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後は野となれ山となれ【短編小説】

もう言わないと。君が好きなの、と。
同じ会社の同じフロア、部署は違うけれど毎日顔を合わせる。
仕事中もつい見つけてしまう君の姿、聞こえてしまう君の声。

1つ違いの私たち。私の同期と君の同期で飲みに行き、そのうち時間が合えば2人でも飲みに行っていた。主に誘っていたのは先輩の私。
同じ職種の後輩をかわいがる先輩のイメージで。
本当はそのイメージを盾にして、君の仕事熱心なところ、上司にもちゃんと意見できるところ、プレゼンの時の堂々とした声と普段話す低くて柔らかい声、眼鏡の奥の優しい一重、グラスを持つ節の目立った大きな手・・・君を好きなことを心の奥に留めて、誘ってた。
でも、それだけ。
携帯は知っていても飲みに行くお誘いの連絡のみ。休日に会ったことはない。
おそらく、何気ない連絡を取れて、何回か休日にデートでもして、いい雰囲気になったら恋人になれるかどうかわかるかもしれないけれど。
ここまでたどり着けていないということは、私はただの先輩という線引きされた存在なのだろう。

本当は私からステップを踏んで慎重に行くべきだったと思っている。ステップが踏めなかったら早々に引き返せばよかったのだから。私は恋愛初心者ではない。
でも、私に異動の辞令が出た以上、わかっているけど言っておきたい。
同じ会社の同じフロア、毎日顔を合わせることもなくなるから。
また別の場所で仕事に勤しみ、新しい恋にも出会えるように。
後は野となれ山となれ。

あなたは知らなかったでしょう。僕がこの関係を大事にし過ぎてたって。
あなたは知らなかったでしょう。僕が踏み出す勇気のない恋愛不慣れなやつだって。
あなたは知らなかったでしょう。辞令を聞いた後すぐに、僕も異動希望を出したって。上司への説明にはかなり知恵を絞ったけどね。
きっと噂になるよ、僕たち。

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