界面活性剤と乳化剤、そして乳化について語ろう
食品添加物の中でもなぜか嫌われるランキング上位の「乳化剤」について今回は語ろう。
思うに、乳化って一番理解出来ないから嫌われてるんじゃないのかなと思ってるんだよね(偏見)。よくある論調が↓に示すようなやつ。そこら辺のヤフー知恵袋から拾ってきた。
なんていうか、真実が2割くらい入ってるのがまたやらしいところ。
あ、8割は嘘なんですけど。
そんなわけでこのエントリでは、そもそも界面とは? 乳化剤とは? 乳化とは? というところを語っていきたいと思う。
・そもそも「界面」ってなんなの?
「界面活性剤」の良くないところは、言葉だと思っている。
僕はたびたび「ゲノム編集」という言葉を否定しているけど(技術ではなく、ネーミング的な意味で)、学術的に使ってる言葉をそのまま持ってくると大体一般の人は拒否反応を起こすよな、と思う。
本題。
そもそも界面って何だろうか。
凄く雑に言うと、2つの物質が分かれているところの境目、といえばわかりやすいだろうか。太陽化学のページに大変わかりやすい絵が載っていたので引用する。
そんなわけで、僕たちの皮膚は常に空気との界面にさらされている、とも言える。こういうのは「表面」といった方がいいかもしれないけれど、表面は界面の中の一部、って捉え方の方が正しい。
さて、食品にはそのままでは決して混ざらないものがある。
一番代表的なものが、水と油だ。
慣用句にもなっている通り、水と油というのは大変相性が悪い。何もしなければ↑のイラストのような形でパッカリと分かれる。
シャカシャカ混ぜると、一瞬均一になったように見えるけど、しばらくすると元通りになってしまう。その辺は感覚的にわかるよね。
この時、水と油の境界のことを「水と油の界面」と表現する。
界面活性剤は、この界面を活性化させる。
では活性化するとは?
ズバリ、混ぜ合わせることを指す。
一番わかりやすいのはマヨネーズかな。マヨネーズは7割くらい油、2割くらい水(というか酢)、あと卵を入れれば出来る。
油と酢だけだと上のいらすとやみたいな状態になるけど、卵を入れて混ぜれば均一になる。そして、しばらく放置していても分離しない(誤解の無いように言っておくと、期間の長短はあれど分離しない乳化もないが)。
この時の卵は「界面活性剤」としての役割を果たしている、と言える。
上のヤフー知恵袋の話もだからその点では間違っていない。
油汚れって水で洗っても全然落ちないじゃん? それを洗剤という「水と油の界面」を均一にする界面活性剤を用いることで、油と水の境目を無くし、流してつるつるキュキュッとするわけですね。
・そもそも「乳化」とは?
それでは「乳化」とは何か。
これは、水と油を混ぜ合わせること。その時に、水と油の界面で働くものを「乳化剤」というのです。
さてさて、これだけだととても人工的な香りがするかもしれません。しかし、私たちはしょっちゅう乳化した食品を食べている。というか、乳化してない食品を食べない方が難しい。
例えば牛乳。牛乳は思い切り乳化物なのだ。
牛乳は水の中に乳脂肪がフヨフヨ分散しているのだけれど、この時水と乳脂肪の界面にいるのは、リン脂質やカゼインのようなタンパク質。リン脂質は、私たちの細胞の表面を構成している物質の1つですね。
ちなみに、市販の牛乳には大抵ホモジナイズ処理といって、乳脂肪の粒を細かく細かくする工程が入っているんですが、ここにもしょーもない否定派がいるんよね……見かけたら、とりあえず生暖かい目で見守ってあげよう。
あとは先述したマヨネーズもそう。マヨネーズも、卵黄のリン脂質やタンパク質が水と油の界面に作用して、油がフヨフヨ浮いている状態です。
というか卵黄もそもそも乳化物。
ちなみに、マヨネーズは水よりも油の方が量は多いけれども、状態としては水の中に油が浮かんでいる(専門的にはoil in water(O/W)型)タイプの乳化になります。油の中に水が浮かんでいるわけではないんですなぁ。量の問題ではない。
ちなみにこれを読んでいるマニアックな食品研究者の皆様にお伝えすると、「W/O/W型」なるWエマルションなんかも存在する。ピュアセレクトの「コクうま」とか。これは乳化剤を使用しているようですが。
「油の中も水にしちゃえばその分カロリー減らせるぜ!」は狂気の発想。
油の中で水が乳化しているパターンもあります。例えばチョコレート。あれ乳化物なんですよ。チョコレートの場合は、乳化剤として大豆レシチンなんかを使っていることが多いです。
あとはマーガリンなんかもそう。チョコレートやマーガリンは外側が油なので、ちょっと口に入れるとベタッとしますが、食感はなめらかになる。この滑らかさは、乳化しているからこそなのだ。
さて、薄々気付かれているかと思うけど、そうです。
乳化は食品を「なんかマイルドに、なんか柔らかく、なんか滑らかに」してくれるのです。
脂肪が4%もあるのにあんなにのど越しが良い牛乳も。
めちゃめちゃpH低いのにそこまで酸っぱさを感じないマヨネーズも。
ガッチガチのカカオバターを使っているのに滑らかなチョコも。
全部全部、乳化させているからなのです。
・では「乳化剤」とは?
