「アルハザード聞いてくれ」

 アルハザード聞いてくれ。

 アルハザードは答えない。アルハザードは眠ったままだ。アルハザードはワイルドアームズというゲームに登場するモンスターの一人だ。モンスターの中ではかなり地位が高く、残虐な実験もかなりたくさん行っている。

そんなアルハザードに僕は何を言おうとしているのか?


アルハザードはカ・ディンギルという塔で殺される。カ・ディンギルという塔は地上と宇宙ステーションを繋ぐもので、その屋上に転送装置が置かれているのだ。この宇宙ステーションは最終ダンジョンで、ここの奥でジークフリートという最終ボスが主人公たちを待ち構えているのだ。


しかし僕はアルハザードに一体何を言おうとしているのだろう?


ワイルドアームズは人気シリーズとなり、僕の記憶では5作目ぐらいまで作られていた。その他にもいくつか派生作品があったはずである。脚本を手がけた金子とかいう男は後にアニメの脚本も手がけるようになった。シンフォギアシリーズとかいうのがそのアニメで、どうもコアなファンがついているようである。


しかし僕はアルハザードにかける言葉が見つからない。僕はアルハザードを復活させようとしているのだろうか?なんのために?アルハザードはとてもひどい奴だったのだ。エルミナという女性を連れ去り、記憶を消して魔物に改造してしまった。エルミナは残酷な魔物レディ・ハーケンとして生まれ変わり、魔族の尖兵として数々の悪行を重ねることになる。そんなひどいことを他にも数多く作中で行ってきたのがアルハザードなのだ。そんなアルハザードに一体僕は何を言おうとしているのだろうか?

 僕はアルハザードに何かを問いかけようとしているのだろうか?一体何を?なぜそんな残虐なことをしたのか?とでも問いかけるのか?答えなんて明白だ。アルハザードは魔族だからそんなことをしたのに決まっている。そんなことを問いかけて、もし仮にアルハザードが「私は元々は人間だったのだが、迫害を受けて彼らに絶望してしまった。その憎しみが私を魔族に変えた。私は人間に復讐するためにあんな残虐なことをしたのだ」などと言い出したら僕はどうすればいいのだろう?僕はアルハザードを許す羽目に陥ってしまうかもしれない。結局のところアルハザードは魔族のままでいるのが一番いいのだ。


 幸いなことに魔族は魔星ヒアデスというところからやってきたということになっている。地球よりもずっと遠くにある星だ。そんなところで暮らしていた魔族たちが元々人間だった、ということはあるまい。設定的には僕たちはアルハザードに同情せずにすみそうである。レディ・ハーケンには僕たちは同情できるかもしれない。レディ・ハーケンは元々は人間エルミナだったからだ。エルミナがレディ・ハーケンになったのはアルハザードのせいなので、レディ・ハーケンに殺された人々はアルハザードを恨めばいい。アルハザードが人間だったという可能性は限りなく低い。だから安心してアルハザードを恨めばいい。


 そんなアルハザードに僕は何を言おうとしているのか?アルハザードは眠っている。…眠っているように見えて、実は死んでいるのかもしれない。しかしアルハザードは魔族だから、眠っているのか死んでいるのか判別することは僕にはできない。魔族は機械の体を持っているのだという。機械の体を持っているのだが、ロボットではないのだという。魔族には心はあるのだろうか?自立して動き、行動しているからといって心があるということにはならない。アルハザードには心があったのだろうか?心があって、なおかつその心が邪悪だったらあんな残酷なことができたのだろうか?それとも心がなかったから残酷だったのだろうか?


