虎の骨との対話
何年も前に殺した虎が朽ちて骨になってしまったものに、この前偶然再会した。その時のこと。
「どうして僕のことを無視し続けたんだい?」
「目を背けたかったからさ」
「君は僕の何から目を背けたかったんだい?」
「…さあね」
「凶暴な虎としての僕か?それともグロテスクな白骨としての僕か?それとも君に殺されてしまった被害者としての僕か?」
「…待ってくれよ。お前は完全な被害者というわけでもなかっただろう?俺たちは荒野で出会った。どちらもひどく飢えていた。…結局のところどちらかがどちらかを殺さなければ両方とものたれ死んでいたんだ。俺たちは死力を尽くして戦い、その結果俺が勝った。ただそれだけじゃないか。そのことにお前が不満を持つというのは…わからないわけじゃないけれど…」
「別に僕は不満を持っているわけじゃないよ。ただ僕が君に殺された被害者だというのは事実だ。それは誰にも否定することはできない。そうじゃないか?」
「まあ、それはそうさ…。別に俺はお前が不満を持っていないというならそれでいいんだ。打ち明けて言えば、俺はお前に復讐されることを恐れているんだ。ただそれだけなんだよ」
虎の骨は顎の骨をかたかたかたと鳴らしながら笑った。
「僕は最早ただの白骨だよ。君に復讐する力なんて残っていないさ」
「力が残っていたら復讐していたのか?」
「どうだろうね?その時になってみないとわからないよ」
「俺ははっきりとした証明が欲しいんだよ。お前に復讐されないという証明がな。…だから俺は何度もお前に公証人の前で宣誓してくれないかと頼んだじゃないか。しかしその度にお前は俺の頼みを断った。これじゃあ本音ではお前がどう考えているなんてことは丸わかりじゃないか」
「僕はただ君と友達になりたいと思っているだけだよ。「復讐しないと宣誓しないと仲良くなれない」なんて、冷たいじゃないか。僕はただ君との距離をもっと縮めたいと思っているだけさ」
「俺はお前とは出来れば顔をあわせたくないと思っている」
虎の骨は顎の骨をかたかた言わせた。
「こればっかりとどうしようもない。出会ってしまうんだからね。神様がそれを望んでいるとしか思えないよ」
「どうだろうな」
「しかししばらく僕たちが会うことはないだろうね。僕はもうちょっとしたら川を越えて砂漠を目指すから。ちょっと用事があるんだ」
「…」
「戻ってきたら真っ先に君に会いに来るよ。それまでどうか元気にしていてほしいな」
「まあ、会いたくないと言っても無駄なんだろうな」
「それはわからない。会いたい時に会えなくて、会いたいと思っている時に限って会えない。それが縁ってものさ」
「そうか。人間に出来るのはせめて別れたい時に別れるぐらいものだな。それじゃあな」
男は振り返り、足早に虎の骨の下を離れていった。虎の骨はやはり顎の骨をかたかた鳴らしながら「つれないね」と呟いた。
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