変わる。決して諦めない。FW谷村海那【Voice】
2020年に国士館大から加入。恵まれた身体と優れたパスセンスに加え、アグレッシブな守備とゴールに向かう積極的な姿勢を身につけつつある谷村海那選手。攻撃の新たなオプションとして飛躍を目指す2年目のアタッカーのこれまでとこれからについて、お話をうかがいます。
▼プロフィール
たにむら・かいな
1998年生まれ。花巻東高→国士館大
2020年いわきFC入団
■全国への道を阻んだのは、現在のライバル。
5月22日に行われた天皇杯1回戦・ソニー仙台FC戦。試合は延長戦にもつれ込みました。1対2のビハインドで迎えた延長後半アディショナルタイム4分のこと。MFバスケス・バイロン選手が上げた右サイドからのクロスに頭から飛び込んだのは、FW谷村海那選手でした。
「今シーズン初ゴールでした。点を取れて少し気持ちが楽になりましたし、自信になりました。当時はちょうど体重が落ち始めたころ。コツコツやってきた成果が出始めたタイミングでした」
値千金、起死回生の一撃は、開幕から2カ月でやっと取れたシーズン初ゴール。喜びを仲間と分かち合う彼の目が少し潤んでいたことが、歩んできた苦しい道のりを物語っていました。そんな谷村選手のこれまでを、まずは紹介しましょう。
出身は岩手県盛岡市。いわきとよく似たのどかな環境で育ちました。「海那」という名前の由来は、本人もよく知らないそうです。小学校時代にサッカーを始めたのはお兄さんの影響。兄の谷村憲一さんは3歳年上で、モンテディオ山形やいわてグルージャ盛岡でプレーした元Jリーガーです。
小学校から高校まで、ポジションはFW。花巻東高時代は、全国高校サッカー選手権岩手県予選でベスト4。全国への道を阻んだ相手は、今はチームメイトとしてともに戦うFW岩渕弘人選手を擁する遠野高でした。二人は同県出身の同い年です。
「弘人はあの試合で2点決めているんですよ。悔しかったですね。あいつとは選抜でよく一緒になって、昔から仲いいんです。遊びで出たフットサル大会で同じチームで戦ったこともありました。
でも、いわきFCで一緒になった時は驚きました。同い歳の岩手出身者が同じチームに入るなんて、めったにありませんからね。地元の人達にも驚かれました」
高校卒業後は国士舘大に進学。大学でMFに転向し、身長181㎝の大型ボランチとして持ち前のキープ力を武器に活躍しました。4年次には関東大学サッカーリーグ2部で9アシストでランキング2位。卒業後の進路として志したのは、プロサッカー選手の道でした。
「いわきFCのことを知ったのは、大学2年の時でした。天皇杯で北海道コンサドーレ札幌に勝ったことをきっかけに『いわきにこんなチームがあるんだ!』と衝撃を受けました。その後、大学4年の時に練習参加して設備や環境のよさに感動し、ぜひここでプレーしたいと思いました」
■今思えば、まだ考えが甘かった。
2020年からいわきFCの一員となった谷村選手。恵まれたサイズと多彩なテクニックを持つ一方、マイペースなキャラでも知られています。入団時、ホテルのレストランで行われた大倉智いわきスポーツクラブ社長との面談にジャージ姿で現れたエピソードは、今もたびたびネタにされています。
JFL初出場は2020年8月23日。開幕2戦目の第17節・ヴェルスパ大分戦の終盤でした。実はこの時、谷村選手はポジションに対する葛藤を抱えていました。
「ここまで縦に走るサッカーは初めてで、チームのサッカーに対応するのが難しかった。その中でもボランチは特にハード。攻撃でも守備でもボールがある所に顔を出さなくてはいけない。限界を感じるとともに、FWの方がいいプレーができると思っていました」
悩んだ末、高校まで慣れ親しんだFWに転向します。攻撃の新たな起爆剤として期待を受け、9月のシーズン4戦目の終盤に、FWとして初出場。そして翌週、いわきグリーンフィールドで行われた高知ユナイテッドSC戦でスターティングメンバー入り。
多くのファンが見守る中、谷村選手はこのチャンスを見事、モノにしました。まず前半7分、MF金大生選手からのクロスを流し込んで1点目。
「ボールが来た瞬間『もらった!』と思いました。金選手にはずっと『あの位置に上げてくれたら必ず入れる』と言っていて、絶対に来ると確信していました。あのゴールで一気に乗っていくことができました」
そして55分には、FW鈴木翔大選手が落としたボールに走り込んで2点目。
「翔大君がいい所に落としてくれると信じていました。逆転されてしまった厳しい状況でチームを助けるゴールを挙げることができ、うれしかったです」
勝ちと負けを繰り返し、調子に乗り切れていなかったJFL参戦1年目のいわきFCに、突如現れたゴールゲッター。多くのファンが、谷村選手に救世主としての活躍を期待しました。しかし、FW陣のポジション争いは簡単ではありません。翌週のアウェーと天皇杯で先発するも目立ったプレーができず、その後はベンチメンバーに降格。
