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連載小説『ベンチからの景色』13話

キョウコは仕事が終わると、資料探しに近くの大型書店に立ち寄った。
「ミタさん、久しぶりです」
キョウコは背中越しに声をかけられた。
振り返るとそこにいたのはユウキだった。
「やっぱり運命だね」
「偶然でしょ」
「相変わらずつれないな、ミタさんは」
「会社近くの本屋なんだから、出会う確率はそんな低くないはずよ」
「別に待ち伏せなんてしてないから。ほんと、たまたま」
そんなやり取りをしていたら、キョウコの電話がなった。
シンジからだった。
「ミタっち、気をしっかり持って聞いてほしいんだけど…」
勿体ぶった言い方に、
「シンちゃんらしくない。どうしたの?」
「実は、タクヤが乗る予定の飛行機が…
そう言ってすぐにスマホで調べようとするが、
手が震えて上手く操作できない。
そのうち手からスマホが滑り落ち、キョウコも膝から崩れ落ちた。
ユウキはしゃがみ込み
床に座り込んだキョウコの両肩を掴んで何があったかを尋ねた。
放心状態のキョウコのすぐそばで、
転がっていたスマホから必死にキョウコを呼ぶ声が聞こえた。
ユウキはそれを取り上げて
「ミタさんの知り合いのオオタニです。何があったんですか?」
事情を聞くと、
「いまミタさんの会社近くの大型書店にいます」
キョウコの居場所を伝えて電話を切ると、
とりあえず店の外にあるソファーにキョウコを連れて行った。
キョウコを座らせると、
水を買いにすぐそばの自販機に行っている間に
キョウコの悲鳴が聞こえた。
ユウキは気づかなかったが、
ちょうどソファーのある休憩所の前に大型のモニターがあり
まさに飛行機事故のニュースを伝えていた。
上空からの映像で大破した飛行機が映し出され、
画面には搭乗客名簿が繰り返しカタカナで伝えられていた。
その中に「シンジョウタクヤ」の文字を見て、
タクヤが巻き込まれたことを改めて知ってショックを受けたのだった。
キョウコは気を失ってソファーに横たわっていた。
すぐさま救急車を呼んだ。

医者の診断によると、ショックによって意識がなくなっただけで、
倒れたのがソファーの上だったため外傷もないので、
しばらく安静にすればやがて意識は戻るということだった。
ユウキは胸を撫で下ろした。そして医師にお礼を言った。
とりあえずナミに連絡をして事情を説明した。
そして現場に向かったシンジにはキョウコのスマホから連絡をした。

飛行機事故について調べると、
どうやら離陸直後に片側エンジンのトラブルにより制御不能となり、
不時着を試みるも機体が傾いたまま着陸したため
大破してしまったということらしい。
機体の損傷から生存者は期待できないだろうと伝えられていた。
ユウキは、もしミタさんが搭乗客だったらと思うと、
キョウコが受けたショックは計り知れないと思った。

今は静かに眠っているけれど、
意識を取り戻したらまたキョウコには地獄が待っていると思うと、
ユウキはやるせなかった。
いっそのことタクヤの存在も何もかも
キョウコの記憶から無くなってしまえばいいとさえ思った。
そうすれば、また彼女には平穏な日常が戻ってくる。
悪夢のような出来事は一度味わえばもう十分だ。
ユウキはただただキョウコの幸せを願った。

あくる朝、ユウキが目覚めるとキョウコの意識が回復した様子はなかった。
しかし顔を洗いに洗面所へ行き戻ってくると、
キョウコは起き上がっていた。
急いで先生を呼んだ。
先生が来るとキョウコは
「私はどうしたんですか?」
無表情な顔で聞いた。
「あるショックによって意識を失ったんですよ。
 ところで名前は言えますか?」
「名前ですか?」
俯いて考えてみるが分からないらしく、首を横に振った。
「じゃあ、この方は誰だか分かりますか?」
ユウキを見て考えてみて、首を振った。
「どうゆうことなんです?」
ユウキが尋ねると
「恐らく解離性健忘ですね。強いストレスによる記憶障害です。
 数日で治るとは思いますが、長期に渡る場合もあります」
ユウキが願ったように記憶が無くなったのはいいが、
果たしてキョウコにとって本当にこれで良かったのか思うと頭を抱えた。
取り急ぎナミやシンジにキョウコの記憶障害の話を伝え、
今見舞いに来ても混乱させるかもしれないと話し、
「取りあえず自分がいるから大丈夫」と安心させた。

