耳掃除

デパートの最上階近くの休憩スペース。私の隣には1人の中年男性が座っていた。彼はひっきりなしに耳の穴をほじり、粉を床に落としていた。数分ほどそれを続けてやっと手を止めたかと思うと今度は鼻の穴をほじり始めた。その後も鼻の次は髪、その次は肘、といった具合に体の各部分をかきつづけて粉を辺りに撒き散らしていた。粉がこちらに漂ってこないかと、私は気が気ではなかった。それで横目でずっとその男のことを見ていた。するとその内に妙なことに気がついた。男の体が少しずつ透き通っていっているのである。男が体から粉を撒き散らすにつれて、男の体が…薄れていっているのである。私は自分の目か頭がどうにかなってしまったのではないかと思った。私以外の人間は携帯や本やおしゃべりに夢中になっていたので1人の人間の存在が消失していっていることに気づいている者はなかった。


…やがて男は完全に消え去ってしまった。しばらく呆然としていると清掃員がやってきて、モップのようなもので床に撒き散らされた残骸を拭き取っていってしまった。それで完全に男の痕跡は消えてしまった。

このことがあって以来、耳掃除をためらうようになってしまった。

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