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南シナ海を放棄せよ?ーーリアリストの提言

ウクライナ戦争の勃発を受けて、台湾有事あるいは米中の衝突が近いのではないかといった議論がみられます。そうした議論以前に、日本では米国にとって台湾や南シナ海に、中国と戦ってまで守らなければならない利益があるのかについて議論されることは少ないのが現状です。日本の議論は、暗黙的に、米国が南シナ海・台湾の有事に介入することを期待しているように見えます。果たして、そのようなある種の楽観シナリオを盲信することは適切なのでしょうか。
そこで、本記事では南シナ海における米中の角逐に焦点を当て、場合によっては南シナ海を中国に譲渡することを提示した論文を取り上げます。
その論文は、チャールズ・グレーザーとテイラー・フレイヴェルによる「米国は南シナ海でどれだけのリスクを負うべきか?("How much risk should the united states run in the south china sea?")」を取り上げます。
著者(グレーザーとフレイヴェル)は、まず南シナ海において中国が有する複数の次元にまたがる目標を分析し、次に「米国は南シナ海でどれだけのリスクを負うべきか?」論じ、場合によって、米国は台湾を放棄すべきであると論じています。

中国の南シナ海における安全保障上の目標は何か?

著者によると、中国は南シナ海において以下の安全保障上の目標を有しているといいます。
⑴海の緩衝地帯を生み出すこと。
⑵台湾有事において、制海権を確保する橋頭堡を確保すること。
⑶SLOC(sea lane of communication)、すなわち海の兵站線の安全を確保すること。
⑷南シナ海を用いて核抑止力を強化すること。
⑸南シナ海それ自体に安全保障上の利益を有しているため、南シナ海それ自体を守ること。

著者は、こうした安全保障上の目標以外にも、資源やナショナル・アイデンティティの観点から中国の目標を分析し得ることを示しています。
資源に関して、筆者は特に炭化水素は、南シナ海における中国の利益として言及されるとしています。ですが、中国が南シナ海を支配したとしても、石油の諸外国への依存を減らすことはできないだろうと付言しています。次に、ナショナル・アイデンティティに関して、著者は清朝時代に失われた領土の回復こそ、中国の目標の中心にあると論じています。すなわち、南シナ海の限定的な物質的価値と、中国側の攻撃的な行動により負うコストを考慮すると、ステータスの希求は中国の拡張主義的な対外行動を説明し得るということです。

「米国は南シナ海でどれだけのリスクを負うべきか?」

著者は、南シナ海をめぐる戦争などのリスクの大きさは、中国が東アジアにおいて地域覇権を達成することをどれくらい重視しているかに依存しているといいます。言い換えれば、中国の高官は地域覇権への野望を露わにしていますが、その野望を追求することで、中国はどれくらいのコストを負う意思があるのでしょうか。著者は、この点が不確実であると指摘しています。補足すれば、著者によると、公式の声明や文書は、明確に米国の排除や撤退を求めていません。
この中国のコストを負う意思によって、米国の採るべき政策が変わってきます。著者は、いくつかのシナリオを提起しています。
⑴中国が米国との直接的な武力衝突を避けようとする場合
→この場合、米国は「航行の自由作戦」といった現在の抵抗のレベルを維持することが最適な選択となります。中国は南シナ海に限られた利益しか有しておらず、現状打破的な行動をとるコストは大きいため、現在は直接的な武力衝突を避けようとしているようにみえます。しかし、このような中国に対して米国が現状打破的な動きに出れば、すなわち周辺国へのコミットメントを増大させ、レッドラインを設定するなどの行動に出れば、より攻撃的な中国の反応を招くことになります。それらは、結果的に、中国が東アジアから米国を追い出す可能性を惹起します。
⑵中国が高い決意を示し、拡張主義的な行動に出た場合
→この場合、米国の抑止が破綻する可能性が高くなります。その際には、米国が部分的縮小政策に移行することが最適解となります。つまり、米国は中国が南シナ海の周辺国を支配することを許容し、さらに、南シナ海における紛争で米国の同盟国が関与しない場合、中国に対して武力を行使する意思がないことを示すことになるでしょう。
そして、最も重要なことに、部分的縮小政策の下で、米国は(東アジアにおける)戦時に中国が南シナ海で活動することを否定する能力を持つことになります。また、平時においても、米国は「航行の自由作戦」のように、海軍の船舶を南シナ海で航行させることになるでしょう。
すなわち、部分的縮小政策は、東アジアで中国と戦争を遂行する能力を維持する一方で、南シナ海における中国の限定的な影響権を許容することを意味します。

著者は、中国の拡張行動に対して力強いコミットメントを発する代わりに、より曖昧な政策を維持することが適切であると論じています。この曖昧さは、米国の指導者に特定の状況・危機のニュアンスに対する判断の余地を与え、中国を刺激することを避けるという点で優れています。しかし、曖昧な選択肢が抑止力に寄与しない可能性もあります。
さらに、ブラフも有効な選択肢の一つであると、著者は指摘しています。ブラフで中国の拡張が止まれば御の字、抑止が破綻したならば戦闘を避けることができます。

最後に、著者は、さらなる中国の拡張を抑止するために、コミットメントを裏付ける措置を取る必要があるだろうとしています。また、著者は、中国の拡張行動は、周辺国の中国に対する脅威認識を増大させ、米国の同盟国や友好国が安全保障協力を深化させる可能性に触れています。すなわち、中国の拡張行動はバランシング連合を招来する可能性があるということです。そうなった場合、部分的縮小政策に伴うコストは減じられることになるでしょう。

おわりに

上述したように、著者、特にグレーザーによる議論は「グランド・バーゲン」として一般に言及されますが、冷徹なパワーや利益の観点から見た場合、このような分析が導き出されます。
こうした米中両政府の有するいくつもの選択肢を考慮しなければ、第一次ニクソン・ショックのような失態を日本政府・国際政治学者は犯すことになるでしょう。そういった意味で、可能性は高くないかもしれませんが、こういった事態を考慮することは有益であると考えています。

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