連載小説 トビの舞う空(82)
舜太は、人が変わったかのように、精力的に絵を描き出した。絵を描いている時の舜太は、画家になる事を夢見ていた頃の様な、生き生きとした眼差しに戻っていた。
自分を追い詰めていたのは、結局自分自身だった。売れなければ、と言うプレッシャーはもう無い。肩の力の抜けた作品からは、舜太の絵に向かう純粋な心と、熱い情熱が伝わった。
その日、舜太がいつもの海岸で描いていると、背中に視線を感じる。ふと振り返ると一人の少年が立っていた。
「ごめんなさい!」
怒られると思ったのか、少年は頭を下げた。
「謝る事は無いよ、僕、絵は好きかい」
「うん大好き!おじさんの絵とてもいいよ!」
「ありがとう、どうぞ」
舜太は予備の椅子を開いて少年の足元に置いた。少年は椅子にチョンと座り、描く様子をジッと見ていた。
今日はこのくらいにしておこうか、と舜太が筆を置き振り向くと、少年はまだ座っていた。かれこれ一時間は見ていたのだろう。
「おじさん、もう終わり?」
「うん、風が出て来たしね、ずっと見ていてくれたんだね、ありがとう」
「また見に来てもいい?」
「いいよ、大歓迎だよ、天気の良い日は大体ここにいるから、いつでもおいで」
「ありがとう、おじさん!」
少年は、折りたたみ椅子を片付け舜太に返すと自転車に跨り、じゃあね、と手を振り帰って行った。
「おじさんかあ、あの子からしたら、俺は完全におじさんだよな」
かつて自分がここで、江島早雲に初めて出会った時の事を思い出し、舜太は一人苦笑いした。
つづく
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