希望する社員については、異動を勧めることもあります。ただし、ハラスメントが絡んだ時は複雑です。ハラスメントを受けたと主張している社員からすると、なぜ自分が異動しなければならないのか、上司こそ異動すべきではないか、などと不満を持つ方が少なくありません。

財津 冲永先生は社員のモチベーションに配慮なさっているようですね。ここまでの議論を踏まえ、ここで私からみなさまに質問です。復職や配置転換において社員の希望がかなわない場合、社員のモチベーションが低下したり、会社側への不信感が高まることがあり得ます。その際、心理職に期待できることはどのようなことでしょうか? または、心理職がいなくても、なんとかなるものなのでしょうか?

五十嵐 会社の法務部や弁護士の立場では、配置転換については法的な枠組みの中で考えがちで、社員のモチベーションに必ずしも配慮がなされないケースもあります。法的には正当性のある配置転換だとしても、先ほどお話したように紛争に発展することもありますし、社員のモチベーションが低下し、離職に至るような事態が発生する可能性があります。
 そのような場合でも、心理職との面談で、社員がモヤモヤとした気持ちを整理することができたり、低下していたモチベーションを回復させることができたりすることで、結果的に、紛争の発生や社員の離職を防ぐことにもつながりますので、心理職の役割は会社にとって重要だと思います。

財津 人事の立場ではどうでしょうか?

亀野 各社員の仕事観やキャリア観が多様化していることも手伝って、希望通りの復職が叶わないケースは現実的には起こり得ます。復職や配置転換における不満を抱えた社員に対して、人事や管理者に求められる姿勢は、本人の希望に同意することができなくても「とにかく誠意をもって対話する」ことに尽きます。会社として譲れないことやその理由をできる限り開示して説明を尽くすことで、納得には至らなくても理解してもらえるように対応します。
 ただし、それでも「自分に不利に働くかもしれないので、管理者や人事には本音や不安を含めた全ての事情を伝えるわけにはいかない」と身構える社員もいますし、それは当然のことだと思います。そんな状況で心理職は、社員にとって貴重な相談チャネルになり得ます。心理職が安心安全な相談相手として対話することは、社員が自分自身と向き合って自分の考えを整理することの後押しとなります。

冲永 産業医としては、心理職に期待することだらけです。産業医面談に割くことができる時間は限られており、社員と本音で話をするには時間が足りません。また、産業医という立場は、意見書を記載する、つまり、一定の結論を出す職責がありますので、気軽な相談相手になりにくい面があります。心理職がいない場合は、とても大変です。社員との信頼関係を短時間で形成しつつ、客観的に妥当な結論(意見書)を出し、それを社員本人が納得できるまで説明しなければなりません。それをするのに、現状では時間が足りないのです。
 一例を挙げます。「復職可能」との診断書が提出されているのに、社員本人が復職に前向きでない場合はしばしばあります。その時は、産業医が社員の不安を明確にし、不安を軽減するような配慮を打ち出す必要があるのですが、社員自身が自分の不安を理解していないことも多々あり、産業医面談がうまく進まなかったことがありました。

財津 なるほど、皆様の熱い思いや心理職にどのような期待をしているのかがよく分かりました。池田先生、ここまでの議論について診療に携わるお立場から何かコメントはございますか? 特に私から先生にお聞きしたいのは次のことです。会社では「復職や配置転換に関して主治医が記載した診断書が患者の要望通りに記載されていて、過去の職務実態や実際の病状と乖離している」という疑念の声をしばしば耳にします。なぜ、そのような疑念の声が企業側から起こるのか、考えられる理由や背景はありますか?

