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怪#3(お迎え)

私は5人兄弟の末っ子
女だし
予定外で出来た子だったので
あまり喜ばれなかった

長男とは12歳も
年が離れており
「恥かきっ子」と
呼ばれていた
家計は苦しいのに生まれて
親からは顧みられなかったが
代わりに姉ちゃんが
面倒見てくれた

人生はそれなりに過ぎて
ふと気づけば50代
兄弟も長男と長女
私の三人となっていた

一族の跡取りとして
親兄弟、親族
皆から大事にされ
一目置かれていた「兄やん」は環境からか
持って生まれたものか
わからんけど
「俺が絶対正義」的な
感覚の持ち主で
好きなように振る舞い
好きなように飲み食いし
封建的とさえ言えるような
権力者だったが
それが災いしたのか
私の今の歳
(50歳)くらいには
心臓を患い寝たり起きたりの生活となった

奥さんの「とよさん」は
気苦労と兄やんに
言えなかったばかりに
病気をこじらせて急逝した


それまでの自由な生き方から一転

患いついてからの兄やんは
人生の「幸せ」を使い切ったような日々で
本家の大きい屋敷の一角だけに起居し
寂しい人生を
ひとり送っていました

ある日、鋭い腹の痛みに
救急搬送された県の大病院は
心霊物のロケに使えそうな
年代物で「噂」の
多い場所だった

すぐに緊急手術となったが
言われていた時間の
半分ほどで
終わった?

不審に思っていると
担当医師が説明に現れ
「開腹しましたがダメでした」
と、言った

どうしてなのか
わからずにいると

腸の閉塞部分がねじれて
破れてしまっており
本来、腹腔内を洗浄して
破裂部分を縫い合わせたら
おおよそ終了なのだが
出来なかったというのだ

長年、心臓の薬として
舌下錠のニトロや
強い治療薬を使用していた副作用なのか
内臓が触っただけで
ボロボロと崩れるほど
生きながら
腐り始めていたらしい

痛みの緩和をしながら
緩やかに「死」を
待つしかない

そんな話でした

色々な思いは去来したが
どこかで覚悟してきた

年齢的にも長年の患いにも
心の準備をするには
十分な時間があった

それは本人も同じこと
私たち三人は残された
時間を相応に過ごすと
示し合わせていたから

病室でいつになく
平和な日々を
送ることができた

兄やんのベッドの右手側は
壁から20cmくらいしか離れていず
昔の病院で
こんな狭い病室しか
当てがわれなかったのだ

左手側に私たちが座ったり
するスペースが
わずかにあるばかり
死にゆくものには
これで十分と
いうことなのだろうか

2月の底冷えがする日に
兄やんの右手の点滴の
管がねじれていたので
狭い隙間を、横ばいに進み
調節していると
ふと目を開けた兄やんが
「そこを、どかんか」
と、私に言った

母ちゃんと○○が
通る邪魔になる

他にも先祖さんたちが
来てるから
通り道をふさぐな


そんなことを
言って怒るのでした

今、呼んだ人たち
みんな鬼籍に入ってるよね

お迎えが
来たの…?

時間が来てるの?


兄やんが指さすのは
病院の灰色にくすんだ壁

そこを10人ほどの
ご先祖様たちが白装束で
錫杖を鳴らし
何やら花のような
香りをさせて
集団で歩いて来てるんだと

兄やんは満足そうに笑うと
スーッと意識をなくして
その日の夜中


引き潮の時間に
旅立っていった


この話は
姉ちゃんと私の胸にたたみ
葬儀を執り行った

その後、本家の
片付け等していたら
あっという間に
「あの世」に旅立つという
50日を迎えた


神主に経を上げてもらい
一連の行事が終わり
来客が帰った客間で
姉と二人
「終わったね」とつぶやいた

しばし沈黙の後

納品されたばかりの
親族写真を箱から取り出した


先日の葬儀の親族写真である
土地のならわしで
仏間の欄間に飾る風習なのだ

「うっ」


姉が変な声を出したっきり
額縁を持った手が
ブルブル震えている

「どうしたの?」

そういって覗き込んだが
何がどうなのかがわからない

震える指で
姉ちゃんが示した場所に

とうに死んだはずの
母さんが写ってる!

兄やんの写真を抱いて
中央に姉ちゃんが
その横に私が居るのだが
私と姉ちゃんの頭の上に

母さんが喪服を着て
写りこんでいる

私たちよりも
心なし薄い色味だが
優しく笑っているのだ


亡くなるときも
迎えに来たけど
あの世に旅立つときも
手を引きに来たんだね

そう思った
不思議と怖くはなかったよ

驚いたけれど
そのまま、飾り
兄やんの家は塞いだ



時は流れて
数カ月後
兄やん宅に
風を入れに行ったとき
仏間の写真を見ると
親族写真から
母さんの姿は消えていた


ねぇ、母さん


私の時も
迎えに来てくれる?



毎日の重ねから私なりの 「思い」を綴っております 少しでも「あなたの」琴線に 触れるものがあれば幸いです 読んで下さり、ありがとうございます