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あまくて しょっぱい【短編小説】1800文字

カチャン、カチャンと玄関ドアの上と下にある鍵を開ける。
幼い頃、どうして2つも鍵が付いているのか、ばあちゃんちは鍵がないのにって、父さんに聞いたことを覚えている。
1つより2つの方が開ける手間がかかるだろ、だから泥棒は『2つあるからやめとこかな』って思うんだ、的なことを言っていたが、同じ鍵を使って開けるならあまり意味がないように、今は思う。
家を出るときに鍵を返そうとしたら、いつまでもお前の家だからって受け取ってくれなかった。
単に無くしたくないだけだったけど、帰る場所があること、迎えてくれる家族がいることが嬉しかった。
今日は誰もいないみたいだけど。

パチン、パチンとリビングの電気を点ける。
ハイバックのソファにもたれかかると帰ってきたことを実感する。
寮の自室にいる時はカーペットに座ってベッドを背もたれにして過ごしているが、背中が痛くなるとカーペットにごろんと横になり、そのまま寝てしまうことがよくある。
このソファはもたれかかったままで寝てしまいそうだ。新幹線でも寝てきたのに、帰ってきたという安堵感か、長旅の疲れか。


「ちょっと、暖房もつけなよ。」
学校から帰ってくると、家にオレンジ色の明かりが灯っていた。
一瞬、泥棒かと思ったけど、リビングに明かりを点ける泥棒なんてって思い直した。そうだ、せいが帰ってくるってお母さん言ってたわ。
「あー、寝ちゃってた。やっぱいいなー、このソファ。ハイバック、さいこー。」
「頭置けるもんね。お父さんも出張から帰ってきたらよくソファで寝てるし。」

ピッと暖房をつける。
「夕飯何か食べたいものある?あるのはね・・・ほうれん草のお浸しと、ごぼうと牛肉の煮たやつと・・・あー、からあげもできるよ。」
「母さんの?」
「いやー、私が漬けこんでたやつだわ。塩味。」
お母さんのからあげは醤油ベースの下味。生姜の辛みとニンニクが食欲をそそる男子向けのからあげ。真似して作ったことはあるけど、私の味が欲しくて、今は塩ベースを試している。
「へぇー、塩。じゃあ、晴香はるかのでお願いします。」
「おっけ。着替えてくる。」


ガチャンと冷蔵庫の扉を開けて、麦茶を取り出す。
麦茶を取り出すだけなのに、冷蔵庫にお宝がないかついチェックしてしまう。これも帰ってきた時のクセになりつつある。
発見したチョコプリンより、一番上の棚の奥にある箱に目がいった。
そっと取り出して蓋を開ける。

「ちょっと、晴!!」
リビングに入ってきた晴香が驚いたような顔でこっちを見たが、すぐに悲しそうな顔に変わってゆっくり近づいてきた。
「ごめん。何かと思って。食べてないよ。」
「・・・食べていいよ。晴の好きなチョコだよ。」
まるいチョコが正方形の箱にきちんと詰められていた。包装されていないが僕にでもわかる。これは・・・あれだろう。
食べた方がいいのか、遠慮した方がいいのかわからず、空中で手が右往左往している。
「ほら、ご飯用意するから。あっち行ってて。」
箱ごと渡されてキッチンから追い出された。


そろそろ食べなきゃとは思ってたけど、帰ってくるなり晴に見つけられるとは。お母さんは置いてあるのは知ってると思うけど、何も言ってこなかったな。
そう、学校に持って行ったけど、結局渡せなかった。
あの朝、赤星あかほしくんはチャイムギリギリで紙袋を持って教室に入ってきた。
近くを通ったから、その勢いで話しかけた。
「チョコ?やっぱ全国大会出場の効果ー?」
私も作ってきたんだー、って。続けられなかった。ぼそっと言うんだもん。
「ベンチだったけど彼女ができた。」
後から真理まりが教えてくれた話によると、彼女となった子は、朝、赤星くんが乗る駅でチョコを渡して告白したらしい。
2人にどんな接点があったかは知らないし、知りたくないけど、年末に映画とごはんに誘ってくれた時に行っていれば、この状況は変わってたんじゃないかって。
じわじわくる悔しさと、ちょっと思い上がっていた自分が恥ずかしいのと、ハートにひびが入っているイラストのような気持ちで、心が落ち着かなかった。
持って帰ってきたけど、箱を開けて、想いを込めて作ったものを自分で食べる気力が持てなかった。


「からあげおいしく食べたいから、今はひと粒だけにするわ。」
「うん。」
「んー、うまい!前に食べたのより柔らかいし、麦茶にあう。ショコラティエになれるんじゃね。」
「ショコラティエって・・・からあげ屋さん目指してるもん!」
「えっ?!それもいいけど・・・」
「違うし。残りは後で一緒に食べよ!」


久しぶりのせいです。
晴香はるかが誘われたのに行かなかったワケはこちら。

今回のお話には、私の高校生の頃の後悔を含んでマス。



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