池田健(以下、池田) 最大の原因は、多くの医師は患者さんの立場から良かれと思って診断書を書いているということに尽きると考えます。一方で、企業サイドでは「企業に勤務≒帰属している人間」なのに不平等だ、不合理だ、という不平不満が噴き出すのだと思われます。

財津 最後に本書を編集された立場から読者の方々に何かございましたらご自由にどうぞ。

池田 今あえて、不平等だ、不合理だという言葉を用いました。本書に携わった最年長者として述べると、バブル経済の破綻というのは、戦後、日本が積み上げた「敗戦という、ほぼ平等な焼け野原から立ち上がった『日本型民主主義≒合理主義』」の終焉と考えて良いでしょう。対して、リーマンショックは、自由主義における何度目かの世界レベルでの経済破綻です。日本が高度経済成長の頃に、「今の日本をマルクスやレーニンが見たら、これこそ私たちが目指した理想的な共産主義国家だと思うだろう」という言葉が流行しました。日本は、独特のムラ社会文化というような精神性があり、自己を捨てて他人に無言で忖度することを美徳とするようなところがあります。
 よって、欧米が主導してきたような、徹底的に自由で合理的な文化にはなじまないと考えています。過労死、過労自殺というような現象は日本固有の現象です。21世紀も中盤に差しかかる現在、日本には、その文化社会的な土壌に根差した、新しい心理職、産業医の姿があって良いというのが本書を執筆編集して痛感したことです。読者の皆様に、このような思いが共有できればと考えております。

財津 皆様、本日は貴重なお話を聞かせていただきありがとうございました。

◉プロフィール(発言順)
財津 康司(ざいつ こうじ)
精神科医。広尾ストレスクリニック院長。
1976年生まれ。大分大学医学部卒業、精神病院や心療内科クリニックでの勤務を経て、2017年広尾ストレスクリニックを開院。嘱託産業医としてもおよそ30社に勤務。2018年から2022年まで帝京大学文学部心理学科非常勤講師(高齢者心理学、産業・組織心理学担当)。『標準公認心理師養成テキスト(文光堂、2022)』を執筆(共著)。クリニックでの診療の傍ら、医療の枠を超えた柔軟なヘルスケアサービスをめざし2019年8月「Stress Labo 広尾」を開設。

五十嵐 沙織(いからし さおり)
弁護士。広尾有栖川法律事務所代表弁護士。
1986年生まれ。中央大学大学院 法務研究科修了。使用者側労働案件を中心に扱う法律事務所での勤務を経て、株式会社野村総合研究所にて、経営コンサルタントとして、組織・人事制度改革等のプロジェクトに従事。その後、freee(フリー)株式会社に転職し、企業内弁護士として、法務・労務の幅広い業務を経験。現在は、広尾有栖川法律事務所を開業するとともに、複数のスタートアップ企業において監査役に就任し、スタートアップ支援、労働事件、医療事件に注力している。

亀野 圭介(かめの けいすけ)
企業内人事担当。ミーレ・ジャパン株式会社人事部ディレクター。
1978年生まれ。東京大学工学部卒業、東京大学大学院工学系研究科修士課程修了。2004年より外資系メーカーの研究開発職でキャリアをスタート、人と組織に関わる仕事に興味を抱き2007年に人事職にキャリア転換。以降、複数の外資系企業の日本法人において人事業務に携わる。2020年にミーレ・ジャパン株式会社に入社し、2023年1月より現職。

冲永 昌悟(おきなが しょうご)
産業医。医学博士。
1974年生まれ。慶應大学法学部を卒業し、日本興業銀行に勤務。その後、医師となる。広尾ストレスクリニックでの勤務を経てStress Labo広尾の副所長に就任。オリンピック・パラリンピック組織委員会の専属産業医を経て、現在はヤマト運輸など約30社の産業医。法律の知識や銀行での勤務経験を生かし、健康経営や組織の産業保健体制の構築を得意とする。

池田 健(いけだ たけし)
精神科医。精神科専門医・指導医。臨床内科医会専門医。腹部救急学会認定医。
1959年生まれ。順天堂大学医学部卒業。現在、池田クリニック院長ほか複数の病院での勤務に加え、大学講師もつとめる。NPO法人「医桜」副理事長。日本ペンクラブ正会員。2022年に小社から刊行した『こころって、何?――芥川賞作家と精神科医によるこころの対話』の共著者。

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