「ギュスターブの独白」


「…つまるところ最悪なのは「最悪」だということすら言えないということだ。そうは思わないか?アルフレッド。今日も雲が空をふさいでいる。太陽の光は一筋だって地上に届きやしない。人々は空には何も期待していないからもう何年も首をあげていない。彼らはみんな猫のように背中を丸くして、なめくじみたいに地を這ってなんとか生きている。なあ、僕はこの暗い部屋からどんな手紙を書けばいいのだろう?誰に宛てて、何を書けばいいのか?言葉は紡ぎだした瞬間からからからに乾いて粉になり、吹き飛ばされて消えていく。無限のインクと紙を費やしたって、意味のある物は一向に書けやしない。なあアルフレッド、僕は発狂したのか?見えるはずのないものが見えたり、見えるはずのものが見えなかったりすることが発狂したことを意味するという意見に賛同することはできない。それなら僕は母の乳首をもぐもぐやっていた頃から発狂していたことになる。いやそれだけじゃない。この国で暮らす民衆全てが発狂していることになってしまう。誰だって嘘をどっさりと抱えて生きている。そうしないと一日たりとも呼吸をすることなんてできない。目の前に便器があるとして、それを食器として飯を食わないといけないように羽目に追い込まれた人間が、「これは便器ではない」という幻想に飛びつかずに生きていけると君は考えるのかアルフレッド?  

 …いずれにしても多分僕はそれを望んでいるのだろう。天使が目の前に現れて、陰鬱そうな僕の顔にむけて指をつきつけ、「お前は発狂している」とはっきりと宣言することを。精神科医ではダメさ。祈祷師なんてものももってのほかさ。僕の肥大化した理性はそういう輩の欺瞞をすぐに見抜いてしまうだろうからね。光輝く天使でなければ…。いや、結局のところ僕はきっと、実際に天使が現れたのなら、その瞬間から天使に失望してしまうのだと思う。その瞬間から天使には見向きもしなくなり、もっと別の、何かより神秘的なものの出現を待つようになるに違いない…。なあつまりだな、アルフレッド。僕の言いたいことはだな。アルフレッド、つまり…何もわからないということなんだ…」

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