「チームが求めるプレーをできなかった。高知戦で安心したつもりは決してないのですが、今思えば考えが甘かったですね。試合に出られなくなっても『まだ焦る必要はないだろう』と、呑気に構えていました」
迎えたシーズン終盤。昇格を目指して上位チームが熾烈なデッドヒートを繰り広げる中、谷村選手は3トップの一角で出場のチャンスを狙うも、スターティングメンバーに返り咲くことはできませんでした。
いわきFCのサッカーと、それまでやってきたサッカー。チームが求めるスタイルと、自分の得意なプレー。その狭間で揺れ、求められるプレーを体現できぬまま、入団1年目のシーズンは終了しました。夢見ていたプロサッカー選手という職業。その裏にある厳しさを思い知らされる結果となりました。
■プロの世界で生きていくには、変わるしかない。
「決してここで終わりたくない。今年だめなら、もう先はない」
2021年のチームが始動。前年ともに戦ったメンバーの一部がチームを去り、新たな有望選手が入ってきました。チームが新陳代謝をする中、谷村選手は生き残りを懸け「変わる」決意をしました。
いわきFCのアタッカーには、前線からの相手のビルドアップへの激しいプレス、そして常にゴールに向かう姿勢が求められます。そのために大事なのは走力です。1年目の谷村選手が信頼を得られなかったのは、ズバリ「走れない」から。試合を通じて負荷の高いスプリントを繰り返すフィジカルと、それを支えるコンディションが備わっていなかったのです。そこで、身体作りを見直していきました。
「このままでは試合に出られない。これからもプロの世界で生きていくには、何から変えればいいのか。悩んでいると、渡邉匠コーチから『少し体重を落としたらどうか』というアドバイスがあり、2月ごろから身体を絞り始めました。
実は昨年も絞ろうとしたのですが、すぐに心が折れ、三日坊主で終わっていました。でも渡邉コーチと話して『もう一度しっかりやってみよう』と思い直しました。コーチとの密なコミュニケーションは今年の特徴。選手とコーチの距離が昨年より縮まり、向き合う場面が増えました。悩んだら積極的にコーチに聞きに行くようにしています」
毎日の練習やストレングストレーニングに対する姿勢を変え、練習後には自主的にランニング。食事にも気を遣いました。
「体重を落とし始めたころは長めにランニングをして、ある程度落ちてきてからはウォーキングを増やし、筋肉量を落とさないよう心がけました。それと食事の改善ですね。とにかく脂質の低いものを選んで食べていました。チームではアプリを使って毎食の写真を共有するのですが、メディカルチームにしっかり見てもらったことで、食事に対する意識が大きく変わりました」
自分の身体に向き合う。体脂肪率が高くならないよう気をつけ、常にベストコンディションを保つ努力をする。そういったプロとして当たり前の姿勢を田村雄三監督や渡邉コーチから学び、自らのスタンスを少しずつ見直していきました。
課題はサッカーにも多々ありました。もともと、技術に関しては一定の評価を受けていました。でも、いわきFCのFWに求められるのは、常にゴールへ向かうプレーと、前線から積極的にボールを奪いにいく姿勢。しかし「ゴールよりもギリギリのパス」という大学時代までの考えが抜け切らず、それが緩慢なプレー、雑な軽いプレーにつながっていたのも確かでした。
「大学時代はバスをしてばかりで、ゴール前に立つとシュートよりパスを選択するクセがついていた。そこを直していこうと思いました。いわきに入って、サッカー観はかなり変わりましたね」
毎日コンディションを整え、いわきFCのアタッカーとしてのプレースタイルを身につけようと必死で練習に取り組み、終了後は一人黙々とランニングやウォーキング。そんな日々を積み重ねました。
しかし今年も攻撃陣の層は厚く、スターティングメンバーに食い込むことは容易ではありません。3月の開幕から2試合はベンチ入りできず。第3節はベンチ入りするも出番なし。その後もベンチ入りすらかなわない日々が続きました。それでも、谷村選手は自分を諦めませんでした。
■一番変わったのは守備。「奪い切る力」はFW陣ナンバーワン。
5月15日の第9節・FCマルヤス岡崎戦にFWで初先発。しかし目立った活躍はできず、前半で交代。「アピールしなくては」と気負うほど、焦ってしまい空回り。そんな日々が続きました。
ただし、少しずつ身体とプレーが変わり始めた実感は持っていました。そして、天皇杯で劇的な同点ゴール。これを機に、徐々に試合出場時間が増えていきます。
「一番変わったのは前線からの守備です。成果が出てきたと感じたのは、6月に水戸ホーリーホックとトレーニングマッチをした時のことです。相手のビルドアップにしっかりと行くことができ、ボールを奪うことができた。身体を絞ったことで走れるようになったし、横の動きがよくなったことで、昨年行けなかったところに行けるようになった。また、後ろの状況を見ながらプレスをかけられるようにもなりました」
