雑文

 

 保証が欲しいのだ。結局のところ。紙のようなものがいい。その紙は世界で一番権力を持っている人間が発行している。その紙は、その紙を持っている人間が世界で唯一の文学者であるということを保証してくれる。まごうことなき本物の文学者。その紙を持っていない人間はどれだけたくみに文章を操ったとしても文学者とは認められない。逆にその紙を持った人間は、ろくでもない文章しかかけなかったとしても文学者として認められる。世界中の人間がその人の書いた文章をありがたがるようになるのである。…その紙を持っている人間は最早文体を鍛える必要もない。毎日ノートに向かってペンで何かを書き続ける必要もない。気まぐれに読み、気まぐれに書きなぐればいいのだ。そうしたらそれが文学になるのだ。彼は文学者として生活を保障されている。だから書かなくてもいい。書かなくても文学者だということは紙によって保証されている。


 その紙を失くしてしまったらどうなるだろう?あるいは紙を奪われてしまったら?絶対的な効力が付与されているのは紙を受け取った人間ではなく紙そのものである。だから紙を失くしてしまったら文学者ではなくなってしまうのだ。再発行は認められるのであろうか?戸籍制度が完備されていて、僕自身の肉体の個体識別データと戸籍上のデータを付き合わせれば完全に本人確認できるようになっている。そういう状態であるなら再発行は認めてもらえるかもしれない。紙は僕という肉体に発行されるのではなく、データベース上の戸籍に発行されるようにすればいいのだ。それなら戸籍そのものが消失してしまわない限り、「僕自身」がその戸籍の人間であるということを証明することができさえすれば何度でもその紙を発行してもらうことができるようになる。


 保証…。そんなものは実に空しい試みである。しかしたとえば、母親が子どもを抱きしめながらかける「幸せになってね」という言葉。そういうものも保証といえば保証である。さて、我々はそういうものまで「空しい」と言い切ってしまうことが本当にできるだろうか?


 …なんでこんなことをぐだぐだと言うかといえば、何も書けないからである。何も書けないからこそこんなことを言ってしまうのである。僕は竜のことについて書きたい。しかし書けないのである。なぜ書けないのだろう?僕はその理由を知りたい。こんなに書きたいのに全く書けないのである。僕は空虚な中心のまわりをぐるぐると回り続ける苦行者のようなものである。本当はその中心のことについて書きたい。しかしどうしてもペンで、文字で、キーボードを動かす指で、その中心を覆う白くべとべとした繭のようなものを引き裂いてしまうことができないのである。


 太陽に近づきすぎたために、羽根を固めた蝋がとけて地上に墜落してしまったイカロス。それはまさに僕の言葉である。あまりに高くまで届けようとしてしまったあまり、言葉はどろどろにとけ、その中身を露呈させながら墜落していってしまったのだ。

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「誰か何か言ってくれ!」

「あなたの言われたい言葉を、なんでも言ってあげるよ…」

「…なんだね君は?君のようなみすぼらしい人間にかけてもらいたい言葉なんてあるわけがないだろう!わかったらはやくこの部屋から出ていきたまえ!」

 白い着物を着たその人は彼のその言葉を聞くと、悲しそうな表情をしたまま扉を開けて部屋から出ていってしまった。そして彼はまた同じことを繰り返す。

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 誰だって寂しい時に声をかけてほしいものなのだ。孤独な時にこそ抱きしめてほしいものなのだ。しかしなかなか「しかるべき」ときに「しかるべき恩恵」は訪れてくれないから、人は近くに設置されている機械を操作して「前借」をするのである。それは確かに一時の慰めにはなる。それは火照った体をさましてくれる氷のかけらである。あるいは冷え切った体を温めてくれるスープである。しかしそれはあくまでも「借り入れ」であるから、いつかは利息を返さなくてはいけないのである。そのことに気づかないまま、それを永遠の救済だと勘違いしたまま年を重ねていく人は非常に多い。負債がどうにも手におえないほどに積み重なっていることに気づかないまま泥沼に沈んでいく人は、我々が想像しているよりもずっと多いのである。

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