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葉太を守れ!【短編小説】2000文字

玄関を開けるといい匂いがした。ビーフシチューだ。帰りに牛丼食ってこなくてよかった!
「ビーフシチュー!ただいまー。」
「おかえり。お母さんはお父さん送ってったから。自分で温めなよ。」
若葉わかばが食卓でスマホを見ながら食っている。
大きく切ったじゃがいも。柔らかく煮込んである牛肉。煮込まれて形がなくなったたまねぎとセロリ。しめじはたっぷり、にんじんは小さめ。緑が鮮やかなブロッコリーは後でのせる仕様だ。
手が込んであるこのビーフシチューは父さんのビーフシチューだ。
青葉あおばのこと待ってたよ。葉太ようたはお風呂。」
「そっかー、会いたかったなー。」
うちは父さん、母さん、俺、若葉、葉太の五人家族。父さんは三年程前から
単身赴任で東京で働いている。

ビーフシチューを温めて、ブロッコリーをのせた。冷蔵庫にコーンがあったのでパラパラと振りかけてみる。鮮やかだ。
食卓につき、スマホでSNSをチェック。Instagram、Twitter、TikTok。たまにFacebook。後でClubhouse。
フォロー数が多いから頻繁にチェックしないと追いつかない。
「アッチー!!」
スマホを見ながら食べていたので唇に肉があたり、スプーンから転げ落ちた。
「これで拭きなよ。スマホ見てるからだっ。」
若葉がティッシュを取ってくれた。
「若葉もスマホ見てたじゃんかー。人のこと言えねーだろー。」
「そうだよね。そのことなんだけど・・・」
若葉が真面目な顔で俺を見つめる。よく似てると言われるが、妹はかわいいと思う。友達にも紹介して欲しいと言われたことがある。絶対ヤだけど。

「葉太がね、中学行ったらスマホ買ってって。お母さんに言ってた。」
「まぁ、いいんじゃねー。若葉も持ってたじゃんかー。」
「そうだけど!その時はSNSなんてTwitterとFacebookぐらいしかなかったじゃん。でも、今は結構あるし・・・なんか心配!」
若葉はスマホの画面を下にして置き、ビーフシチューを食べ始めた。

若葉が小三の時、葉太が産まれた。
若葉は学校から帰るとベビーベッドに寝ている葉太をずっと見ていた。
よく母さんに「宿題してからね。」と言われていたのを覚えている。
俺も葉太をかわいがった。
新生児の葉太を抱っこするのは怖かったが、プクプクになって抱っこし易くなると若葉と取り合いになった。
離乳食も交代交代であげていた。父さんよりあげていたかもしれない。
そんな葉太がスマホを持ちたがる年になるなんて・・・

「あとね、心配なのが青葉みたいな依存症にならないかって。」
また肉を落としそうになった。
「俺は依存症じゃねぇぞー。」
「でも、帰ってきてからずっとスマホ触ってる!ビーフシチュー温めてる間も食べてる時も。今だって私が話してるのに。」
確かにそうだ。ん?
「若葉だってそうじゃんかー。いつも朝スマホ見ながら起きてくるだろー。感じわりーぞー。」
「そうだよね・・・。」
若葉がしおらしくなった。
「だから、葉太には私や青葉みたいになって欲しくないの!どうしよう・・・。私、彼氏が食事中にずっとスマホいじってるのヤだもん。ってか友達だってそんなんヤダ。」
「え!彼氏いんのー?」
「いない!例え話。青葉だってこんなんだったら彼女に振られるよ。」
イタイところを突かれた。実は、恐らくこの習慣のせいで振られたのだ。
気を付けてはいたんだけど、慣れてきて油断したんだと思う。三ヶ月ぐらい前の話だ。
「家でもさ、葉太がスマホ見ながらご飯食べてる姿って想像したくないんだよね・・・。だからさ、やめようよ。葉太と一緒にいる時はスマホ触るの。」
「え?マジでー?できっかなー。」
「だって、葉太が今日何したとか、学校とか、友達やバレーのこととか話してくれなくなったら寂しいじゃん。中学入ってさ、もし何かあっても言ってくれなくなるかもよ。」
今は葉太と食事が一緒になる時は葉太が話をしてくれてるから、家族団らんな食卓を囲めているんだろう。
ヤバい。きょうだい全員がスマホを見てると家庭崩壊になるかもしれない。
俺が父さんの代わりにこの家にいるって決めたのに。

「青くん帰ってたんだ。おかえりー。」
「ただいまー。葉太、ちゃんと髪拭けよー。」
俺はスマホを置いて若葉とアイコンタクトを取った。
「青くん、後で一緒にゲームしよー。若ちゃんもする?あ、勉強する?」
「私もする!」
俺と若葉は急いでビーフシチューを食べた。葉太は髪を乾かしながらテレビの前でスタンバっている。

「今日さ、お父さんと映画行ってきたんだよー。」
「何観たんだー?今って何やってたっけー?」
「何でしょう?当ててみてー。」
「あ、ジブリじゃない?新作のやつ。タイトルなんだっけ?」
「若ちゃん、ブー。」
「はいはーい。洋画だろー?あの宇宙で戦うやつー。タイトルなんだっけー?」
「青くん、ブー。正解はね、『海の上のピアニスト』でしたー!」
「それって、今のじゃなくねー。」
「お父さんとお母さんの思い出の映画なんだって。過去の名作シリーズでやってたんだー。」
「おもしろかった?Primeであるかな?私も観たいかも。」
「おもしろかった!僕もピアノやってみたくなったよー。」


俺はこの幸せを守ってみせる!

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