「あなたはきっと私に関係のある方なんですよね。あのー、お名前は?」
「オオタニです。ミタさんとは…」
ユウキはこのどさくさに紛れて彼氏に成り代わりたく思ったが、
「仕事関係の知人です」
と何とか思い止まった。
それからキョウコは何とか記憶を取り戻そうとユウキに質問攻めをした。
ユウキは分かっている範囲で丁寧に答えた。ただその度に、
キョウコがいつまた悪夢のような現実に戻ってしまうのか
気が気でならなかった。
「そんなに焦る必要はないですよ」
「でも、モヤモヤして気持ち悪くて」
「無理は身体によくないから」
「それもそうね」
ユウキはキョウコを少し休ませた。
ひと眠りするとキョウコは
「オオタニさんはどうしてここまで私にしてくれるの?」
素直に答えていいものかどうなのか迷ったが
「あなたとお見合いをしたことがあるんですよ。
 それで好きになってしまって…」
と正直に話した。
キョウコは突然告白されて恥ずかしくなってしまった。
「そうですよね。そういった気持ちがなければ、
 ここまでしてくれませんよね」
ユウキは自分の話をし始めた。キョウコが興味があるかは関係なく、
ただ雰囲気を変えたかった。
ユウキは話しながら、今真っさらなキョウコの記憶が
自分のことで埋められていくのが嬉しかった。

再検査の結果が週明けになることから、
それまでキョウコは入院を余儀なくされた。
もちろんユウキは毎日見舞いに行った。
「今日は屋上でも行ってみない?」
キョウコは笑って頷いた。
心地よい風がキョウコの頬をくすぐる。
久しぶりに外の空気に触れたキョウコは、
両手を高々と揚げ身体目一杯に陽の光を浴びた。
「気持ちいいー!」
そんなキョウコの元気な姿を見てユウキは少し安心した。
「私ね、記憶が戻らなかったら、それはそれでいいかなって。
 例え戻ったとしてもいいことばかりじゃないでしょ?
 気絶するほどショックなことがあったわけだし」
目の前の良し悪しで悩むより
自分の幸せはもっと先の未来にあると言わんばかりに、
遥か遠くの景色を見ていた。
「もしそうなったとしたら、またプロポーズしようかな」
二人は笑った。
キョウコにとってユウキは今唯一の知り合いで心を許せる存在であり、
二人の距離が縮まるのは時間の問題だった。

病室に戻るためナースステーション前の待合室を通りかかった時、
モニターに飛行機事故のニュースが流れていた。
「飛行機事故があったん…」
キョウコは急に頭を押さえてうずくまった。
「しまった」
タクヤが駆け寄り、キョウコの両肩を抱いて足早にその場を離れた。
病室に着いてキョウコをベッドに座らせると
「大丈夫?先生呼ぼうか?」
その言葉に、片手を上げて制すると
「治まってきたから大丈夫」
と言った。
すっかり落ち着きを取り戻したキョウコに、
気分が変わるような話をし続けた。
キョウコの顔に笑顔が戻ると、
このまま記憶が戻らなければいいのにと思った。
「そう言えばね、私の誕生日次の木曜日みたい。
 さっき看護師さんが教えてくれたの」
「だったら、美味しいものでも食べてお祝いしよう!」
「本当にー?」
「もちろん!木曜日20時に待ち合わせしよう!」
ユウキはキョウコのこんなに嬉しそうな顔を見たのは初めてだった。

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