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文化人物録36(船橋洋一)

船橋洋一(ジャーナリスト、元朝日新聞主筆、2013年) 
→朝日新聞で長年健筆をふるい、特に日米関係、日中関係など国際関係に関する原稿や著作が多い。東日本大震災後は震災と福島第1原発事故に関する調査や取材に多くかかわり、一般財団法人「日本再建イニシアチブ」を設立。「民間事故調」と呼ばれた「福島原発事故独立検証委員会」で事故調査報告書を敢行し話題になった。福島原発事故の背景や裏側を描いた「カウントダウン・メルトダウン」という大著は大宅壮一ノンフィクション賞。僕自身、船橋さんとは直接対面でお話したことはないが大宅賞の授賞式はじめ、何度かお目にかかったことはある。船橋さんの知名度と活躍度は新聞記者としては最大級であることは間違いないだろう。

*「カウントダウン・メルトダウン」大宅壮一ノンフィクション賞受賞(2013年)

(作家・関川夏生氏)満場一致。民間事故調の取材プラス、取材し直して説得力のある本を作った。3・11当日から4月初めまでの時系列に従ってメルトダウンが起きるカウントダウンの状況、全体像をあらわにした。非常に優れた戦史といえる。未曽有の事故の戦史。取材対象者は約300人で首相から現場の人々まで。文学的修辞を加えることなく表現した。

(船橋氏)無我夢中で取材したので賞をいただいて光栄。日々取材して記事にしないとジャーナリストじゃないぞという思いだったが、もう一度ジャーナリストとして認めていただいた感じがする。ノンフィクション賞をいただいたというのはうれしい。ノンフィクションはある程度の分量の本にしないとできないが、今回は初めて上下の本となった。ノンフィクションというカンバスに思う存分描かせていただいたと思う。

今回の本では、その時に当事者が何を考えていたのかを書くのが面白いと思った。事故調の班目春樹さんについては小動物のようなビクビクした感じ、としているが、そういうのが一番面白い。民間事故調では(名著「失敗の本質」著者の1人である)一橋大の野中郁次郎さんが(東京電力の)シナリオについて言及していた。シナリオというのは頭の中の世界であって、頭の中でどう判断していたのか。私は2月28日に出した最悪のシナリオの資料を入手したが、頭の中でのことが面白いと感じた。

今回の取材に関してもちろん東電への義憤はあった。東電のトップマネジメントのひどさ。原発所長の吉田昌郎元所長など現場は命がけだった。なぜトップがああまでひどいのかと思ったが、しかしできるだけ善玉悪玉の二元論は止めようと考えた。彼らも極めて限られた選択肢の中で情報もなかった中での対応だった。ノンフィクションは自分が生身でそこにいたら、というのがないといけない。
民間事故調の報告書は原発の絶対安全神話が切り口で、鈴木一人さん、北澤桂さん、野中さんに書いていただいた。言葉で切ると陳腐化するが、この国のガバナンス、なぜ不具合が多いのか、政府企業がタコツボなのか。細部は実に真摯に一生懸命なのだが、2010年の浜岡原発での訓練などはかなりの部分戦後のかたちとつながっている。今回の原発事故で、戦後初めて、国の地金が見えたのではないか。
文学的修辞を排した点を評価いただいたのはうれしい。カウントダウンをやりたかった。クロノロジー、危機の時の時間との戦い、結果の連鎖。1・3号機がやられてから2号機も大量の放射能が漏れた。一種のメモでストーリーを書こうと。できるだけ即物的に書こうと心掛けた。弱者に身を寄せるよりも責任ある立場のマネージャーによるガバナンスを書きたかった。

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