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「大和心しかしこくば」

『光る君へ』第3話にて…


大河ドラマ『光る君へ』は出出し好調で好評のようですね!!

地元の滋賀県や京都市や宇治市でも、

様々なキャンペーンが展開されているようです!


『源氏物語』の「宇治十帖」の舞台の宇治駅


我が地元の滋賀県!


JR京都駅の京都劇場でも!

こういったキャンペーンは一年中続くものかと!^ ^


そんな『光る君へ』の第3話にて登場したのが、

和歌の名人として紹介された赤染衛門です。

百人一首にも59番歌として、


やすらはで寝なましものを小夜ふけて傾くまでの月を見しかな


と歌われていますね!

(「百人一首」解説シリーズも、またいつか……!)

「大和心」の意味を問われれば…


「大和魂」については以前に取り上げましたが、

今回は「大和心」について。


「批評の神様」こと小林秀雄の文章の引用から始めます。

「大和魂」は紫式部が言い出したのですが、「大和心」の方は赤染衛門です。恐らく両方とも女の言葉であったのだろうと思います。確証はありませんが。赤染衛門は大江匡衡の女房ですが、亭主の匡衡がこんな歌を詠んでいます。この歌は実につまらない歌で、その当時の通弊がよく現れていると言える。赤染衛門に子供ができて、乳母をやとったところが、その乳母に乳が出ない。それで、
はかなくも思ひけるかな乳もなくて博士の家の乳母せんとは
という歌を詠んだ。この「乳」には知識の「知」がかけてあります。「知識もない女が博士の家の乳母になるとは、随分ばかなことを考えたものだ」という洒落です。それに対して赤染衛門がこういう歌を詠んで応えた。
さもあらばあれ大和心しかしこくば細乳につけてあらすばかりぞ
一向に構わないではないか。大和心さえかしこければ、お乳など出なくても子供を預けてちっとも構わないという意味です。これは非常に強い歌です。ここでも、かたくなな知識と反対の、柔軟な知恵を大和心といっていた事がよくわかる。その頃、知識、学問は男のものだったでしょう。しかもみな漢文だった。漢文の学問ばかりやっていると、どうして人間は人間性の機微のわからぬ馬鹿になるかと、女はみな考えたのです。大江匡衡は代表的な文章博士です。それがこういう馬鹿な歌を詠んでいるのです。

小林秀雄『学生との対話』より

長めの引用で、尚且つ和歌が二首も出てきましたね。^^;


タイトルの「大和心し」とある「し」は「強意」の副助詞ですね。

「大和心」こそがただ「大和心」さえあれば

という強い思いの反映にも見えます。


学問ばかり、知識ばかりのお馬鹿さんといえば、

「論語読みの論語知らず」と呼ばれたりもしますが、

いつの時代も変わらないものなんですね。(^^;;


赤染衛門との不思議なご縁!


百人一首に出てきたり、

小林秀雄の評論に出てきたりするくらいですから、

「赤染衛門」と聞いて名前は知っているという人は多かろうかと思います。


ですが、個人的な「ご縁」とも呼ぶべき発見が、

車の運転中にあったのは去年のことでした!


祖父母のお墓参りを済ませて帰る道すがら、

「◯◯公園」だったか「△△石碑」だったか、

Googleマップ上に表示されたのをふと見つけてしまったので、

狭い駐車場にすぐに車を停めて覗いてみたのでした。



すると…


歌碑の説明文に「百人一首」の和歌が!

さらに…


大江匡衡について(読みづらくてすみません…)

そして…


「仲良し夫婦」の和歌!!

ということで、

祖父母の地元と深いご縁があったのだとわかりました!!


今回は思いもよらず写真だらけの投稿となりましたが、

今年は「平安イヤー」ということで、

気づきと発見と考察の旅はまだまだ続きます……

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