【エッセイ】渡米小話。
高校三年生の夏、家族が渡米した。
僕は祖父母の家に預けられた。
高校を卒業すると、僕もすぐに渡米した。
異国の地に行ったら、何かが変わるかも知れない。
まだ思春期特有の悩みを抱えていた僕は、そんな他力本願な気持ちで渡米を決意したのだ。
ドキドキしながら降り立った空港はなんだか香ばしい香りがした気がした。
どこまでも広がる広大な土地といつまでも目を差し続ける西日にワクワクしたことを今でも良く覚えている。
そこはまるで別世界で、ほんとにすごいところに来てしまったものだ、とまだ高校を卒業したばかりの僕は期待と不安に胸を高鳴らせていた。
アメリカでの生活は二年も経たないうちに終了した。
それでもその二年間の歳月は、僕の人生にとって最も色濃く刻まれた日々であった。
一番最初に思ったことは
「いろんな人間がいるな」ということであった。
僕の住む地域はいろんな国の人でごった返す、他民族地域であった。
当然日本人もいた。
日本でそんな態度取られたらムッとしてしまうことも
なぜかそこの土地、そこの人々からだと許せてしまう自分がいて驚いた。
街ゆく人々はなんだかみんな明るかったように思う。
目が合えば挨拶をするのは普通のことだったし、店員さんも基本的に素敵な笑顔で対応してくれていた。まるで友人のように。
「何かが変わるかも知れない」
渡米して一年、何も変わらなかった。
今思うと当然なのだが、僕はどこか腰掛けのような気持ちでアメリカでの生活を送っていたためだ。
「これではまずい。わざわざ来た意味がない」
と僕は心を入れ替えて、何事にも前のめりで取り組むことを強く決意した。
すると、今までどこかよそよそしく優しかった世界が突如その様相を変えた。
ムカつくやつが増えたような気がしたし
なんだか生きていくのが大変なように感じた。
それは能動的に動くことによって新たな機会が増えたこともあるし
しっかり根を張ってこの地で生きていくんだ、という気持ちが焦りをもたらしたのかも知れない。
結果的に決意を固めてから一年も立たずに日本へと帰国することになったのだが
その最後の一年は僕にとってかけがえのない一年になったと思う。
まさに「命を燃やした」日々であった。
そこから僕は少しだけ変われたと思う。幸いなことに、いい意味で。
それから10年以上経った今、僕は今「命を燃やせているか?」と日々自身に問いかけている。
僕は気がつくと時間を無駄にしてしまうタイプの人間だから。
これまた幸いなことに、その問いにここ一年は胸を張って「Yes!」と答えられると思う。
そうした熱い日々をしっかりと積み重ねていった先に
また成長した自分に会えることを密かに期待しながら
今日も命を燃やす。
なんだか珍しく奥さんよりも早く目を覚まし、家を出た僕はそんなことを思ったのでした。
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