ファンレター【短編小説】1700文字
1通目 2022年2月某日
水色の東京の空に粉雪が舞っている。積もりはしない、ちょっとした気まぐれだ。昼にはいつもの青空がビル群を吸い込むように現れるだろう。
午後からの現場に入る前、マネージャーとの打ち合わせで久しぶりに事務所に寄った。
ミーティングスペースの窓から辛うじて見える空。
そんなイマソラの色と同じ封筒を手渡された。
封筒の口は”よくできましたシール”で閉じられており、宛先は母親の字で書かれているが、封筒の裏には大きな字で「はるひへ」と「かずやより」がえんぴつで書かれている。
中にはクリーム色の便箋が1枚。
5,6歳ぐらいの男の子だろうか。芸人としては嬉しい。
大人の反応はネットに良くも悪くも溢れているから、気にしないよう意識している。けれど、手紙という純度が高い、しかも子供の反応は芸人の寿命を延ばしてくれる。
よし、まだまだいける。
2通目 2022年6月某日
控室でマネージャーから渡されたのは見覚えのある水色の封筒だった。
"よくできましたシール"で口を閉じられた封筒を開けると、感想が書いてあった。
オマエの芸風じゃない、と番組に出ていない相方にもオンエア後に指摘された場面だった。俺だってしくったと思っていたが、子供に褒められたら、こういうのもアリなのかって考える。
3通目 2023年1月某日
仕事終わり、年明けから大分経っていたが、社長への挨拶のために事務所に寄った。社長から直々にあの封筒をもらった。
一瞬わからなかった。シールと大きなえんぴつで書いた名前がなくなっている。
その代わり、いままで母親が書いていたであろう宛先と差出人のそれぞれ名前部分だけが子供の字に代わっていた。
最近、相方よりピリちゃんと出る番組が増えたな。この子は俺がコンビ組んでるって知らないんだろうな。
4通目 2023年8月某日
クーラーの効いたミーティングスペースで缶詰にされている。
窓はブラインドで閉じられているが、薄っすらと金色の日差しが差し込んで、壁がしましま模様になっている。
司会業の忙しい相方に代わって台本を書いてみろとマネージャーに言われたが、いけるんじゃね、というものが書けない。
まぁいいんじゃねレベルなら何個か書いている。
差し入れと一緒にいつもの封筒をもらったが、この子はいつまで俺に送ってくれるんだろう。
ピリちゃんと上手くいかなくなって、この子にも見限られたら、俺はどうしたらいいんだろう。
5通目 2024年3月某日
「これがあのファンレターね。」
マネージャーから渡されたあの封筒を、相方が覗き込んだ。
いつの間にか持ち歩くようになっていたクリーム色の便箋を机に並べる。
字も上手になっている。ってか、ひらがなだけどやっと"様"がついたぞ。
まぁ、文中はまだ呼び捨てだけどな。
「お前とまた一緒の現場が増えたのはこの子のおかげかもな。」
俺は便箋をまとめて、”いなかへレッツゴー”を担当しているプロデューサーに会いに行った。
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