ただお金持ちになりたかっただけなのに
高校を卒業して、すぐに就職をしたが
元々怠け者の私が、仕事をする事を長く続けることなんて出来なかった。
長くて半年。早くて三ヶ月で仕事を辞めては、新しい仕事に就く。
そんな事をずっと続けていた。
そんな暮らしをしていたから、今貧しい生活を強いられている事は
十分理解している。
しかし、それ以上に愚かな行為に手を染める事になりかけた話です。
当時、私には同じ歳の彼氏がいた。
彼は専門学生で、アルバイトをしながら学問に勤しみ
公務員になる事を目指していた。
将来、就きたいと思っている職業がある彼を
尊敬していた。
頭の回転が早くて、私が分からない事の答えを出してくれる
彼とずっと一緒にいたいと思っていたし
彼のいう事は私にとって絶対だった。
交際が二年になった頃。
彼が興奮した様子で私を呼び出した。
「なあ、権利収入って知ってる?」
今なら、聞かれても簡単に答えることができる。
権利収入は【作曲した曲】や【執筆した本】によって
得られる収入の事なのだけど。
当時の私は、本当に勉強不足で
なんのことか分からなかった。
正直に分からない事を伝えると
意気揚々に彼はノートを取り出し、私に説明してくれた。
私でも理解できた事を確認すると
「その権利収入が、俺達にも手にすることができると聞いたら
どうする?」
彼が言いたいことはこうだ。
【ある会社の新規事業で、健康や環境に役立つ商品を
紹介する販売員を募集している。
最初に、自分達もその商品のテストをするために
買い取って、試したりしなくてはならないけれど
自分が宣伝をし、その客が商品を買ってくれたら
マージンとして、月30万円が権利収入として入ってくる。】
その販売員の権利を、特別に私達に譲ってくれるというのだ。
出社する必要もない、時間は自由に使い事ができる。
ただ、週一回会合に参加しないといけない。
私一人では、何かと不安だろうから
彼も一緒にその仕事を、やると言ってくれた。
当時、仕事を続ける事ができず悩んでいた私にも
できる仕事だと彼は思い、私を誘ってくれたのだ。
「わかった。やってみる。説明会に参加しよう」
そうして、私と彼は説明会に参加した。
池袋にある東京芸術劇場で、夜の7時から説明会が開かれた。
普通、昼間に行うものではないの?という私の問いかけに
「自由業だからね。夜の方が開催しやすいんだって」
6階にある会議室に通されると
「こんばんは〜!来てくれてありがと〜!」
と、物凄い歓迎を受けた。
会社の説明会といえば、BGMには静かなクラシックが
流れている事が多かったのだけど
その場では、なぜがボンジョビが流れていたのを
不思議に感じた。
私達のような初参加のメンバーは前に座り
他のメンバーは後ろで、整然と並んで
幹部の話を聞いている。
時折、テレビショッピングのサクラ客の相槌に
違和感を感じていたのだが
彼は、説明を聞いて目を輝かせていた。
9時くらいまで続いた説明会。
同じような事をずっと話しているなぁと感じ
私は途中から、話をあまり聞いていなかった。
会議室の閉まる時間になるからと
場所を移動しようと話す幹部。
そのからなぜか、高田馬場にあるジョナサンに連れて行かれ
夜通し、そのビジネスについてを 延々と聞かされた。
眠気で思考能力が下がり、なにやら書類を書かされ
解放されたのは、始発電車が走り始める頃だった。
それから、週一回の会合に参加をし
毎回、おんなじ話してるなあ…と思いながら
会議室の後ろに立っている状態を
ひと月経過した頃だった。
自宅に大量の荷物が届いたのだ。
家族は何事だと大騒ぎ。
私も、最初は心当たりが無かった。
しかし、箱を開けて我に返った。
そこには【インデックス・インターナショナル】と
会合に参加している組織名が書かれていたから。
そう、私は【マルチ紛い商法】に引っ掛かってしまった。
契約書を見ると、初めて説明会に参加した日。
思考能力の落ちた状態で、契約を結んでしまっていたのだ。
しかし、契約を結んでいたのは私だけだった。
何故なら、彼はまだ学生で
一人でローンを組める状態では無かったからだ。
私一人だけが50万円という借金を作らされる羽目になってしまった。
なんとかしなくてはと、説明会に行った時に
