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『海、または武満徹に』 超短編小説

海を殺した太陽はなおも天空でほほえみながら、じりじりと少年と少女の頭を焼きます。

「海の底には真っ赤に焼けたくじらたちが沈んでいて、夜な夜な、唄っているんだ」

少年と少女は、かれらの兄にそう聞かされたことがありました。

昨日、世界が一瞬静まりかえりました。そののち、少年と少女の兄を殺した海は、ごうごうと獣のような唸りを発しながら死にました。

「海が死んだら」

少女が虚ろにつぶやきました。

「くじらたちはどこで唄うのかしら」

取り残された二枚貝や珊瑚が、陽光をいっぱいに吸い込んで色とりどりに輝き、その頭上を鴎の群れが気だるく旋回していました。

海が死んで、陸と海の生物たちが久しぶりの再会を果たしたのです。

「くじらたちは海が好きだった」

少年がぶっきらぼうに言いました。

「だからくじらたちはもう唄わないかもしれない、くじらたちは海のために唄っていたんだから」

一羽の鴎が難破船のガラスで傷つき、血を流しました。

二枚貝たちはその口をしっかりと閉じ、沈黙をつづけていました。

海を殺した太陽はなおも天空に鎮座し、じりじりと少年と少女の頭を焼きます。

少年と少女の兄を殺した海は、もう帰っては来ません。

write by 鰯崎 友

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