ベナレスにて


 崩れた赤子の死体を抱えてガンジス川のそばまでやってきた母親。彼女は水中へと至る石段を一歩ずつ一歩ずつ降りていく。至るところで病を抱えた人々が水浴びをしながら祈りをあげている。荒廃した東岸に今沈もうとしている陽の光を浴びて、彼らの体は真っ赤に染められていた。彼女は赤子の死体を水の上に浮かべる。それから川の水を掬って顔にかけた。彼女はやせこけた指先で赤子の体を隅々まで洗ってやった。こすればこするほどに赤子の体は削げていき、膝や肘などは骨が露わになっている。彼女の背後では次々と死骸が焼かれて灰になっていく。よくわからない流派の僧侶が極限まで簡略化された祈りをあげ、次から次へとドラム缶の中へと死体を放り込んでいく。灰が目指して立ち上っていく先にある空ではまさに今、星が1つまた1つと輝きを放とうとしていた。


 ガンジス川を下っていく舟に乗るスーツを着た男はその光景を眺める。ノートにあれこれと目の前の光景のことを書きとめる。ああでもないこうでもないと悩みながら文章を洗練し、まとめあげていく。彼の頭の中は次に発表する小説のことでいっぱいだ…

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