幹部に相談をしてみた。
今アルバイトでなんとか食い繋いでいる状態で50万円も払えないと。
返ってきた答えは
「ああ。だったら、貴方も友達を紹介して紹介料を貰えばいいのよ」
「50万でしょ?二人紹介して商品買わせれば借金がチャラになるよ」
「簡単でしょ?さ、知り合いに片っ端から電話かけてみて」
その言葉は私に、全てに人から嫌われろと言われている様だった。
彼に私は相談した。
自宅に届いた荷物の中に入っていた書類を持って。
彼はその書類を見て、顔が青ざめていった。
「く、クーリングオフすればいいんじゃない?」
そう彼は私に言った。
しかし、その仕組みは消費者センターに相談して
化粧品であること、契約から1ヶ月過ぎている事から
難しい事を伝えた。
その言葉に、絶望を隠しきれない彼は
同級生を紹介しようと言い出した。
借金の引き落としが始まるまで
彼の暴走に付き合うことにした。
次の説明会に、彼は同級生を連れてきた。
同級生も、久しぶりの再会に喜んでいて
その二人を見て、私は複雑になった。
説明会が始まり、テレビショッピングのサクラ声を聴きながら
どうか断ってほしいと
同級生の後ろ姿をぼんやり眺めていた。
「大丈夫。ヤツは絶対参加してくれる」
彼は焦点を失った目で私に言い聞かせていた。
しかし、彼の目論見は大きく外れ
紹介するために連れてきた同級生は
これが【マルチ紛い商法】だとすぐに見抜き
私達に『もう連絡してこないでくれ』と言い残し
帰っていった。
当然だと思った。
誰が好き好んで、犯罪まがいの事に手を突っ込んでくれるだろうか。
「そうだよな…。多額の借金を背負ってくれって言う事なんだよな」
彼がようやく、目が覚めた傾向を見せた瞬間だった。
私が契約した金額が高額だった為
幕張メッセで開かれる表彰式みたいなイベントに
招待された。
その頃には私も彼も【インデックス・インターナショナル】という
会社に魅力を感じていなかったが
脱退する前に、話をしたい相手がいた為
私達は参加することにした。
その相手は彼の幼馴染み。
彼に【インデックス・インターナショナル】と言う会社を
紹介してきた人物だった。
彼は、すでに幹部にまでなってしまっており
説明会に参加しても、気軽に話しかけることができない
地位についてしまっていた。
幕張メッセの会場に着くと、すぐに幼馴染みは
声をかけてきた。
高級そうなスーツにブランド物のアクセサリー。
それらに身を包んだ幼馴染みは、私達に
「早く、ここまで登ってこいよ!」と
笑って言った。その言葉に彼はこう返した。
「俺たちは、今日限りで抜けるよ」
その言葉に幼馴染みの顔から。ゆっくりと笑顔が消えていった。
「本気で言ってんの?億万長者も夢じゃないんだぜ?」
「人に借金させて得た利益なんて、褒められたもんじゃないだろ」
彼の言葉に幼馴染みが少し怯んだのを感じた。
「…でも、俺はお前に契約をさせてないだろ?」
「そうだな。その代わりにコイツが借金を追う羽目になった」
彼は私の方を見た。幼馴染みは理解できないような顔で
「だったら、お前が彼女の分も紹介してやればいい話じゃねーの?」
「人脈を失いたくないからな。もうやらないって決めた」
幼馴染みの手が震えているのが印象的だった。
「お前が抜けたら、罰金払わなくちゃならなくなるんだよ。
た、頼むよ。やめないでくれよ」
幼馴染みは顔面蒼白になりながら、彼に頭を下げた。
彼は幼馴染みをその場に置いて、私と一緒にその場を離れた。
表彰式に席を移し、ぼんやりとその光景を眺めていた。
年間でトップの売り上げを上げたと言う人が
インタビューを受けていた。
「この仕事を続けていると、心が疲れちゃって。ある日思いつきで
ニューヨークまで行ったんです。」
『ええ?計画していた訳じゃなくて、思いつきで?』
「そうです。朝起きてすぐに、ニューヨークに行こうって出かけました」
『すごいですね!そんな思いつきでいけつ場所じゃないですよね!』
「これも、この仕事をしているからだと思います」
そのインタビューを聞きながら、彼がポツリと言った。
「あの人…どれだけの人を騙してるんだろうな…」
その言葉になにも答えられず、ただうつむいていた。
なにも答える事が出来なくて、言葉を必死に探していた時
