対話集「生きる意味」

〇ある友人

「僕らは何のために生きているんですか?」

「幸せになるためにだよ」

「幸せって何ですか?」

「さあ?」

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〇短気な人

「僕らは何のために生きているんですか?」

「何だよ急に?そんなこと俺に聞くなよ」

「どうしてあなたに聞いてはいけないんですか?」

「知らないからだよ、その質問の答えをさ」

「知らないままで、あなたはそれでいいのですか?」

「なんだてめえこの野郎。俺に喧嘩売ってやがるのか…」

 その男は拳を作って腕を振り上げたので、思わず僕は彼に背を向けて逃げてきてしまった。

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〇冷たい女


「僕らは何のために生きているのですか?」

「僕ら…。あなたは今「僕ら」と言ったね?その答えは私は知らないな。「私」が生きる意味なら知っているけれど」

「ではあなたは何のために…?」

「私はこの世界の全てを凍らせるために生きているんだ」

「凍らせる…」

 彼女は鍋の中から一切れの大根を箸でつまみ上げ、息を吹きかけた。するとたちまちその大根は凍りついてしまった。今の今までぐつぐつ煮られていた大根がである。僕はその大根に指先で触れてみた。それはなんというか刃物みたいに冷たかった。僕は触った瞬間手を引っ込めずにはいられなかった。見ると、彼女は笑みを浮かべていた。

「私に凍らせられないものはこの世に存在しない。本当になんでも凍りつかせることができるよ。花でも、子犬でも、ゴムでも溶岩でも潜水艦でもなんでもね」

「試してみたことがあるんですか?」

「まあね。一通り試してみて、私に凍らせられないものはないって確信したんだよ」

「しかしなぜ世界の全てを凍らせるのですか?何か世界に恨みでもあるのですか?」

「いや、特にないよ。なんだろうね。楽しいのかもしれないね?それに凍らせたものはいつまでもそのままの姿でとっておくことができるし。でもなんでだろう?改めてなんで?って聞かれるとわからなくなるものだね。ただ私は、それが私にとっての人生の意味だってことを知っているだけのことなんだよ」

「それは誰かに教えられたものなんですか?」

「いや、自分で見つけ出したんじゃないかな?うーん…でもそうじゃないかも。よくわからないな」

「はっきりしないですね」

「理由なんてどうでもいいことだからね。私にとっては」

「うーん…」

「あまり参考にならなくてごめんね。おわびに…氷漬けにしてあげようか?」

 僕はすぐに立ち上がり、小屋の扉をあけて外に駆け出した。そして一目散に山を駆け下りていった。しばらく行ったところで後ろを振り返ってみた。女は小屋の外に出てきて微笑みながら手を振っていた。からかったのかもしれない、と一瞬考えたが、今更小屋に戻る気にはなれなかった。


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〇グルメ

「僕らは何のために生きているのですか?」

「美味い物を食べるために生きている。わかりきったことだ」

「はあ…」

「なんだ不満そうな顔をしているな。美味い物を食っている時、お前は幸せを感じないのか?」

「それはまあ感じますが…。でもそのために生きているんだ、って言われると何か違うような気がしてくるんです」

「そんなことをお前が思うのはだな、本当に美味い物を食ったことがないからだよ。いいか、子豚の腹を切り裂いてだな、中の臓物を全部くりぬくんだ。そして豚の腹の中に香草と米を混ぜたものをつめていく。そして丸焼きにするんだ。そうするとな、中の米が肉汁を吸って、とんでもなくうまいものになるんだ。それを食ってみろ。そしてビールで腹に流し込んでみろ。そうしたら人生の意味なんてくだらないことは二度と考えないようになるから」

「はあ…」

「それからな。河原に行くんだ。山の中の、緑のおいしげっている見晴らしの良い河原だ。そこにテントを張って1晩眠り、翌朝起きる。辺りには霧がたちこめている。そこで石を組んで竈を作り、火をおこして鉄板をその上に置く。そしてそこでロールパンとウインナーを焼くんだ。別にその辺のスーパーで買ってきた安い奴でいいんだ。まずカリカリに焼いたパンに新鮮なレタスを敷き詰める。そしてそこにこんがり焼いたウインナーをはさみ、ケチャップとマスタードをかける。これを気の合う仲間たちと頬張りながら、コーヒーを飲むんだ。むちゃくちゃに美味いぞ。美味いだけじゃない。人生の神秘に触れたような気分になれるぞ」

「それは美味そうですね。ホットドッグは好きだから…」

「それから国会の近くにな、うまいうな重を出す店があるんだな。べらぼうに高いがべらぼうにうまい。くさみなんてほとんどなくて、身はふっくらしている。外はかりかりで中がふわふわなんだな。秘伝のたれはほどよく甘く、そして絶妙の苦さをもっている。この苦味がポイントなんだな…」

「あの、わかりました。あなたが食事という行為に人生の重きを置いているということは十分わかりました。それが僕にとっても人生の意味と言うことができるほどのものになるのかどうかということは…正直わからないけれど、少なくともそういう風に考える人がいるということはわかりました。…最後に1つだけ、どうしても気になったことを聞いてもいいですか?」

「何かね?」

「それだけ何かを食べることが大好きだったのに、あなたはどうして自殺してしまったのですか?」

「事業に失敗して破産してしまったんだ。それで好きなものを好きなだけ食べるという生活をすることができなくなってしまった。そんな人生に意味はないから自殺した。それだけのことさ」

「でも、生きていればまたそんな生活をすることができるようになったかもしれないのに…」

「いや、私だってもちろんしばらくは耐えたさ。まあ3週間くらいね…。しかしそれ以上は無理だった。好きでもないものを食べて生きながらえることに、どうしても耐えられなかったのさ」

「幽霊になってしまったら、何も食べられなくなるわけですが…」

「確かにそうだが、同時に食欲もなくなるからね。今は何かを食べたいとは全く思わない。ただ、生きていた頃に味わった食事の楽しさだけは覚えている。今はそれを振り返っているだけで幸せなのだよ」

「そういうものですか…」

「そういうものだ。迷うな」

「お話聞かせていただいて、ありがとうございました」

 彼は頷き、微笑んだ。僕は立ち上がり、彼の部屋を後にした。

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