乳化までわかってもらえたと思うので、「乳化剤」について語ろう。
結論から言うと、要は水と油の界面に作用して、乳化を起こすためのもの。それが乳化剤です。
で、乳化剤になるものは自然界でもたくさんある。ほぼ全てのタンパク質は乳化能を持つし、細胞を作っているリン脂質もそう。
そしてタンパク質もリン脂質も、元は乳だったり卵だったり大豆だったりに含まれているもの。そこから抽出した大豆レシチンだったり卵黄レシチンは、単体での扱いになると食品添加物だけど、元々は大豆や卵だよね。
ちなみに、そもそもなぜ乳化剤は界面に作用するかというと、水になじみやすい部分と油になじみやすい部分がくっついた物質だからだ。どちらからも引く手あまたなのよね。
その中で、より水になじみやすいとか、より油に溶けやすいとかで性質が変わってくる。
で、天然物よりもより安定で安価に乳化させる物質がないか、ということで、食品添加物としての乳化剤が生まれたわけです。
一番使われている乳化剤はグリセリン脂肪酸エステル。
おっと、いやな雰囲気がしてきたかもしれない。カタカナ多いし。
でもちょっと落ち着きましょう。中学校の理科で、油を体内で消化すると何になるか習いませんでしたか?
はい。トリグリセリドというのが、いわゆる一般的な油です。これ、体内で脂肪酸がリパーゼという酵素で切られて、最終的にモノグリセリドになる(なお、昔はグリセリンと脂肪酸に分かれると習っていましたが、平成24年度より脂肪酸とモノグリセリドに分かれると習うようになったらしい。ショック!)。
グリセリンと脂肪酸は、エステル結合という結合でつながっています。
エステル結合、難しそうですが、ただつながっているだけです。グリセリンと脂肪酸の間でH2Oが抜けてくっついただけ。
つまりグリセリン脂肪酸エステルというのは、油、もしくは油を消化する過程の産物と変わらないってことですね。まぁ、乳化剤として使われるのはジグリセリドかモノグリセリドだけど。そのあたりは脂肪酸の数や長さによって特性が変わります。
ショ糖脂肪酸エステルなんかも良く使われますが、結局これもショ糖という糖(死ぬほど一般的な糖)と脂肪酸がくっついてるだけ。分解されたら?ショ糖と脂肪酸になります。ワオ普通。
そんなもんなんですよね。多分これも「エステル」って言葉が悪い。グリセリンという言葉はギリセーフかな?
ちなみに、これらは洗剤とかに使われるいわゆる界面活性剤とはまったくの別物です。要は、食品由来の原料で出来た乳化剤なのか、っていうところが食品添加物として許容される乳化剤ですね。
いかがでしたでしょうか。
少しは乳化と乳化剤についてもわかっていただけたのではないかなーと。
ちなみに、食品添加物として乳化剤は当然使用用途や使用量が定められているし、まともな使い方であれば規制されている使用上限量よりはるかに少ない分量で乳化は出来る。
なかなか理解されないんですが、食品添加物だってコストだからね。メーカーだってあまり入れたくないのよ。高くなるからさ。
乳化の世界も食品加工技術においてはマニアックな世界ですが、技術の粋という感じで、学ぶと非常に面白いし幅が広がります。泡とかにも応用できるしね。界面化学という学問があるくらいですから。
あとは、化粧品分野とか洗剤系の乳化も、食品に応用できない例も多いですが、勉強というかアイデアの一助にはなりますね。下に挙げた本なんかは勉強になりましたので、オススメしておきます。
↑の本は高いのでまぁ、どこかで借りれるなら借りた方が良いけど、基礎から応用までの良書です。読むべし。
↑4年くらい前に読んでもっと早く読めばよかったと後悔したやつ。自分のアイデアが足りんかった。
以上、界面から乳化剤までの話をざっくりと語ってみました。
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