彼が私の手を握った。
「こんな事に巻き込んでゴメン。借金は俺がなんとかするから」
その言葉に今までの悔しい思いが溢れてきて
涙が止まらなかった。
次の日。
私は彼の父親に呼び出しを受け、彼の自宅を訪ねた。
そこには、彼と彼の幼馴染みが正座していた。
私も並んで正座をし、彼の父親に向かった。
「コイツらのせいで、君が借金を背負ったと言うのは本当か?」
その言葉に血の気が引いた。
何故、彼の父親がそれを知っている?と混乱もした。
事の次第はこうだ。
彼は自分の定期預金を崩し、私の借金を支払おうとしてくれたが
40万円足りなかった。
そこで、父親に必ず返すから40万円を貸してほしいと
話をした。
なにに使うのか分からない様では貸すことは出来ない。
説明を求められた彼は、今回の事を全て打ち明けたのだ。
その事実に激昂した彼の父親は、幼馴染みも呼び出し
話の裏をとり、私を呼び出したと言う事だった。
私もきっと怒られるのだろうなと、
覚悟を決めた時だった。
彼の父親が頭を下げてきたのだ。
「申し訳なかった。不肖の息子が迷惑をかけてしまった」
彼と彼の幼馴染みに目線を移すと、二人とも頬が腫れていた。
殴られたのだろう。
今回の借金の契約書は彼が持っていた為、金額も父親に
しっかり見られていた。
私も注意が足りなかった事を伝えると
「思考能力が落ちてきた時に、契約をさせたと聞いている。
君が悪いとは一概にも言えんだろう」
そう言って深いため息をついた。
「この借金は私が肩代わりをさせてもらう。その代わり…」
この後の言葉で私は、目の前が真っ暗になった。
それから、数日が過ぎた。
郵便受けに一通の手紙が届いた。
彼からだった。
『馬鹿なことに巻き込んでしまって、本当に申し訳ない。
インデックスに契約した金額は、全て支払いが終わった。
残っている商品は、すべて処分してくれて構わない。
もう一度、会って話をする事は出来ないだろうか』
彼の父親が借金を肩代わりする条件は
私たちの別れだった。
「今後、同じ様な事が起きかねないので
このまま交際を続けさせる訳にはいかない。
申し訳ないが、うちの息子と別れてくれ」
そう言われた。
正直、この話を持ってきたのは彼だし
私に何か非があったとしたら、
はっきりしない頭で契約を結んだ事だ。
私が悪いことをしたのか?私は被害者ではないのか?
しかし、彼の両親は私がしっかり判断しなかった為に
自分の息子が責任を負わされる事になったと
感じている様だった。
私はその場でその条件を飲み、彼の家を後にした。
私を追いかける声が聞こえたけれど
振り返らず、ただ必死に駅に向かって歩いた。
追いかけるこえは聞こえなくなっていた。
それから1週間が経過し、
今回の手紙が届いたのだった。
彼は携帯電話も解約していた。
交際していた時に交換した電話番号は繋がらなかった。
彼は、今回の騒動で持っていた車やバイクを
処分させられたと、風の噂で聞いた。
駅から離れている私の自宅へは
車やバイクがないと、来る事は難しい場所だった。
きっと、彼の父が私を訪ねて行かない様にしたのだろう。
私は、返事を出さなかった。
ただ、お金持ちになって楽しい人生を過ごしたいだけだった。
しかし結果は、マルチ商法に足を突っ込んでいたと言う
間抜けな話だ。
私がマルチ商法に入ることになってしまった、きっかけは
彼氏からの紹介だったが
一般的には、前回のカルト宗教同様で
同級生からの、急な連絡からの場合が多い。
同級生からの誘いでも、よく分からない集まりには
参加しないと言うことが、鉄則だと
私は思う。
ちなみに、今回話に挙がっている【インデックス・インターナショナル】は
すでに倒産しています。
クラブモアって名前にも変わった様ですが
その会社も存在していない様です。
ただ、今回の話には弊害があって
おそらく私は「カモリスト」に載っているのでしょう。
怪しい商法のチラシや手紙が毎日のように届きます。
一時期、携帯電話にもそんなような
勧誘の電話がよくかかってきていました。
本当に迷惑な話です。
久しぶりの同級生からの連絡は
疑って聞いて方がいいかもしれないですね。
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