バイコヌール宇宙基地について(ニューヨークタイムズの記事)


 近年、バイコヌール宇宙基地内部の使われなくなった建物で、近くの草原で生活をしていた遊牧民が生活を始めるという事例が多発しているという。

 これはソビエト社会が崩壊した後、経済的困難へと突き進むこの街が経験してきた長き衰退の兆候の1つにすぎない。これはアメリカを含む世界が今なおロケット発射についてバイコヌール基地に頼っていることを考えてるとより一層興味深い事柄であると考えられる。バイコヌール基地以外でこのようなロケット発射にふさわしい場所となると、中国ゴビ砂漠の酒泉衛生発射センター以外には存在しない。


 地方紙の編集者であるアンナ氏は言う。「この街のことについて考えるのは辛いのです」

 最初の携帯電話がここに姿を現したのは2004年のことであった。最初のMRI機器が姿を現したのは2011年のことであった。「私達は宇宙以外のことについては世界の最先端を走っているわけではないのです」

 今日ではバイコヌールの住民の70パーセントはカザフ市民である。しかし今でも街はロシアがカザフスタンから借りている飛び地となっていて、そこではロシアの法制度によって統治されている。人口比が逆転したのはソビエト崩壊の時期である。その当時カザフ人は1/3しかいなかったのである。

 あたりには日雇い労働者や市場関係者が通りをうろつく。たまに年老いたロシアのエンジニアーが姿があらわす。


 街は汚れている。多くの側道は舗装されておらず砂まみれであるが、近くのほぼ全てのビルはロケットのモザイクで装飾されていて、その図案は宇宙を遊泳する飛行士や星、それから魅力的な惑星のなどである。噴水では、噴出す水はロケットのような形になっている。宇宙飛行士のサイン入り写真がカフェの壁を飾っている。そのカフェではコーヒーはトルコ式で給仕される。


 中国以外の国々はこの基地に頼らなくてはいけないのに、この基地は緩やかに衰退していっているのである。

 NASAは先月(2013年6月)宇宙飛行士の発射についての契約を1年間、2017年の半ばまで、追加で4億2400万ドル支払って延長した。現在、全てのアメリカの宇宙飛行士はこの街から飛び立っている。


 この依存のため、NASAは今では全ての飛行士に、astronaut corpsを卒業する前にロシア語を勉強することを求めている。

 ヨーロッパと日本とカナダもまたここからロケットを発射している。NASAはロシアから年間6つの枠を購入しているが、前記の国々はNASAからこの内半分の枠を再購入しているのである。

 こうしてみるとバイコヌールは宇宙開発の中心地のように思えてくるが必ずしもそうではない。極東に新しいVostochnyという新しい宇宙基地を作ろうとしているロシアを含めて全ての国がこの状態、すなわち「バイコヌールが宇宙開発の中心であるという」状態は一時的なものであると考えている。その結果、バイコヌールの町は無視され、打ち捨てられているのである。

「ロシアが道路を整備することはできないだろうし、撤退する時にそれらを撤去することもないだろう」Khodakovskayaは言う。


 中央アジアに典型的な社会問題、すなわちアフガニスタンから流出してきたヘロインの乱用、労働者移民、そしてイスラム原理主義の台頭などがこの街を悩ませている。数年前、警察はバイコヌールを囲むフェンスの外のカザフの村Tura-Tamで男たちを逮捕した。彼らはHizb-ut-Tahrirなるイスラム原理主義のちらしを配っていたのである。


 街の民族的緊張の沸点は低い。ロシア人は宇宙関係の仕事で他の人々よりもはるかに高い給料を得ているからである。2011年、ある若いカザフ人が中央通り人ごみの中で「The head is a dog(市長は犬だ!)」とロシア人の市長に向かって叫んだ。


 外の市場では、積み上げられたアプリコットやトマトの裏で、商人が笑って金歯を見せ、鷹の目をした中央アジアpotteryがcrudely drawnロケットや笑顔のユーリ・ガガーリンをヘルメットに入れたままでガラスに上薬をかけていた(ガラスをはめていた?)。蝿は羊肉とかぼちゃのパイの見本を味見していた。


 宇宙関係のミッションの前には、NASAの宇宙飛行士と管理者たちは町のはずれのホテルに泊まる。そこは一番安い部屋でも34000円ほどはかかるものである。

 NASAの進出は超現実的である。以前はアメリカは宇宙到達の能力についてはギャップがあったのだが。1975年のアポロ計画の終了から、1981年の最初のシャトル計画まで。そして2つのシャトル事故のあと。


 「我々は難しい戦略的状況の下、いつもかなり懇ろにもてなされた。」Rob Navias、NASAの広報官は先月のアメリカ人宇宙飛行士、Karen L. Nybergの出発の前のインタビューでそう答えた。「我々は現在移行期間にある。そして我々はこの移行期間が短く終わることを希望している」


 宇宙飛行士たちはロシアのロケットまでバスで運ばれる。でこぼこな道で、らくだが荷物を肩にのせて歩いていたりする。誰も穴ぼこを補修することは気にもかけていないようである。


 プーチン大統領でさえ4月12日の宇宙飛行士の日の時の演説で、バイコヌールについて「老朽化している」と言及している。


「この人々はロケットを打ち上げてはいるが、町そのものはまるで第三国のような状態だ」Jene Raganは言う。Bethesdaから来たソフトウェアエンジニアは言う。彼は5月にロケットの発射を見るためにやってきた旅行者だった。彼はロケットの移動を眺めながら草原の上の羽根アリを叩き潰した。


 バイコヌールの現状に対する警告を受けて、カザフスタン宇宙局局長Talgat Musabayevは12月、ロシアとの領土借り入れ合意を取り消す提案をした。カザフスタンは土地を貸すことで1億1500万ドルもの収入を得ていたのである。
 

 カザフ人を放置されたビルから退去させようとする努力をロシアが続けてきたことに対して、カザフは怒っていた。それらのビルは正式にはカザフの不動産であり、カザフは現在不動産不足に悩んでいるのだ。彼らはjettisoned rocket stagesから彼らの領域にゴミが落ちてくることにも不満を募らせていた。


 それに対する返答は、ロシアがVostochnyが有人発射の準備が出来る2018年までただ単純に話し合いを延期するようにカザフを脅すというものであった。Izvestiaの報告である。

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