今年のいわきFCはアタッカーの交代選手を上手く使いながら、持ち前の走力で後半に相手を突き放しにかかります。浮上のきっかけをつかんだ谷村選手は7月に入り、後半の大事な局面で、アタッカーとしてたびたび交代出場するようになりました。
気づけば、身体を絞り始めて5カ月が経っていました。7月25日の第18節・ホンダロックSC戦に左サイドハーフで2回目の先発。70分までプレーしました。そしてFCティアモ枚方戦には後半開始から入り、今季JFL初ゴール。8月も2試合に先発出場し、9月5日の第21節・FCマルヤス岡崎戦に交代出場してゴール。身体が仕上がり、試合に慣れるにつれ、目に見えてパフォーマンスが向上していきました。
■やっと自分の力を発揮できるようになってきた。
今年のいわきFCは、シーズン後半から新たなオプションとして4-3-3を採用。また、昨年使っていた3-4-3を使う機会も増え、3トップを組むことが多くなりました。そんな追い風もあり、9月以降、谷村選手はさらに出場時間を増やしていきます。
昨年まで3トップの中央を務めていたのは鈴木翔大選手ですが、実は一番得意なのはセカンドストライカー。サイズのある谷村選手がセンターFWに入ることで鈴木選手が左に回るなど、3トップの組み合わせに新たなオプションが生まれました。
「翔大君は身体の使い方が本当に上手い。ロングボールに対して相手DFが前に出てこないように抑えるテクニックはすごいし、ボールを上手く収めてゲームの流れを作ることができる。見ていてすごく勉強になりますし、翔大君を助けられる存在になりたいです。
そしてもちろん点を取りたいのですが、自分が前に抜け出して他の2人にスペースを開けるなどの動きもFWには必要。最近、それができるようになってきました。もともと足元で受けるのが好きなのですが、そればかりではだめ。裏に走り込んで受けたり、相手をかわし、いったん味方に預けてもう一度出て行ったりと、動きを使い分けることを心がけています」
9月19日の第23節・Honda FC戦と10月3日の第24節・松江シティFC戦に3トップの中央で先発出場を果たします。松江戦のセットプレーではおとりになって相手を引きつけ、日高大選手のゴールをお膳立て。この動きが評価され、チームのMOMに選出されています。そんな谷村選手について、田村監督はこう語ります。
今、活躍できているのは守備の貢献が大きい。前線からの守備で「奪い切る」力は、FWで一番です。攻撃面ではもともとトリッキーなパスを出すのが好きな選手で、ボールをもらった時にシュートイメージを持っていなかった。シュート力はあるので、優先順位を間違えずにプレーできたら、もっと強くて嫌な選手になれるはず。今後の戦いにおいて、面白い存在になってくれることに期待しています。ただし、本気でやっているのはまだこの3カ月ぐらいの話(笑)。これをずっと続けてこそ本物です。
コンスタントに試合に出るようになり、落ち着いて自分の力を発揮できるようになった谷村選手。体脂肪率10%を切り、動きのキレが向上したこともあり、いい循環が生まれています。それでも油断することはなく、今も遠征先に体重計を持ち歩くなど、プロとして自分を律することを忘れません。そんな彼は残りのシーズンについて、このように語ります。
「攻撃が好きなので、3トップの一人としてプレーしたいです。真ん中でも右でも左でもいけますし、4-4-2の左サイドハーフでも大丈夫です。
残り試合が少なくなってきましたが、優勝そしてJ3昇格に向け、すべて勝つつもりで頑張ります。もちろん、ゴールを決めるつもりです。できればあと5点ぐらい取りたいですね」
▼谷村選手をもっとよく知る4つのQ&A
Q1:オフはどんな風に過ごしていますか?
A1:今はこういう状況ですし、ほとんど自宅にいます。家でゆっくりしている時は、ネットフリックスでドラマを見たりしています。最近ハマっている作品は『イカゲーム』。面白いと聞いたので、見ています。昨年はみんなとよくゴルフに行っていましたが、今年はあまり行けていないです。
Q2:仲のいい選手は誰ですか?
A2:関野元弥選手や黒澤丈選手、山口大輝選手など、同期入団の選手とはみんな仲いいです。先輩では、坂田大樹選手とも仲よくさせていただいています。
Q3:好きなタイプの女性は?
A3:大人っぽい女性が好きです。芸能人でいうと新垣結衣さん。自分の中では別格の存在です。
Q4:お手本にしている選手は誰ですか?
A4:浦和レッズのFW興梠慎三選手です。動き出しのタイミングが素晴らしく、いつでも決められる場所に顔を出してくる。ああいう選手になりたいですね。
次回もいわきFCの選手達の熱いVoiceをお届けします。お楽しみに!
(終わり)
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