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きみと一緒に【短編小説】2500文字

17時30分。終業時刻を告げるチャイムが鳴る。
デスクの周りの人に声をかけ、足早に駐車場で待っている空色の愛車の元に向かう。
遠くからリモコンキーでドアを開け、ベージュ色のシートにもたれかかる。今日も1日頑張りましたよ。
スマホを確認するとヒロくんからメッセージが届いていた。
『定時に上がれるよ。19時ぐらいかな。』
スーパーに寄って、夕飯を19時に食べるとするとメニューは・・・。

今日のお昼休憩時に、高畑さんがスーパー花丸のびっくりメンチカツがおいしくなったって言ってたから、それをメインにしよう。
お昼休憩の話題はほぼ3パターン。
ここら辺で勢力があるスーパー花丸のこと、子供や学校のこと、芸能人のこと。
この3つが20代~40代の女性5人、共通の盛り上がれる話題ということに一応なっていて、1時間は過ぎていく。
スーパー花丸と芸能人の話題にはついて行けるが、子供や学校のことは聞いているだけ。いや、聞いているふりをして他の4人で盛り上がってもらっている。

畑山さんがスマホで撮った子供を見せてきて、最初の頃は反応に困っていた。1ヶ月後には慣れた。「かわいいですねー。」これでよし。
ちゃんと見てはいけないのだ。いや、スマホはちゃんと見るのだが、褒めるポイントをわざわざ探す必要はない。かわいいと言われれば親は嬉しいのだ。小学6年生でも。
最近育休から復帰した山野さんは1歳の娘さんを見せてくれる。
これは素直にかわいい。ぽちゃとしたおいしそうなほっぺと薄い柔らかそうな髪の毛が私の母性本能をくすぐる。

空色の愛車がごつごつした上り坂を跳ねながら最後の50メートルを進む。
この50メートルはドリンクホルダーを右手で押さえる。念のため。
以前、生成色のスカートにコーヒーをこぼしてしまい、なぜこんなところに住まなきゃいけないのかと、言わないでおこうと心にしまっていた感情が溢れてしまったことがある。
ヒロくんと私は幼馴染で、国際色豊かなベッドタウンに住んでいた。
結婚2年目にヒロくんの転勤でこの田舎町に引っ越してきたのだ。
5歳年上のヒロくんとはシスコン・ブラコンのような関係が続き、短大の卒業式後に結婚の申し込みをされた。当時ヒロくんは入社3年目で、社会人として働き、私とのこれからに責任を持てると思ったのでプロポーズしたらしい。交際0日婚のようなもの。
「会社でさ、おばあちゃんが住んでいた空き家があるって言ったら、転勤になっちゃった。」
ある、と言ってもおばあちゃんの空き家があるのは転勤先のヒロくんの職場から車で1時間、私が現地で採用された職場からも車で40分の山間にある。
近隣の家とは100メートル以上は離れている。
「おおかみこどもの雨と雪みたいなところに住めるよ。」

びっくりメンチカツに添える水菜のサラダを作った。
コーンを入れると少し鮮やかになる反面、赤色が欲しくなる。トマトはないのでカニカマを一緒に入れて混ぜる。
頂き物で作った焼きナスのようなものとピーマンの塩昆布和えを小鉢によそう。ヒロくんが帰ってきたらびっくりメンチカツと今朝の残りのお味噌汁を温めよう。
「こんにちはー。」

玄関には一応チャイムはある。壊れてはいない。100メートル先に住む野田のおじいちゃんもチャイムは押す。そして19時の訪問でこんにちは?
「・・・はーい。お待ちくださーい。」
応対できたのは声が子供だったからだ。でも、周りに子供は住んでいないはず。学校の長期休み期間でもない。田上さんが、夏休みが終わって学童に行く子供のお弁当作りが終わったことを、つい先日話していた。
「きちゃった。」
玄関を開けると男の子が立っていた。ほっぺがぽちゃっとして目がくりっとしている。かわいい。
「ぼく、どうしたの?」
「あのね、リカたんがこのおうちにいくようにって。」
「リカさん?お母さん?」
「ううん、リカたん。」
迷子か?野田のおじいちゃんに聞いてみて、ダメだったら警察に電話?
「キリちゃん、ただいまー。」
ヒロくんが帰ってきた。

ヒロくんに数秒前の出来事を話した。ヒロくんは野田のおじいちゃんに聞くことも、警察に電話することもせず、その子を家に上げた。
「お腹すいてない?」
「ううん。だいじょうぶ。よるごはんたべてもいいよ。」
「じゃあ、食べながらお話しようか。」
えっ、食べるの?
「いいよ。ぼくみてるから。」
私は追いつかない頭でびっくりメンチカツとお味噌汁を温めた。その間、ヒロくんは男の子と話をしている。
「リカさんのこと、知ってるんだ。」
「うん。リカたんにちょっといってきてっていわれたの。だから。」
「そうなんだ。わかったよ。」
・・・・・・

ちゃぶ台に夕飯を並べ、デザートにと思っていた頂き物の梨を男の子に出してみた。
「キリちゃん、リカさんは僕のおばあちゃんのことだよ。」
ヒロくんが引っ越しの時に整理した本棚からアルバムを見せてくれた。ヒロくんが言うリカさんは、写真の中で小さなヒロくんを膝に座らせている。白髪交じりのおばあちゃん・・・。
「リカさんはこの家に住んでたおばあちゃんのことだよ。」
おばあちゃんなのに名前はリカだったんだ。そんなことより、この子は誰?
「名前はわからないらしいんだ。見た目から5,6歳って感じかな。小学生じゃなさそうだよね。リカさんは10年前に亡くなっているんだ。僕が高校生の頃かな。」
ヒロくんが淡々と説明してくれるけれど計算できない。10年前に亡くなっているリカさんとこの子は会える?
「キリちゃんがご飯用意してくれている間に写真を撮ってみたんだ。ダメだった。」
ヒロくんがスマホに写ったぼやけたちゃぶ台を見せてくれた。

ヒロくんは落ち着いていた。しばらくこの子をうちに置いてみようって。
眠たくなったようで、私とヒロくんの間でちゃぶ台に伏して寝息を立てている。
ちゃぶ台にくっついているほっぺがお餅みたいだ。長いまつげが羨ましい。かわいい。
この山間は半袖だと夜はもう寒い。気になることは山のようにあるが、今は小さな背中にタオルケットをそっとかけた。
明日、畑山さんが話していた子供服が安いチェーン店の名前と場所を聞いて、帰りに長袖の服でも買ってこよう。

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