『千夜千字物語』その2~骨董品
「温泉? いいわねー!」
上機嫌で電話している妻を横目で見ながら、
男は妻の残り物のおかずで晩ご飯を食べていた。
結婚10年目。甘い新婚生活もあったけれど、遥遠い昔。
今では会話すらほとんどない。
夫婦と言うより同居人、或いはそれ以下だ。
潤いがない生活ではあるが、男には唯一楽しみがあった。
骨董品を眺めることだ。
数こそ少ないが、わずかな小遣いで買い集めたそれらは、
彼の宝物であり生きがいだった。
それなのに妻は、邪魔だからといって捨てようとしたことがあった。
さすがにその時ばかりは逆らって死守はしたものの、
私の目につくようなことがあれば即刻捨てるから、
と無理やり約束させられた。
家と会社の往復で終える毎日。
家には帰りたくないが、少ない小遣いでは時間を潰すこともできず、
仕方なく毎日同じ時間に帰宅している。
そんなある日、駅前に骨董品屋を見つけた。
「いつのまに、こんなとこにオープンしたんだ?」
様子を伺いながら店の扉をゆっくりと開けた。
こじんまりとし店内には所狭しと骨董品が並んでいる。
うれしさのあまり思わず頬が緩む。
ゆっくり見てみたいが、
帰りが遅くなると妻に何を言われるかわからない。
妻が温泉に行った時にでもゆっくり見に来ようと思い帰りかけた時、
店の奥に大事に飾られた一品に目を奪われた。
吸い寄せられるようにふらふらと、
気づけば目の前にそれがあった。
恍惚の表情でまじまじと見ていると
「惹かれますよね」
と店主らしき男性に声を掛けられた。
「価値から言うと、“14代柿右衛門の三方割花瓶”に匹敵するほどです」
(それがなんで2万円なんだ? 柿右衛門のそれは100万円はするはずだ)
「察しがつくと思いますが、これ、曰く付きなんです。
王妃の呪いとも言われていて、少しでも機嫌を損ねると死が訪れると」
(こんな掘り出し物一生かかっても会えないぞ)
「買います!」
衝動買いは自分でも驚くほどだったが、
お宝を手にする喜びのほうが大きかった。
帰宅時間は少し遅くなったが、妻の機嫌は悪くない。
男は早速例の壺を箱から取り出し、改めて眺めた。
思わず頬が緩む。
そして、意を決した。
「目立つ場所が、お気に入りだろう」
そう呟いて、玄関の飾り棚に置いた。
そして、また眺めた。
翌朝、妻のけたたましい声で身が覚めた。
「目につくところに置くなって言ったでしょ!」
と言うと同時に、
勢いよく陶器の割れる音が玄関の方から聞こえた。
それを聞いて、男はほくそ笑んだ。