小説/黄昏時の金平糖。【タイムレコード0:07】#24 自分も、私も、新しい世界へ

黎明わた 6月3日 金曜日 午後10時10分
            愛知県 夏露町 黎明家

 、、、あれ?誰と話してたんだろ。
 そだよねって、誰に共感したんだ?
 でも、今テレビで放送された瞬間に、聴いている全員がすごいという感情に全身を貫かれたんだろうな、って勝手に思った。
 自分もその一人だ。

 それより。
 さっきの感動で、ドクドクと脈が大きく波打っている。なぜか過呼吸で、口角が自然と上がっている。
 本当にすごかった。
 と同時に、アカペラをやりたいという衝動に駆られた。
 特にドラムのやつ。かっこよかった。
「、、、やってみよっかな!」
 ははっと笑った。

 すると、扉が小さな音で開いた。
 驚いて振り向くと、兄ちゃんが立っていた。
「何してるの?」
 唐突に聞かれて
「何もしてないよー」
 と答えた。
「そっか。、、、?」
 兄ちゃんが自分の足元に視線を落とした。
「どした?」
「いや、リモコン壊れてるなって」
「あ」
 しまった。さっき落として壊したままにしていた。

「暴れてたの?」
「落としただけ」
「なんか怖っ」
「違うわ!」
 自分がいそいそとリモコンを拾うのに対して、兄ちゃんは気にすることもなく、笑顔で椅子に座り、パソコンを開いた。

 散らばった電池を入れ直し、カチッとカバーをつけてリモコンは直った。
「よーし、完成!兄ちゃんおやすみ!」
「ん、おやすみー、、、あ」
「?」
 兄ちゃんが何かを言いかけたから、足を止めた。
「今日、わらべくん来てたよ」

「え、いつ?」
 心底驚いた。まさか、わらべが本当に?
「わたちゃんが登校してすぐ後」
「え!」
 そうか。だから朝、話しかけてきたんだな。もし、登校が遅れてたら遭遇してたかもしれない。そう思うと、少し怖かった。

「そなんだ、来てたんだ」
「うん。、、、それだけ!おやすみ!」
「おやすみ!」
 それだけ、の一言で謎の沈黙を切ってくれた。
 自分は二階に駆け上がる。

 ─って、早くわらべたちと話したかったら、怖いとか言ってられないよね。一歩踏み出してみれば良い話なのに。
 それでも、その一歩が自分にとって重いのだ。
 自分は布団にダイブして、天井を眺めた。
 ─早く仲直りしたいなぁ。
 これ以上考えると寝れなさそうだから、何も考えず、睡眠に入ろうとした。

師走わさび 6月3日 金曜日 午後10時20分
        愛知県 夏露町 からふるとまと

 コンコン、とノックの音がした。
「まだ寝てないの?早く寝るんだよー」
「っ!はい!」
 正直、びっくりした。大きく心臓が跳ね上がっている。棚本さんで良かった。見谷さんだったら、の戸を開けられていた。
 スマホの電源を切って布団に入る。
 深く布団を被りながら、ぎゅっと目をつぶった。

 ─すごく、楽しかったな。
 久々に、楽しいと笑顔で思った気がする。
 なにより、上手く歌えた。
 そうだ。わらべに歌うときはアカペラにしよう。
 テスト勉強ができなかったという悔しさは消えた。けど、やっぱりテストが不安だ。
 明日は一日中テスト勉強だな。
 私は小さく笑った。

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