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家着のシーラカンスおじさん。

2022年9月22日。
木曜。中野サンプラザ。不穏な空模様。
銀杏BOYZのライブを観に行った。

初めての銀杏、初めての峯田和伸。

「君と僕だけが知らない宇宙へ」


完全に懸かっていた。
神懸かり。

さすがは生きる伝説。
シーラカンスのような男。


と、思っていたのは最初だけ。
途中からは普通のおじさん。普通の中年。
なんなら衣装脱いだせいで、中盤以降はTシャツにパンイチで過ごす家着のおっさんみたいになっていた。


色んなことに苦しんだり、好きな人を想ったり、想いが届かなくてやるせない気持ちを歌にしてぶつけたり。

全然シーラカンスじゃなかった。
普通の人だった。
ちょっと歌がうまくて声が綺麗で、最高の曲を書ける、普通の人間。


もし峯田が伝説みたいな人だったら。
一回見られればもういいや。お腹いっぱい。
と、なりそうなもんだが。

幸か不幸か普通の人だったので、
もっともっと知りたくなった。
銀杏を。峯田を。

銀杏もGOING STEADYも、音源では散々聴いてきたが。
やっぱりステージの上の峯田は…もう…
言葉にできないけど、生まれたての姿でステージ上にいた。感覚としては。


あの男の生まれたての姿を見に、
またライブ行かなきゃ。
生であの歌と音を聴かないと、たぶんシーラカンスおじさんのこと1ミリも理解できない。

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自分の席に座り開演を待っていると、かなりご年配に見える女性のお客が入ってくるのが見えた。

私の斜め前の席に座ったそのご婦人は、シートに腰を下ろしたままではいたものの、圧倒的な音圧に屈することなく、銀杏BOYZのライブを楽しんでいた。

「フェ○チオとかの歌詞、この方どんな気持ちで聴いてるんだろ…」と思いつつ、ふと妄想を膨らませてみる。


ご婦人は見た目こそ老いて見えるが、実は峯田の元同級生で、当時峯田に恋をしていたのだ。

老いている理由は分からない。
肉体の衰えが人より速く進んでしまう病気なのかもしれないし、タイムトラベルで数十年後から2022年にやってきたのかもしれない。
そこはあまり重要でない。

とにかく、峯田の今の姿を見たくて、彼が鳴らしている音楽を聴きたくて、この会場まで足を運んだのである。

曲中にご婦人の方をふと見ると、とても温かな眼差しをステージ上に向けていた。
マスク越しでも分かった。
愛情あふれる眼差しだった。
それは確実に、峯田に向けられていた。

「目が悪いせいで、前方以外の客はみんなゴキブリみたいに見える」と峯田は言う。
おそらくご婦人も、ゴキブリのうちの1体として認識されていただろう。
だから峯田はご婦人の眼差しに気づかなかった。

それでもご婦人は、きっと満足だったと思う。
むしろ峯田が彼女の存在に気づかなくてよかった。
好きな人の作った曲に包まれながら、好きな人を見つめることができたら、それで十分幸せだと思うから。
余計なデコレーションはいらない。

終演後、ご婦人は自分の生きる世界に帰った。
それは違う時代かもしれないし、遠い場所かもしれない。
いや、案外そこら辺に住んでる人かもしれない。中野近辺に。

分からないけれど、彼女は峯田に別れも告げず、自分の居場所に帰ったと思う。

峯田は何も知らない。


(短編妄想「純愛」)


激痛。

トップ画は、ベッドに横たわりながらゴイステ聴いてたら うがああああとなり、
「noteかなんかにまとまった文章書かなきゃだめだ!!!」と思い立った瞬間の私の視界です。


キモポエム浄化。
南無阿弥陀仏。

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