 僕はアルハザードを前にしながら色々なことを考える。しかしアルハザードに向かって言う言葉を見つけることはなかなかできない。考えることはいくらでもできる。しかしその考えを言葉にするとなると、これはなかなか難しい。別に制限時間があるわけではない。文字数制限があるというわけでもない。いくらでも、好きなだけ僕はアルハザードに言葉を投げかけることができる。にも関わらず僕はアルハザードに言うことを決めることができない。


 僕はペットボトルの水を飲み、一息入れる。この水はどこから持ち込んだものなのだろうか?カ・ディンギルの近くの町で買って持ってきたものなのだろうか?それともどこか別の世界から持ってきたものなのだろうか?…ワイルドアームズは西部劇の世界観をモチーフとした作品である。だとすればペットボトルなんてあるわけないじゃないかと思うかもしれない。しかしたとえば焼きそばがあるのだ。3人いる主人公の内の1人の令嬢セシリアの好物は焼きそばなのである。世界の半分近くは荒野で、魔族がいて、セシリアは魔法を使うことができて、そして焼きそばが存在するのである。僕がここでりゅっくさっくから箱詰めにされた焼きそばを取り出して、アルハザードの前でずるずる啜りだしたとしても、それはワイルドアームズの世界観とは矛盾しないのである。作中では出てこなかったが、もしかしたら自動販売機だってあるかもしれない。僕はカ・ディンギルに一番近い街の自動販売機でペットボトルの水を買い、リュックサックにつめてここまで持ってきたのかもしれない。そして今アルハザードの前で飲んでいるのかもしれない。しかし仮にこの水が異世界から持ち込まれたものだとしても、一体何が問題だというのだろう?そもそもこの目の前のアルハザードからして異星ヒアデスからやってきた魔族なのだから。


 僕はアルハザードに「お疲れ様」と言いたいのかもしれない、という考えが頭をよぎった。しかしそれは何に対しての「お疲れ様」なのだろうか?アルハザードが行った数々の残虐行為に対する「お疲れ」だろうか?流石にそれは違うだろう。たとえばアルハザードが僕を無慈悲に八つ裂きにしたとする。それで別の誰かがアルハザードに対して「お疲れさま。なかなかいい八つ裂きだったね」とかねぎらいの言葉をかけた場合、僕はアルハザードだけでなくその言葉をかけた誰かすらも恨むようになるだろう。僕は決してアルハザードの行った残虐行為に対して「お疲れ」なんてことは言わない。だとすれば何に対しての「お疲れ」なのか?アルハザードがアルハザードであるということに対する「お疲れ」なのかもしれない。でもそんなことを言うということは、無意識の内に僕がアルハザードがアルハザードとは違う生き方をする可能性があったということを認めているということを意味する。


 でもそんな可能性は本当にあったのだろうか?アルハザードは何度生まれ変わってもやっぱりアルハザードだったのではないだろうか?何しろアルハザードは魔族だったのだ。アルハザードはどんな環境で生まれ育っていたとしてもアルハザードだった。というよりもアルハザードはアルハザードが生まれる前からすでにアルハザードだったのだ。そういう疑問も当然浮かんでくる。

 もしかしたら僕はそれを聞きたいのかもしれない。アルハザード、君にはアルハザード以外の生き方をする可能性があったのか?と。しかし僕はすぐに考え直す。ここに存在するのはすでにアルハザードとしての生を終えてしまったアルハザードだ。このアルハザードにとっては多くの人間を虐殺し、エルミナを改造したアルハザードこそが紛れもないアルハザードなのだ。それ以外のアルハザードはまがい物にすぎない。「アルハザード以外の生き方をする可能性があるか?」という質問はアルハザード以外の存在に対してのみ有効なのだ。

 僕はまだアルハザードに何を言うべきなのかということを決めることができない。僕はアルハザードのことを忘れるべきなのかもしれない。アルハザードにかける言葉などきっといくら探しても見つからないのだから、この場を離れてアルハザードのことなんて考えずに暮らしていくべきなのかもしれない。でもなかなか重い腰はあがらなかった。


 しかしいずれ腹は減る。弁当はあるが、それもいずれは尽きる。そうなったら流石の僕もこの場所を離れるだろう。しかしどこかの街で疲れを癒し、食料品を調達したらきっとまた僕はここへ戻ってくるだろう。地上と宇宙との狭間にあるこのカ・ディンギルの、最上階のアルハザードが眠っている場所へ。そしてアルハザードにかけるべき言葉が何かなにか考え続けることであろう。それが不毛なことであると知りながら。

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