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映画『ボブ・マーリー:ONE LOVE』から紐解くレゲエの本質

※ネタバレを含みます。


映画『ボブ・マーリー:ONE LOVE』を映画館で観てきました。いやもうね、最高。それに尽きます。神曲の連続でしたね。特に映画後半。ボブがジャマイカに帰国する際に流れるThree Little Birdsは胸熱でした。


ただ少しばかし残念な点もありました。知ってる人からすると終始ニヤニヤが止まらない内容だったのですが、初見の人にはわかりずらい描写も多かったように思えます。

例えば、何故そもそもボブ・マーリーが人気なのか、何の為に音楽活動をしているのか。作中に登場する「ラスタファリ」や「ジャー」といった単語は何を意味するのか。どうして彼らは髪をドレッドにしているのか。大麻を吸うことの意味は。このあたりの背景がわかると、レゲエに傾倒する理由の一旦を理解できると思うんです。

結論、これら全てラスタファリ運動(ラスタファリアニズム)という、ジャマイカ人の思想運動が背景に根付いています。この運動の実践者は「ラスタファリアン」または「ラスタ」と呼ばれます。映画の中でも頻繁に「ラスタファリ」という単語が登場しました。この記事ではラスタの思想を元に映画の内容を紐解いていこうと思います。


ラスタファリ運動の誕生

(引用元: ジャマイカ-外務省)


ジャマイカ人は暗い歴史を持ちます。15世紀、ジャマイカはスペインによって発見されます。その後17世紀にイギリスの支配下に置かれました。この間、多くのアフリカ人が奴隷として輸入され、サトウキビ農園で過酷な労働を強いられました。奴隷たちは自由を奪われ、非人道的な扱いを受けました。1838年に奴隷制が廃止されましたが、経済的不平等と社会的な差別は続きました。

黒人民族主義の指導者であるマーカス・ガーベイは、ジャマイカ出身であり、黒人の解放とアフリカへの帰還を訴えました。彼は1927年に「アフリカを見よ。 黒人の王が戴冠する時、解放の日は近い」という予言をしました。

この予言からわずか数年後、1930年にハイレ・セラシエ1世がエチオピア皇帝として即位しました。この出来事は、ガーベイの予言が実現したと多くの人々に捉えられます。ハイレ・セラシエ1世はジャマイカ人にとって神ヤハウェ(ジャー)の化身であり、地上における三位一体の一部であると信じられました。こうして、ハイレ・セレアシエ1世を現人神とうたうラスタファリ運動が誕生しましたこの出来事をきっかけに、聖書になぞらえ、ガーベイは預言者と呼ばれることになります。

ラスタファリ運動は、ハイレ・セラシエ1世を神の化身として、黒人の精神的解放とアフリカへの回帰を目指す信仰体系とも言えます。宗教と勘違いされやすいですが、明確な指導者や教理が存在しないため、あくまで思想体系として定義されています。

政治闘争に巻き込まれるボブ・マーリー

ラスタファリ運動では、特に下層階級のジャマイカ人を中心に信仰者が増えていきました。1934年、政府当局はラスタファリアンに危機を感じ始め、弾圧を始めます。この弾圧を逃れたラスタファリアンは山の奥地に逃げ込み、共同生活を始めます。ラスタファリアン達はドレッドロックスや大麻による儀式などラスタファリズムの基本スタイルと信仰を確立していきました。

映画の中でもボブ・マーリーが山奥に避難するシーンが描かれています。山奥にはボブ以外のラスタが住んでおり、大麻を吸いながら儀式をする描写も印象的でした。

1976年のジャマイカは、政情が安定せず2大政党が対立していました。そんな中、ラスタファリ運動を音楽で牽引していたボブ・マーリーは非常に強い影響力を持っていました。ボブ・マーリーの綴る歌詞には、社会的不正義や貧困、抑圧に対する批判が多く含まれていました。彼はラスタファリ運動の一員として、アフリカ系ジャマイカ人のアイデンティティと解放を強く訴えていました。これにより、彼は特に若者や貧困層から強い支持を受けていました。強い影響力を持った彼が政治に中立を保とうとする一方で、各勢力からの支持獲得を狙われ、敵対勢力によって命を狙われました。そのため、彼は山奥に避難する必要があったのです。

家族や身の安全を守る為、ボブは一時的にジャマイカからイギリスに移り住みます。当時のイギリスはレゲエのカルチャーなど浸透しておらず、彼らにとっては非常にアウェーな環境でした。そんな中でも平和と愛と希望をテーマに仲間と曲を綴ります。そしてアルバム「Exodus」が完成。世界中にボブの名前を轟かせるきっかけとりました。

アルバム「Exodus」に込められたメッセージ

「Exodus」というタイトル自体が聖書の出エジプト記に由来しています。出エジプト記は、奴隷状態にあったイスラエル人がエジプトを脱出し、約束の地へと向かう物語です。

ボブは、自身の置かれた状況や黒人コミュニティの解放と関連付けて、この聖書のテーマを採用しました。ラスタファリ運動も、黒人の精神的解放とアフリカへの回帰を目指しており、ボブはこの運動の一環として音楽を通じて自由と新しい始まりを象徴するメッセージを伝えました。

