見出し画像

『小さくて強い店』について考えてみた 16.

※こちらの内容は、ウェブサイト(現在は閉鎖)にて2016年~2019年に掲載したものを再投稿しています。内容等、現在とは異なる部分があります。ご了承ください。

ぼくが自分で店をはじめるとき、料理屋さんでなくパン屋さんを選んだのは、その単価の低さが理由だった。
単価が低ければ敷居は下がり多くの方々に手に取ってもらえる確率が上がる。
そこで美味しいと思っていただけたなら単価の高いものに比べ来店頻度も高くなるだろうし、お客さんの数が多い分そこからの広がりも期待できると考えた。
昔、料理修業をしていたころ、腕は良いのに苦戦されているお店を見ていて単価の低いものを扱うことで経営が安定しやすくなるとも考えた。

ぼくの考えるパン屋さんの強み、良さは、この誰にでも手に取ってもらえるという敷居の低さであり圧倒的に多いお客さんの数だと思っているけれど、「いまの時代に小さなパン屋さんをやりますか?」と訊かれれば、やはりぼくは何かしら違った形なり営業形態を考えると思う。
それは、これまでに書いてきたように設備投資の大きさやスタッフの問題、時間コストの大きさ、それに時代背景といったことなどが理由にある。
あくまでもこれらは自分がリスクを取り、パン屋さんを経営するといった視点での話で、これがお客さん側の視点に立つとまったく逆というほどパンは魅力的なものに映るからもどかしい。

最近でも取材をしていただくと「パンは人気ありますよね、ブームですね」と言われることが何度もあるけれど、ぼくは「人気ありますよね、でもブームなんですか?」と訊き返す。
別にイジワルでもなく、ぼくの感覚としては「それならパンは、ず~っとブームが続いているんですね」ということになるし、それほど多くの方から魅力的に映るものなんだという実感もある。

うちの新宿店が閉店することを告知して以来、本当に多くの商業施設さんなどから誘致のお話をいただいた(ありがとうございました)。
1つの物件を残し他のものはすべて断念せざるを得なかったけれど、その理由はもちろん東京の地価(家賃)といった経済的な部分もあるけれど、それ以前に厨房に必要な面積を確保することが困難という理由がほとんどだった。

以前にも「パン屋さんの生産性は、厨房の広さに比例する」と考えを書いたけれど、これもぼくが小さなパン屋さんをやろうと思わない理由の一つと言える。
小さな厨房でもやってやれないことはないけれど(といっても料理屋さんのように小さくはできない)それではじめてしまうと生産性は明らかに落ちるし、それが結果、長時間労働など労働環境悪化を招くことになると考える。
ぼくらの業界に限らず労働環境の改善や確実にわかっている労働人口の先細りに対応するためには今後、設備の進化と導入に頼らざるを得ないことは明々白々なのに小さな厨房ではそれすら難しいと思われる。

パンというのはとても人気(需要)があって、だから誘致してくださる商業施設さんからも熱心に求められるという本当に有難い状況なのに、いざ供給しようと考えると必ず厨房面積という物理的な問題が大きな壁となって立ちはだかる。
この需要の大きさとそれを供給するための課題の溝を改善しない限りパン屋さんは今後厳しいと個人的には思うし、ひいてはそれがいまにも増して人材不足につながる問題であるとも思う。

パン屋さんというのは、本当にもどかしい業態だなと思う。

つづく


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?