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非日常的英雄

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小品集。 ボーイズがラブしていたり、ボーイズとガールズがラブしています。
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記事一覧

ワルツを踊る

「すこしだけ、動かないでよ、綾瀬」
「わかってる」
「ああ、いや、動いてくれてもいい。訂正する」
「なにかポーズをとってやろうか」
「いいや、結構」

イーゼルに立て掛けられた大きなキャンバスに向かう……ではなく、分厚いフランス文学の教科書を下敷きに、授業で書き損じたしゃくしゃのルーズリーフに向かう足立は楽しそうな表情をしている。ペンをさかさかと動かし、机に座っている俺を描いているらしい。

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ピクチャー・パーフェクト

空から雪が降ってくるその様を真下から眺めていると、気が遠くなるような気分だ。
最初は目の前に降ってくる雪の粒の数を数えたりもしていたんだけれど、見る間にその数は膨大なものとなりすぐに計測不可能となった。雪が顔の凹凸に沿って積もり、皮膚感覚はもうどこにも見当たらない。数時間前に逃亡してしまった。だからといって今更掌でどけようとも思わない。もしかしたらこのまま俺は雪に埋められていくんじゃないか、とさえ

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泣かないでカレン

信じてくれなくてもいいけれど、俺は君だけには、
決して嘘はつかない。
鉄の味。鼻に抜ける生々しいニオイ。この感覚はいつぶりだろうか。子どもの頃、仲の良かった友達とひどい喧嘩をしたことがあった。きっとその時以来だ。

「………痛い」

一人、声に出して言ってみたら、ひどく空虚だった。殴られた頬は熱くて、切れた口の中は大惨事。
ああ、どうしてこんなことになったんだっけ。はやく口を濯げばいいのに

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カラフル症候群

「そこからは、何が見えるんだ?」

俺がそう言うと、郁弥は黒目だけを動かして俺を見た。大抵において主語やら述語やらがすっとんでいる俺の言葉をよく理解してくれるものなんだが今回はそうもいかなかったようだ。

「どこからだい?どこから?」
「そこからだ、お前が、今、立っているその位置から」
「ここから?南が見えてるものと同じさ。パン屋と、コンビニと、横断歩道」
「バッカ!そういうことじゃねえんだ

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小鳥は愛を食らう

「アレックス!」

そう呼ぶと、オックスフォードストリートを歩いていた二人が同時に振り返った。おかしい。僕は一人の名前しか呼んでいないというのに、だ。

「お前は振り返らなくていいんだよエリッサ。僕はアレックスを呼んだんだ」
「なによエドガー、アンタの滑舌が悪いんじゃないの?私の名前に聞こえたわ」
「お前、耳が悪いんじゃないのか?」
「あははは」
「おい、アレックス、笑うな」
「あ。アレッ

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みえる、みえる。

その二枚の硝子板はとにもかくにも魅力的。
ないものねだりは人の世の常。
俺は格好わるい。

「先輩それ、見えてるんですか?」

その言葉は今の状況にはひどく似つかわしく、先輩はまるで鳩が豆鉄砲をくらったような顔をした。外した眼鏡を持った手は、宙に浮いたままだ。

「なに、突然」
「眼鏡」
「ん?」

多分、自分なりのグット・タイミングを掴んで、俺をフローリングの床に押し倒したのであ

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歯磨きしましょ。

「さあ、即刻歯を磨いてもらおうか」

これは玄関を開けた瞬間の、君に対する僕の洗礼だ。

「それはなんなの、恒例化しつつあるね」
「前に約束したろう、酔っ払い」
「だめだあ、僕はたいてい、いつも酔っ払いだから」

君の話なんて、いつも話半分にしか聞いちゃないのさ、と、 リンジーは眼鏡を外し、ぐりぐりと目元を拭った。おい、なんだ、今のは聞き捨てならないぞ、と言おうとしたところで、リンジーの身

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