歌詞の中で「Movement of Jah people(ジャーの人々の動き)」と繰り返し歌っています。これは、ラスタファリ運動における「ジャー(Jah)」、すなわち神の名であり、その信奉者たちが新しい土地へと移動することを象徴しています。抑圧された状態からの解放と自由を求める人々の移動を強調しています。これは、奴隷制や植民地支配、現代の不正義に対する抵抗と解放のメタファーと言えます。


ジャマイカで使われるクレオール(パトワ)語

映画の中では多くのクレオール語(パトワ)が使われています。パトワ語は、主にジャマイカで話されている言語で、英語を基盤にしつつも、アフリカやスペイン、ポルトガルなどの言語の影響を受けています。この言語は、植民地時代に異なる文化や民族が交わる中で自然に発展しました。パトワは、ジャマイカの文化やアイデンティティを象徴する言語であり、特にレゲエ音楽やラスタファリ運動において重要な役割を果たしています。

  • Jah(ジャー):ラスタファリアンが神を指すときに使う言葉です。「Jah」は旧約聖書の「ヤハウェ(Yahweh)」から派生したもので、ラスタファリアンにとって最も神聖な存在です。映画の中で、「Jah」の名が頻繁に登場しています。

  • Yah Man(ヤーマン):「元気か?」「調子はどうだ?」などを意味する言葉です。このフレーズは、ジャマイカの人々が日常的に使うもので、映画を通じてジャマイカの文化や雰囲気が伝わってきます。

  • I and I:この言葉は、「私たち」を意味します。個人と他者、そして神との一体感を強調するために使われます。「I and I」は、すべての人々が一つの神(ジャー)を通じてつながっているという信念を表現しています。

One LoveとI and Iの思想


映画のタイトルにもなっている「One Love」は、ボブ・マーリーの代表曲であり、愛と団結をテーマにしています。当時対立していた2大政党の両党首を同時にステージに上げて握手をさる程の力を持った平和な歌です。

(握手のシーンは21:51~)

この「One Love」の思想と「I and I」の思想には非常に近いものを感じます。どちらの思想も、分断や対立を超えて人々が一つになることの重要性を強調しています。映画の回想でボブの妻リタが「I and I」について語るシーンがあります。

二元論の世界に生きている私たちにとって「私と私」という概念はあまりピンとこないかもしれません。しかし、ラスタの思想では、私や他者、ジャー(神)は分け隔てる関係ではなく、全てが一体であるとします。なので、「私とあなた」ではなく「私と私」なのです。「One Love」も同様の思想を元に構成された曲と言えます。

One love, one heart
Let's get together and feel all right
Hear the children crying (One love)
Hear the children crying (One heart)
Sayin', give thanks and praise to the Lord and I will feel all right
Sayin', let's get together and feel all right

One Love:Bob Marley & the Wailers


レゲエの中核概念であるラスタ思想

映画でボブは癌と宣告されます。しかし、彼は治療を拒みました。これは、ラスタにとって、身体は神が宿る神殿という意味があるため、身体に傷をつけるのを忌避するからです。

彼らにとって身体は神聖なものであり、手術や薬物治療などによって身体に干渉することを避ける傾向があります。ボブ・マーリーはこの信念を深く持ち、自身の身体を尊重し、自然のままに生きることを選びました。ラスタの思想では、身体は神がかりや神が降りてくるための神殿とされ、傷つけることは神聖な存在に対する冒涜と見なされます。

彼らがドレッドヘアなのもラスタの思想が元になっています。髪を切るという行為は身体を傷つけることにつながると信じているため、髪を自然な形で伸ばし続けることを選びます。さらに、ラスタファリアンはアイタルフード(Ital Food)と呼ばれる自然食を食べます。Italとは、「自然」や「純粋」を意味し、加工されていない自然のままの食材を使うことを重視します。これは、身体に有害なものを摂取しないことで、身体の神聖さを保つためです。ラスタファリ運動は、自然と調和した生き方を強調し、これが食生活にも反映されています。

そして映画の至る所で登場した大麻。彼らが大麻を吸う理由も重要です。大麻は彼らにとって「ガンジャ(Ganja)」と呼ばれ、神聖な植物とされています。大麻を吸うことは、瞑想や祈りの一環であり、精神的な啓示を得る手段とされています。聖書の中で香を焚くことが言及されているように、ラスタファリアンは大麻を神聖な儀式の一部として使用します。


おわりに - 音楽とメッセージは切り離せない

彼が亡くなってからも曲は色褪せず、むしろ時代とともに強いメッセージが醸成されているように思えます。映画の中で彼は言いました

「音楽とメッセージは切り離せない」

亡くなる瞬間まで彼は音楽というツールを使って世界に愛と平和、希望を届けてくれました。そのメッセージは異国の島国にも轟いています。そして時代を超え、映画として再びこの世に蘇りました。一ファンとして、本映画がボブ・マーリーという名を再び世界に広まるきっかけになってくれたら幸いです。

ヤーマン✌️


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